シャナヒーとスーダン・デューダンのコンサートを見に、大阪の堺筋倶楽部へ行ってきました。余裕を持って家を出たらまだ開場時間前で、場所を確認して、友人へのプレゼントを買いに、心斎橋の東急ハンズに。
あれこれ悩んでいるうちに時間が経ち、開演直前に駆け込むはめになりました。
誰かにプレゼントを選ぶのは、楽しくも難しいものです。結局は無難な選択になってしまいましたが。
会場である堺筋倶楽部は大正時代に立てられました。
空襲も生き延びた貴重な建築で、レトロな雰囲気が抜群です。4階まで上がると、そこには満員のお客様。遅れた僕は、最後列に座ると、すぐに開演となりました。
前半はシャナヒー。黒い衣装に、花のアクセサリーで合わせています。
完成が待ち遠しい三枚目のCDからノルウェー、スウェーデンの曲を演奏。北欧の世界を色彩感豊かに描いていきます。北欧音楽ではおそらくあまり使われていないハープ、リードオルガン、ヴィブラフォンが、おとぎの国の風景によく似合います。中でも、今回の公演に向けて調整したリードオルガンは、
シャナヒーにとって新たな声となりました。持続音を出すことができるので、フィドルとの掛け合いや、フィドルでは出すことができない低音を支えることもできます。
高音域は笛のようであり、低音域はチェロのようでした。あんなに小さなオルガンなのに、音域がとても広く、たくましい低音に驚きました。
ヴィブラフォンはジャズで使われるイメージがあったのですが、純粋な響きは北欧音楽に合っています。これがケルトだったら、ここまでマッチしていなかったことでしょう。他、パーカッションの音色も変わっていて新鮮でした。北欧の闇夜と光を表現した曲でのみどりさんのフィドルは、まさにその言葉の通りで秀逸でした。
途中からヴォーカルのほりおみわさんが参加。プログラムの中盤に演奏された奈未さんがアレンジしたというフランスの聖歌は、北欧音楽とは違う和声進行で、気分を変えてくれました。みわさんは、どんなスタイルでも歌ってしまいます。
ハイライトは「親族と友人」と呼ばれるスウェーデンの物語歌。美しい娘を、その家族が王室に嫁がせてしまう悲恋の物語。本当に愛する人と、家のための望まない結婚に娘が下した決断は...。
日本語でナレーションと歌で、しっかりと物語が伝わってきました。曲は単純な8小節ほどのくりかえしなのですが、進行するごとに節まわしが変わったり、和音が変わったりし、物語にぐいぐいと引き込まれます。終盤には僕はすっかり主人公の気持ちになり気分が高揚していました。こんなに良い音楽をされたらたまらないなあ、という感じです。
ほりおさんはシャナヒーと息も音色もぴったりで、彼女達が巡り合えて本当に良かったなあ、とつくづく思います。
前半だけでもう満足で、これでコンサートが終わっても、今日は良い気持ちで眠れそうなのですが、休憩をはさんでスーダン・デューダンの二人の演奏。
ギター他を演奏するアンデシュとランゲレイクという民族楽器を演奏するマリトのデュオで、二人とも歌います。ノルウェーの伝承歌を、アメリカのオールドタイムやアフリカ音楽に影響を受けた独自のスタイルで演奏します。
プログラムによると、曲はすべてストーリーのある歌で、恋や人々の営みに関する悲しい歌がほとんどです。解説には大まかなストーリーが書いてありますが、結末は隠してあります。
なにぶん言葉がわからないので、結末は推察するしかありません。僕は純粋に音楽として楽しむことにしました。マリトの歌声は、その伝統の人にしか出すことのできない「音色」を備えていて、聴くと一瞬でその世界に引き込まれてしまいます。
声で多彩な色彩感を表現できる方でしたので、歌詞はわからなくても曲の空気感が伝わってきます。
ランゲレイクは細長い胴体をお琴のように机に置いて演奏する弦楽器で、ハープのように余韻の長い純粋な響きがします。アンデシュは口琴、ギター、フィドルを持ちかえて演奏。時には冷たいノルウェーの空のように無機質に、時には温かい音色で演奏。シャナヒーに比べると素朴で1曲1曲が短くあっさりしていましたので、あっという間に終わってしまいました。シャナヒーの演奏が色数の多い水彩画だとすると、こちらは水墨画のようです。歌を知り、深く聴きこまなければその世界を鑑賞する段階まで行けないように思えて、まだそこに達していない自分自身に対して残念でした。
