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アイリッシュフルート

★12/26 ライブ情報を更新。 2/25 JKカフェ を追加

2月より毎月東京でレッスンを開講。2/22、3/21、4/18.
オンライン・ショップが新装開店。ケルト各地のCDを新入荷。

★「縁 -enishi- 」のダウンロード販売が開始されました。詳しくは特設サイトにて。

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アイリッシュフルート&ティンホイッスル・ブック
楽器の研究を紹介する別サイトです。
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学びと成長
中国語の学習について
2012年2月 3日 05:04
実はこれまでに、大学の第二言語で1年間学んだことがあったのですが、大学では全然身に付きませんでした。音楽に熱中していて全く勉強しなかったことと、読み書き中心の授業に興味を失ってしまったことが原因だったかもしれません。大学で1年間学ぶ程度の内容は、独学で1カ月で終わってしまうかと思います。

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台湾に通いだして、友達ができたため中国文化にも興味を持つようになり、この人達と心を通じあいたいと思い、去年から断続的に勉強を始め、去年10月頃から真剣にやりはじめました。

まずはNHKのラジオ講座の「まいにち中国語」入門編を録りためて電車の中で聴くことからスタート。最初の月は発音だけをじっくりやってくれるので、嬉しいです。ちゃんと最初から聴いていれば無理なく続けられるかと思います。講座は6カ月1サイクルなので、6カ月終わるとまた最初に戻ってしまいますが、6カ月でピンインの読み方や簡単な文法の基礎は身に着きます。ただ、体系だててはいないので、あくまでも会話表現に重点を置いた構成になっています。

http://www.nhk.or.jp/gogaku/chinese/kouza/

他に、テキストとして「本気で学ぶ中国語」を使っています。付属CD4枚付きで、こちらも発音をしっかりカバーしてあり、CDを聞き流すだけでも効果があります。この一冊があれば中国語検定3級までは楽々合格できる、とあり、独学で基礎から体系的に学ぶのには格好の一冊と気に入っています。この一冊をきちんとマスターすれば、あれこれ教材を買わなくてもよさそうです。



語学は、最初まったく馴染みがないと壁がとても高く感じられますが、友達ができたり、旅行で必要に迫られてカタコトでも話して通じたり、相手の言葉が聴き取れたり、看板やテレビの文字が理解できるようになると、とたんに面白くなってきます。

そこに至るまでには発音や簡単な文法や単語を覚えていかねばらならないのですが、その段階まで行けばしめたもの。あとは語彙を増やしていくのがとても楽しくなります。いっそう言葉が通じるようになると、もう勉強をやめられません。

つい昨日も、壊れたファスナーを修理に出しにいった先でのおばちゃんとの会話で、筆談に頼らなくとも用を済ませることができ、達成感を感じました。

言葉は世界へのパスポート。一緒に楽しく勉強しましょう!

自分の音楽をしよう
2011年7月29日 01:40

フランスのフルーティストJean-Luc Thomas(ジャン・リュック・トマ)さんを、ポーランドから来たフルーティストが訪ねてきました。

彼はアイリッシュがたいそう上手く、ジャン・リュックの演奏技法や音楽性を習いたいと言ったそうです。

 Jean-Lucはこう言いました。



「私はあなたから学ぶべきことはない。出直して来なさい」



これから3年経ち、ジャン・リュックの郵便受けに1枚のCDが届きました。ポーランドの青年の、ポーランド音楽をアイリッシュ・フルートで演奏したCDでした。



ジャン・リュックはすぐにメールを送り、彼をブルターニュへ呼び寄せました。



そのポーランドの青年です。



http://www.myspace.com/zakmichal#!/zakmichal/music


http://www.folk.pl/folk/Zespoly/Szczegoly.php?JanuszPrusinowskiTrio01



Perla,T.Czechak/M.Żak/R.Siwak

Michał Żak | Myspace動画




ジャン・リュックは僕に言いました。


「自分の音楽をやりなさい」

カルチャー・トーク3
2011年7月12日 17:20
あいまい言葉があるのは、日本だけではないようだ。

こちらで、"9-ish "という看板を見かけた。正しくはaround 9、というところか。
テキトウなアイリッシュ・タイムらしい表現である。


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kind of、sort of、~like が口癖になっている人もいた。"I thought it's kind of foolish, like" 「ばかみたい、と思ったわ、みたいな。」

