時々「モノを持たない暮らし」とか「お金を使わない」といったキーワードの本を読みます。
我々の財布がどれほどの力で広告会社に握られて、購買欲を刺激され必要以上のモノを買わされているかというのは、中々気がつかないものです。
買っても着ない服、読まない本、食べない食べ物など、ナシでも済んだと思われるモノはとても多いのではないでしょうか。
モノに頼るのは便利です。挨拶のとき、感謝の気持ちを表すとき、お祝いの時、お詫びのとき、私たちはモノを贈りあいます。最たるものは結婚式。モノとお金が飛び交っています。しかしモノは当然ながらモノ以上ではなく、気持ちそのものではありません。
何かの仕事で大変お世話になったのでお返しがしたい、そんな時にはデパートで素敵な洋菓子や花を選んでデパートから送るよう頼めば、それでその一件は片付きます。気持ちもすっきりして、もう考えることもないでしょう。
しかし気持ちをモノに頼らずに表そうとしたら?相手の喜ぶことを考えるのには頭を使うし、実行するには時間も労力もかかります。例えば感謝の気持ちを手紙を書く、会って感謝の気持ちを伝える、自宅に食事に招くなど。言葉だけならタダですが、気持ちを伝えるのはとても難しいです。
でも、そのほうが人間関係として健全で、かつ素敵だなと思うんです。頂いたモノというのは、有難くも時として邪魔者あつかいされることがあります。
問題は我々自身があまりにモノに頼ることに慣れすぎていて、モノに頼らない人間関係を受け入れることが出来る人が少ないのではないかと思うことです。周りを見ても、モノに頼らないタイプの人はあまりいるようには見えません。
時間がかかるかもしれませんが、そういう人が世の中に増えれば、もっと楽になるかもしれないな、と思っています。