最後に、6人での共演。とっても意外な曲を演奏したのですが、どんな曲を演奏したかはシャナヒーのユー・ストリームで確認してくださいね。
http://www.ustream.tv/channel/shanachie-ust-shinkawa-piano-presents
同じ曲を、文化の違うもの同志で演奏すると、こんなにも違うのかと思いました。最後のほりおさんとマリトとのハーモニーが美しく、素晴らしかったです。
シャナヒーは活動を始めて10年、これまでケルト音楽を中心に演奏してきましたが、近頃は北欧音楽も積極的に取り上げており、今回はプログラムをしっかり北欧で固めていました。
メンバーの脱退が続き、しばらくは試行錯誤だったと思うのですが、久しぶりに彼女達だけの舞台を見たところ、3人が堅いスクラムを組み、これ以上つけ足しようのない隙のない音に成長していました。誰もがお互いを必要とし合っている、アンサンブルの理想形です。とても充実している、旬を迎えた音楽だと感じました。まだ見ていない方はぜひ見に行って下さい。
シャナヒーを見て感じたのは、彼女達の強い憧れと豊かな想像力。思えば北欧音楽のドレクスキップやフランス風カフェ音楽のザッハトルテも、現地の伝統に根差したというよりは、自分達の空想の音楽を演奏しているのです。実際の姿とは違っていても、いや、違うからこそ、同じ日本人にとって共感できるのでしょう。
シャナヒーの音楽からは、絵本の挿絵だったり映画のワンシーンが浮かびました。対して、スーダン・デューダンの音楽からは、リアルなノルウェーの景色が見えてきました。
僕は、彼らの音楽を聴きながら、今年の夏にアイルランドの音楽大学の研修で出会ったノルウェー人のシグムンドのことをずっと思い出していました。医者らしく理論的で冷静な彼の口ぶり、フルートの音色、青い目の色、ブロンドの髪。ベルゲンの空の下に僕と彼がいる情景が浮かびました。リアルな音色とは、それだけでこうも力強いのだ。いつか行ってみたいなあ、ノルウェー。旅がしたい、そんな気分になります。シャナヒーの音楽は、日本にいながら本を楽んでいる気分。理想と憧れを描いて現地に行くと、ギャップにショックを受けるから行かなくてもいいや...そんな違いがあります。
来日アーティストの公演にはアンコールでの共演がお決まりなのですが、それぞれの世界が全く違うので、お互いの世界を尊重するなら共演なしでも十分だったのではないかと思いました。
今回のコンサートは、この対比に気づく意味で、とてもよい組み合わせでした。日本人として外国の伝統音楽をするなら、どちらかだろうと考えました。
あくまでリアルの音色を獲得するのか。これは根気の要る練習と勉強の道です。それとも、空想の音楽を創ってゆくのか。これには、演奏とは別の想像力や、自分とのコミュニケーションが必要になります。
僕は、教えられるくらいしっかりと伝統を学びたい、けれど、それをそのまま出すのではなく、自分の身の丈の体験、想いを表現していきます。
シャナヒーのように外国のファンタジーを紡ぐのではないので中途半端なのかもしれませんが、それが僕には合っているようです。
忙しくてコンサートに行く時間もほとんどないのですが、今回はどうしても見たかったので生徒さんに無理を言って時間を作りました。
いちリスナーとして音楽を楽しみ、音楽を客観的に見て、視点がリフレッシュしました。とても刺激を受け、温かな気持ちになったコンサートでした。
初夏に会場選びの苦労を奈未さんから聞いていたので、ここで本当に良かったと思います。ライブハウスやカフェだったら、効果は半減していたかもしれません。音楽家は夢を売る仕事。そのためには、こだわりをあきらめてはいけないのですね。見習いたいです。
関係者のみなさん、本当にお疲れさまでした。