あいまいとはちょっとずれるかもしれないけれど、ネイティブが使う面白い形容詞活用に気づいた。

フルートのレッスンを受けたナイル・キーガンは、バグパイプ風のことを"piperey" (パイパリー)と言っていた。なお、カナダのクリス・ノーマンさんは"Pipey"と言っていたので、たぶんテキトウなんだと思う。これは、本来は"like pipes"とか "in the style of pipes"と言うのかな。

ほか、砂糖でいっぱいで甘いことをsugary と言う表現は、今回初めて知った。too much salt=saltyと同じ用法だ。 

人にも使われる。Brianey (ブライアン的な)、Keeganish (キーガン的な)またはフランス語的にKeeganesqueという表現もできる。

さて、今日からフランスである。

日常会話アプリをインストールして、必死に覚えているけど、数字の数え方が理不尽すぎである。サバイバルできるのだろうか...。


旅の意味
2011年7月 9日 04:27
アイルランドの旅は、終わりにさしかかっています。

新たな出会いや新しいことを吸収する刺激に満ちたウェールズやコーンウォールの旅とは違い、今回の旅行は自分の中では「確認」の意味合いが大きかったなと感じています。

リムリック大学のblasでは、世界に名の知れた講師陣に会うことができました。
レッスンでは技術や知識について目新しいことは少なく、それよりも先生の実演や、話の中から感じることが多かったです。

マーティン・ヘイズ(フィドル奏者)からは、曲の美しさへの気づきを与えてもらいました。
ジェラルディン・コッター(ピアノ)にはリズム感とクレアの音楽の豊かさについて考えさせられました。ブレンダン・デ・ガリ(ダンス)には、世界最新鋭のアイリッシュ・ダンスを見せてもらいました。
歌手・ブズーキ奏者のドーナル・ラニーが、あれだけアイルランド音楽の巨人であるにも関わらず、参加者の高校生が作った歌に真剣に耳を傾け、一緒にブズーキを演奏している姿勢にはミュージシャン・シップを感じました。
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ウィリー・クランシー・サマー・スクールでは、さまざまなフルート、ホイッスル奏者を見て、自分が何が好きなのかを改めて確認することができまし た。コンサートでは演奏していなかったのですが、元チーフテンズのフルート奏者、マイケル・タブラディさんがダンスの伴奏でフルートを吹いていた時、素朴 で懐かしい演奏に、ほろっと来ました。こういう素朴な良さは、きっともう見向きされなくなっていくのでしょう。

実は、7年ぶりのアイルランドで、渡航前は腕試ししたいという気持ちも少なからずあったのですが、演奏者の多いパブ・セッション、仲間内の輪の中に入っていくことのストレス、演奏者どうしの
微妙なテンション(ストレス)などの状況が僕には心地よいとは思えませんでした。

場所を転々としながら毎晩新しい場所でその場限りのセッションに参加する意義が感じられず、
積極的にはなれませんでした。気心知れた仲間同士、好きな曲を好きなペースで演奏するのが僕には合っているようです。それがお店の中である必要はありません。

また、新しい曲を習うこともそれほど積極的にはなれませんでした。曲は際限なくあり、セッションに参加していてもCDを聴いていても、覚える気が なくてもどんどん頭に入ってくるのですが、それが自分のキャラクターを表す曲かどうか、一生弾いていきたい曲かどうか、という基準で考えた場合、なんてい うことのない曲が多く、それをいくら覚えても仕方がないように思ってしまいます。

