アイルランドの旅は、終わりにさしかかっています。
新たな出会いや新しいことを吸収する刺激に満ちたウェールズやコーンウォールの旅とは違い、今回の旅行は自分の中では「確認」の意味合いが大きかったなと感じています。
リムリック大学のblasでは、世界に名の知れた講師陣に会うことができました。
レッスンでは技術や知識について目新しいことは少なく、それよりも先生の実演や、話の中から感じることが多かったです。
マーティン・ヘイズ(フィドル奏者)からは、曲の美しさへの気づきを与えてもらいました。
ジェラルディン・コッター(ピアノ)にはリズム感とクレアの音楽の豊かさについて考えさせられました。ブレンダン・デ・ガリ(ダンス)には、世界最新鋭のアイリッシュ・ダンスを見せてもらいました。
歌手・ブズーキ奏者のドーナル・ラニーが、あれだけアイルランド音楽の巨人であるにも関わらず、参加者の高校生が作った歌に真剣に耳を傾け、一緒にブズーキを演奏している姿勢にはミュージシャン・シップを感じました。

ウィリー・クランシー・サマー・スクールでは、さまざまなフルート、ホイッスル奏者を見て、自分が何が好きなのかを改めて確認することができまし
た。コンサートでは演奏していなかったのですが、元チーフテンズのフルート奏者、マイケル・タブラディさんがダンスの伴奏でフルートを吹いていた時、素朴
で懐かしい演奏に、ほろっと来ました。こういう素朴な良さは、きっともう見向きされなくなっていくのでしょう。
実は、7年ぶりのアイルランドで、渡航前は腕試ししたいという気持ちも少なからずあったのですが、演奏者の多いパブ・セッション、仲間内の輪の中に入っていくことのストレス、演奏者どうしの
微妙なテンション(ストレス)などの状況が僕には心地よいとは思えませんでした。
場所を転々としながら毎晩新しい場所でその場限りのセッションに参加する意義が感じられず、
積極的にはなれませんでした。気心知れた仲間同士、好きな曲を好きなペースで演奏するのが僕には合っているようです。それがお店の中である必要はありません。
また、新しい曲を習うこともそれほど積極的にはなれませんでした。曲は際限なくあり、セッションに参加していてもCDを聴いていても、覚える気が
なくてもどんどん頭に入ってくるのですが、それが自分のキャラクターを表す曲かどうか、一生弾いていきたい曲かどうか、という基準で考えた場合、なんてい
うことのない曲が多く、それをいくら覚えても仕方がないように思ってしまいます。
セッションで皆が知っている代表的な曲(300曲くらい)と、あとは人が余り知らなくても自分の中のベスト20曲くらいのユニークなレパートリーがあれば、十分だと思います。
大きな変化と言えば、今まではフルートとホイッスルにしか関心がなかったのに、もっと広い意味で音楽をとらえられるようになったこと。フィドル、
アコーディオン、パイプ、それぞれの魅力や楽しみ方がわかり、別の楽器といえどリズム感、選曲、ヴァリエーションは楽器を超えて刺激を受けられるようにな
りました。
フルート奏者として、他のフルート奏者がやっていることを聴いて取り入れても、ただのまねごとにしかならず、フォロワーは新たな価値を生み出せま
せん。マット・モロイもクリス・ノーマンも、フィドル奏者のレパートリーをフルートで取り組んだことが彼らのスタイルであり価値となったのです。
真似るならスタイルやレパートリーではなく、方法論や姿勢をまねるほうが深いです。
さらに、歌やダンスも何が良くて、自分の好みなのかがわかってきました。これは日本で
歌手やダンサーと一緒に演奏する機会があったことが大きいです。
上手い下手とか、テクニックがすごいとかじゃなく、それを見た時にどういう気分になるか、その場にいて幸せに感じられるかどうかが大切で、それには楽器の違いも歌もダンスも関係なく、その人の作る場の雰囲気、時間、関係性で決まるものなのだと思います。
渡航の一つの目的はCDをプロモーションすることでした。CD店に売り込みしたいと思っていたのですが、リムリック大学の講座で、ドゥーリンでCD店を経営しているオーラさんと知り合い、CD店の現状を聞くことができました。
アイルランド人のミュージシャンのCDでも1店舗で1か月で数枚程度にまでCDの販売が落ち込んでいること、海外のミュージシャンは殆ど売れない
こと(アメリカ系のミュージシャンのCDでさえ余り見かけませんでした)などを見ると、オリジナルのCDを置いてもらうこおは困難だと思いました。一応サ
ンプルを手渡し、お願いはしてみましたが。また、blasの何人かの参加者が買ってくれて、講師にもプレゼントしてきました。
もし日本人のミュージシャンのCDが売れるなら、守安さんがとっくにやっているところでしょうが、守安さんのCDも見かけませんでした。別のアプローチを講じた方が良さそうです。
アイリッシュに関して今後、先生について習うことはもうないでしょう。
技術的なことよりも、自分の演奏スタイル、音楽観を豊かにすることを考えたいですし、それは日本で、自分の力でもできることです。
アイルランド音楽の学習者がアイルランドに来る意義も、昔に比べて少なくなってきたように感じます。日本にも優れた奏者や先生がいますし、情報は
無料でいくらでも手に入るし、CDを聴いて独学するだけでもかなりのレベルまでできることと思います。さらに、来日するミュージシャンに会いに行くことが
できれば、かなりカバーできるでしょう。
わざわざこちらまで来ることに意義があるとすれば、その土地の空気を感じ、文化の違いを感じ、本物の伝統にじかに触れ(何が本物かも含めて自分で
見つけるのです)、確固たる芯を作ることです。時に、打ちのめされるような経験も大切だと思います。そればかりは、ネットや本ではできません。
10年で一区切りというか、自分の中でいろいろなことがすっきりし、本当に来てよかったです。
長文お読み下さり、ありがとうございました。