セッションで皆が知っている代表的な曲(300曲くらい)と、あとは人が余り知らなくても自分の中のベスト20曲くらいのユニークなレパートリーがあれば、十分だと思います。

大きな変化と言えば、今まではフルートとホイッスルにしか関心がなかったのに、もっと広い意味で音楽をとらえられるようになったこと。フィドル、 アコーディオン、パイプ、それぞれの魅力や楽しみ方がわかり、別の楽器といえどリズム感、選曲、ヴァリエーションは楽器を超えて刺激を受けられるようにな りました。

フルート奏者として、他のフルート奏者がやっていることを聴いて取り入れても、ただのまねごとにしかならず、フォロワーは新たな価値を生み出せま せん。マット・モロイもクリス・ノーマンも、フィドル奏者のレパートリーをフルートで取り組んだことが彼らのスタイルであり価値となったのです。
真似るならスタイルやレパートリーではなく、方法論や姿勢をまねるほうが深いです。

さらに、歌やダンスも何が良くて、自分の好みなのかがわかってきました。これは日本で
歌手やダンサーと一緒に演奏する機会があったことが大きいです。

上手い下手とか、テクニックがすごいとかじゃなく、それを見た時にどういう気分になるか、その場にいて幸せに感じられるかどうかが大切で、それには楽器の違いも歌もダンスも関係なく、その人の作る場の雰囲気、時間、関係性で決まるものなのだと思います。

渡航の一つの目的はCDをプロモーションすることでした。CD店に売り込みしたいと思っていたのですが、リムリック大学の講座で、ドゥーリンでCD店を経営しているオーラさんと知り合い、CD店の現状を聞くことができました。

アイルランド人のミュージシャンのCDでも1店舗で1か月で数枚程度にまでCDの販売が落ち込んでいること、海外のミュージシャンは殆ど売れない こと(アメリカ系のミュージシャンのCDでさえ余り見かけませんでした)などを見ると、オリジナルのCDを置いてもらうこおは困難だと思いました。一応サ ンプルを手渡し、お願いはしてみましたが。また、blasの何人かの参加者が買ってくれて、講師にもプレゼントしてきました。

もし日本人のミュージシャンのCDが売れるなら、守安さんがとっくにやっているところでしょうが、守安さんのCDも見かけませんでした。別のアプローチを講じた方が良さそうです。

アイリッシュに関して今後、先生について習うことはもうないでしょう。

技術的なことよりも、自分の演奏スタイル、音楽観を豊かにすることを考えたいですし、それは日本で、自分の力でもできることです。

アイルランド音楽の学習者がアイルランドに来る意義も、昔に比べて少なくなってきたように感じます。日本にも優れた奏者や先生がいますし、情報は 無料でいくらでも手に入るし、CDを聴いて独学するだけでもかなりのレベルまでできることと思います。さらに、来日するミュージシャンに会いに行くことが できれば、かなりカバーできるでしょう。

わざわざこちらまで来ることに意義があるとすれば、その土地の空気を感じ、文化の違いを感じ、本物の伝統にじかに触れ(何が本物かも含めて自分で 見つけるのです)、確固たる芯を作ることです。時に、打ちのめされるような経験も大切だと思います。そればかりは、ネットや本ではできません。

10年で一区切りというか、自分の中でいろいろなことがすっきりし、本当に来てよかったです。
長文お読み下さり、ありがとうございました。


blas最終日
2011年6月30日 10:10
最後の晩となりました。

水曜、木曜とフルートのNiall Keegan(ナイル・キーガン)さんが先生でした。 ナイルはアイリッシュ・フルート奏者の中ではかなり異色で、なんとも言い難い独特な演奏スタイルを持っており、伝統的ではないことをたくさんするので、好みが分かれます。 これまで、彼の演奏が嫌いだという人を何人にも会ってきました。 聴いて頂くのが早いですね。

 


彼は10年くらい前にソロCDを発表しているのですが、最初に聴いた時は本当に驚きました。 想像をはるかに超えるような演奏でしたから。超絶的な技巧も駆使するので、かなり研究しました。

実際に会ってみて、余りの巨体にまずびっくり。相撲取りのようです。 または、ウシガエルがフルートを吹いているような。フルートが短く見えます。 それで、いつも口が悪くて、「クレアの退屈なポルカなんかやってらんねえ」とか、 「フィンガー・ビブラートなんてくそくらえだ!」とか、「キーなしフルート持ってきやがって」 (すべて日本語意訳)とか言っているのですが、実は温厚ないい人です。いや本当に。

面倒見もいいし、質問にも丁寧に答えてくれます。 大学教授だけあって、知識も豊富で、音楽を説明する言葉をちゃんと持っている人です。 こういう異色な人が教授っていうのは面白いです。

レッスンでは、理不尽にやたらと装飾を増やしたり、半音階を使ったりするのですが、 理由を聞いてはいけないような気がしましたので、笑ってついていきました。

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もう一方対照的なのはピアノのジェラルディン・コッターさんの教室で、こちらはカウンティ・クレア の音楽そのものの、温かくて、やさしいレッスン。テクニックを習うことにも、もちろん興味は あったのですが、それ以上に、ただ聴いているだけでウキウキ、ニッコリ、幸せな優しい気持ちに なるジェラルディンさんの音楽、人柄が素敵でした。

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コッター先生は、かなりの田舎であるクレアで、静かな生活の中で音楽を愛している女性というイメージがあったのですが、今や大学で教鞭を取っているとは、アイルランドも変わったものだと思いました。

blasでは、フルートはKevin Crawford、Conal O'Grada、Niall Keegan、ピアノはGeraldine Cotter,
Aileen Dillaneに習ったのですが、全く異なるスタイルの先生についたおかげで、伝統音楽には正解はない、逆に言うと100人100通りの正解があり、その 中から誰に影響を受け、誰のスタイルを学んでいくか、主体的に選んでいくことが大事だと感じました。先生によって、楽器の持ち方や装飾のタイミング、方法などすべて異なります。「~先生はこう言ってました」と矛盾を指摘しても不毛なのです。

僕は、それぞれの先生の良さを感じたので、すべて先生に言われたとおりにできるように努力したうえで、自分なりに良い部分を取り入れていこうと思いレッスンに取り組みました。

セッションでは、Bothy BandやPlanxityなど70年代~のアイリッシュのリヴァイバルの中で重要なバンドの主要メンバーである、Donal Lunnyドーナル・ラニーさんがいました。彼は日本に住んでいたこともあり、日本は世界で一番いい場所だと言っていました。彼のブズーキ、本当に素晴らしいリズム、音色でした。

フィドルとバンジョーのトップクラス奏者であるJohn Cartyさんもレッスンに来ており、コンサートやセッションを見ました。録音では思いもしなかったのですが、とても小さな音で、派手ではない演奏でしたが、しっかりとしたリズム、心地よいスイング感を持っていました。

最終日のセッションは、ケリーのアコーディオン奏者で、語り部で、歌手でもあるSeamus Begley シェイマス・ベグリーさんも参加していましたが、彼は濃厚なアイリッシュ・ネスを持った人で、ユーモアがあり、ちょっとひねくれていて、おおらかで、一昔前の田舎にならどこにでもいたようなおじさんですが、今とはなっては貴重なキャラクターだと思いました。
歌い、踊り、ゲール語で話し始め、ユーモアのある歌でパブを爆笑の渦に巻き込み、セッションは完全に彼のものになっていました。

最後の晩に、このような古き良きアイルランドらしさに触れられて、良かったです。
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カルチャー・トーク
2011年6月28日 09:30
箱が無いのである。

日本に荷物を送りたいので、大学から一番近い、徒歩20分の郵便局に、荷物をそのままもっていった。UKの郵便局で、箱やラッピング用品を売っていて、便利でいいなあと思っていたので、アイルランドも同じように取り揃えているものと思っていたけど、期待ははずれてしまった。
「その辺のお店で探しなさい」。

大学に戻って、コンビニ、文具店を回ったけど、「あげられる箱は一つもない」とそっけなく 断られてしまった。日本だったら、つぶした箱を探して、なんとか助けてくれそうなものを、 こっちの人は仕事に関係ないと思ったら、愛想のかけらもない。

というわけで、まだ送れずじまい。日本の物量、輸送システムは本当に素晴らしいと思う。 それから、店員のサービスの良さも、僕が知る中では世界一だ(ちなみに、2番目は台湾)。

銀行で、100€のトラヴェラーズ・チェック1枚を両替しに行ったときのこと。 男性の銀行員から、「手数料が3ユーロかかりますが、いいですか?」と言われ、もしかしたら ここではなくて国営銀行なら、手数料がかからないかもと思って、やめることにした。

しかし結局、国営銀行が見つからなかったので、諦めて、翌日再び銀行に行き両替することにした。女性の銀行員が受付で、何も言わずに両替を頼んだら、手数料は一切かからなかった。 お金を受け取って、「手数料かからないんですか?じゃあ、もっとお願いします」と言ったら、 面倒くさそうに、「2枚以上はかかるんです」と。それで諦めた。

そこで、次の日にまた1枚だけ両替しようと銀行に行ったら、同じ女性行員で、 「手数料かかりますよ?」と。いったい、どういうシステムなんだろう!? たぶん、その時の気分で手数料の金額を決めてるんじゃないかとか思いたくなってしまう。

ところで、ウェールズのジョーさんのお父さんが、日本に旅行しておもしろかったのが、 自販機で缶入りの温かいお茶やコーヒーが買えることだったと聞いて、驚いた。 僕たちには当たり前だけど、確かにイギリスには自販機で缶コーヒーは買えない。 それから、レストランや喫茶店で、まず水とオシボリが出てくることが、不思議だと言う。 そういえば、こちらではそういう習慣はない。意外な指摘だったので、どちらも新鮮だった。

blasには11カ国の生徒が集まっているが、いろいろな国の話を聞くのが楽しい。 特に、食に関すること。「タコたべるか?」とか「ノルウェーではトナカイを食べる」とか、 他愛もない話が盛り上がる。ノルウェーでも捕鯨をするそうなので、妙に親しみを覚えた。

食事のときに、日本語で言わずにおれないのが、「頂きます」だ。 メキシコ人の友人もまねするようになってしまった。

どういう意味なの?と聞かれ、「頂く」は"take"、「食べ物の命を頂き、感謝します」、という 意味だというと、感動されてしまった。確かに、仏教的な考え方だ。 僕の日本語の中で、「ありがとう」に続いて、好きな言葉になった。

ケビン・クロフォードのレッスン
2011年6月27日 08:37
バンド「ルナサ」のフルート奏者、Kevin Crawford(ケビン・クロフォード)のクラスを受講してきました。
彼のレッスンを受けるのは初めてすが、これまでに10年以上彼の演奏を聴いてきて、大きな影響を受けたプレーヤーです。

今日はリールを2曲習いましたが、意外だったのが、ケビンの演奏スタイル、考え方が僕が思っていたよりも伝統的だったこと。ルナサはモダン・トラッドの最先端を行くようなバンドですが、ケビンは五線譜は読めずABC表記を使います。また、生徒からアーティキュレーション(どこで区切って、 スラーをつけているか)について訊かれた時に、「自覚がない...ちょっと考えてみる」と言って 結局答えられなかったのですが、毎回違ったスラーで演奏しているようでした。

※大半の伝統音楽家は彼のように、演奏方法を無意識に身に着けています。

伝統音楽では装飾音のカテゴリー分けが浸透していないのですが、ケビン自身もカットのことを タップと言っていたり、ロールといいながら、「ダブルカット・ロール」をしていたり、他にも 理論的にいくつかの混同が見られました(専門的な話で恐縮です)。

持ち方も独特で、左手は日本の篠笛奏者がするように親指を立てていました。 僕はBbキー操作の妨げになるので、生徒さんには直させています。 また、足部管は回転して向こう側に曲げていました。以前はEbブロックの上においていた そうなのですが、足部管のキーが必要ない曲が多いため、必要な曲では元に戻すようです。 右手小指は常に(D、Eのときも)管についていました。

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レッスンのスタイルは、これまでのほかの伝統楽器奏者と同じで、1曲を、楽譜を使わずに 1小節ずつまねさせて、その中で装飾音や息継ぎも、まるごと覚えていきます。
僕の印象ですが、彼は10年くらいの間でプレイスタイルが変わり、昔はかなり平坦でほとんどパイプのようだったのが、息を使ったリズミカルなスタイルにシフトしたような気がしています。

彼もまた、基本的にタンギングを使わず、喉でアーティキュレートします。
その理由についてたずねました。

「タンギングのアイデアは、アイリッシュ・ミュージックでは新しい現象なんだ。
Brian Finnegan(タンギングを駆使した奏者)の演奏は好きだが、彼が伝統音楽を同じやり方で 演奏するとしたら、それは良い音楽にはならないだろう。彼のスタイルは、彼が演奏している現代的なリズムの上で効果的だから素晴らしいんだ。いろいろな音楽に合わせて、適切なスタイルを選択することが大切で、伝統音楽を演奏する上では、喉で切るほうが正しく聞こえる。」

また、タンギングを利用したトリプレット(三連符の装飾音)について、どのようにしているのか 生徒に詳しい説明を求められたところ、説明した上で、「ダブル・タンギングを使おうが トリプルタンギングを使おうが、君にとって一番やりやすい音でするように。これはだめ、これは良いと言いたくはないんだ」

ケビンの教えたやり方で苦労している生徒がいたら、「君にとってやりづらいなら、違うやり方を
自分で探してみなさい」 "Change something doesn't work for you, there are many other ways to go around." 

いろいろなことを知って、できるようになった上で、その曲を演奏するのにもっとも適切な 演奏方法を選択しなさいということでした。

新しいテクニックとして、B→dトリプレットを4音にしてしまうテクニックを 習いました。彼の特徴的なサウンドの仕組みがわかり、貴重なレッスンでした。

今、アイリッシュ・フルート教本の執筆に取り掛かっていますが、われわれ日本人は、伝統に生まれ育った彼らとはバックグラウンドが異なりますし、 日本ではクラシック音楽が非常に普及していますから、日本人に適したアプローチ、分析的で体系的なメソードが必要だと考えています。

ケビンには多大な影響を受けたので、お礼に「縁 -enishi-」CDを手渡しました。
聴いてくれたら嬉しいなあ!

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ふと立ち止まり
2011年6月25日 20:33
昨日は、自室でみっちり教本第二弾の執筆の予定でしたが、夕食を食べようと寮から出たところ、ノルウェー人の友人に通りで出会い、街のDoran'sというレストラン・パブでのセッションに誘われました。学内のお店は全部閉まっているからDoran'sで食べようと言われ、行くことにしました。

彼はノルウェーのBergen在住で、医大で勉強中の24歳で、相当アイリッシュに傾倒しています。
「~のアルバムは持っているか」、「~の曲は~のCDに収録されてる」と、オタクっぷりに笑ってしまいます。肺活量を増やすために、朝にジョギングしているそうです。いや、僕も彼のこと笑える立場じゃないか^^;

ノルウェーの話をたくさん聞きました。自然、人、文化、言葉、食べ物。
ノルウェーの音楽や言葉のことで何か質問することがあるかもしれないから、そのときは英文に翻訳してよと頼んでおきました。 いつでも歓迎するから、いつか遊びにおいでと。

メキシコ人の友人には、あちらのおいしい食べ物、ビーチで海水浴、古代遺跡の話も聞きました。
コーンウォールで出会ったドイツ人のヴィンセント君は、ベルリンはめっちゃクールな街だからぜひおいで、ドイツにきたら一緒にレコーディングしようぜと言って貰えました。
彼は、第二次大戦中のドイツの話、日本との結びつきについても熱く語っていました。世界の国々が、日本をどう認識しているのかを聞くことは、自分の視点が変わる思いで楽しいです。

ヨーロッパ人は本当によく世界を旅します。彼らは2、3個の言語を操るのはお手のもの。EU圏内は自由に移動できますから、進学、就職は国外も選択肢に入ります。旅先で作った恋人の言葉が違えば、その言葉も覚えてしまいます。

たとえばノルウェーは人口400万人ですから、国外と取引しないと経済がまわらないそうです。英語とのバイリンガルは必須だそうです。こうしてどんどん世界とつながっていきます。それを思うと、日本人は国内ですべて事足りてしまい、日本の中で閉じこもって視野が狭くなりがちな気がします。

今回、Skypeでレッスンをしながら旅ができることがわかりましたし、ネット環境さえあれば、もしかしたら仕事をしながら旅を続けることが可能になるのではないかとも思っています。Skypeレッスンは、何も日本人だけ対象にしなくても、地球規模で生徒募集ができます。楽器、CDの販売や卸売りは旅先からでも商品を動かすことができます。スケールが大きな話だと思いませんか?

アイリッシュ・セッションは、中年のフィドル、フルート、ギター、バウロンの4人がホストで、僕たち学生が6人で乱入しました。

ちょっとだけ録画しました。
http://www.youtube.com/watch?v=ckEdhRLZ_9c

フィドル、フルートの両方ともかなり巧く、盛り上がりました。二人ともCDを出しているわけでも有名なわけでもないと思うのですが、そのくらい弾けるミュージシャンはどんな街にでも、数えて余るほどいる、というのがアイルランドです。

彼らの一人でも日本に引っ越してきたら、パブの演奏もレッスンも引く手あまたでしょう。もちろん日本語が堪能であることが条件ですが...。

3時間くらいの演奏で、ほとんど会話なしのぶっつづけで演奏しましたから、200曲くらいはやったんじゃないかと思います。そのうち98%くらいの曲に参加できました。ホストにも受け入れられている感じがして、聴きなじみの曲はかりでとても居心地が良かった一方で、ふと、醒めてしまう自分がいます。

この人たちは、なぜダンス曲をひたすら弾き続けているんだろう?
さっき演奏したジグも、いまやってるジグも、結局は似たようなものじゃないか...。

伝統の外にいる僕だから感じてしまう、根源的な疑問。
彼らは、セッションで何かを表現したいわけではなく、一緒に曲を弾いて、その場を分かち合うことが楽しくて弾いているのだと思いますが、僕にはそれでは満足できないのだと考えながら弾いていました。

初めてリムリックに来たのは19歳、当時もDoran'sのセッションに参加しました。そのときは、セッションの場に混じって、1曲でも参加できれば大興奮でした。ひとまわり年を重ね、いろいろな音楽的経験をして、アイリッシュに古巣のような居心地のよさを感じつつも、自分のものではないなと思っています。

リムリック大学で伝統音楽で学位を取って、コンペティションで受賞して、こちらで生活しながらパブで演奏して10年、20年と暮らせば、それなりに有名にもなり、CDの何枚かは出せるかもしれません(実現可能かは別として、そういう人生の選択肢もあるということです)。

でも、僕にはそれが全く魅力だとは思えません...。

ノルウェー人の友人にも、伝統音楽のCDを作れば?と言われましたが、他の誰かにできることを自分がやることに、意義が感じられないと伝えました。

やはり、ケルト伝統音楽は僕にとってはライフワーク、学びの対象、趣味であり、自分が人生の一番のテーマにしたいものではないのだと改めて考えています。
ノルウェー人の彼並に伝統音楽にのめりこんでいる人には、水を差して申し訳ありません。

ケルトから学んだものをベースに、自分なりの表現、音楽を作りたい。
今までもそうでしたが、そういう距離の置き方でこれからも付き合っていきたいと思っています。

伝統音楽への熱い想い
2011年6月24日 23:17
リムリック大学で開催されている短期学校"blas"には、36人の生徒が在籍しています。多くはアイルランド国内からですが、海外はイギリス、アメリカ、カナダ、ノルウェー、メキシコ、日本からの参加者がいます。

意外とヨーロッパ大陸からの参加者はありません。多くは10~20代の若者で、今School Holidayなのだそうです。講師は、この大学の先生と、プロミュージシャン。数人の卒業生がボランティアでスタッフをしています。

ノルウェーとメキシコからのフルートの生徒と仲良くなりました。メキシコ人の19歳の男の子はいつも陽気で、笑わせてくれます。ノルウェー人の若 者は、アイリッシュおたくで、お気に入りのCDの話や、どの曲がどのCDに入っていたかなど、やたらと詳しいです。カナダ人のフィドルの子は、僕のCDの アイルランドでの第一号のお客様になってくれました。
世界のいろいろな国の話も聞けて興味深いです。海外旅行先がさらに広がった!

僕の学生寮は、アイルランド人の10代の男女と同じフロアに入ってますが、たばこ吸ってお酒飲んで、深夜まで騒ぐ不良グループ。それでも、伝統音楽への熱い情熱を持っていて、彼らなりのヒーロー的演奏者がいるようです。

毎晩学生同士のセッションがあり、昨日はキャンパス内のパブが休業だったので、うちのフロアにあるキッチンで開催され僕も参加しましたが、不良の リーダー格の男の子がパイプでスローエアー(ゆっくりな独奏曲)を弾く際、コンサートさながらに曲の説明をしている様子が面白かったです。まるでコンサー トごっこですが、こうして未来の伝統を担う演奏者が育っていくのですね。

もっとも、伝統音楽で音大を出たとしても就職は厳しく、コンペティションで受賞しない限り、この音楽やダンスで生活していくことは狭き門のようです。普通に演奏できる奏者はいくらでもいますから、その中でいかに目立ち、抜き出るか。激しい競争心が垣間見えます。
何しろ15%の失業率ですから、普通の職を得るだけでも大変で、多くの若者がイギリスやアメリカへ就職していきます。19世紀を思わせます。

昨日朝のレクチャーは、アイルランド中部カウンティ・ティペラリーの、20世紀中期に活躍したフィドル奏者Paddy Obrienの娘さんで、同じくフィドル奏者のEileen Obrienさんが、自分の家系の伝統と地域の音楽について語る講座でした。CDを聴いたり楽譜を見たり、リラックスしました。
こちらでは、伝統音楽のフォーマットで作曲する人のことをComposer作曲家と言います。Paddy Obrienは、たくさんの曲を書きました。アイルランドのメロディは同じフォーマットでいかようにも形を変えて作られて、巧みな想像力に溜め息が出る思いです。

昼はジェラルディン・コッターのピアノクラスを受講しました。D調のリール(ダンス曲)の伴奏を練習。伴奏での右手のヴォイシング(和音の転回方法)についての彼女の考えを聴けたのが収穫でした。続いてジグのメロディを練習。装飾音についても習いました。

伴奏者としての心がまえや、知らない曲が出てきたときの対処法など、現役奏者ならではの意見もありがたかったです。同じ曲を何度も弾きながら伴奏 の転回やベースの進行について実演してくれましたが、もうぶっとびすぎてて生徒一同、笑ってしまいました。なんとも楽しくなるリズムと、こそばゆくなるよ うなこ洒落れたベース進行は、僕も練習してみたい!来週もあるので、受講してきます。

土曜日、日曜日と休みで、日曜日は遠足でCliffs of Moher(断崖絶壁)に行くようですが、せっかくの環境なので、部屋にこもって教本の執筆に取り掛かりたいと思います。

音大生の生活が始まりました
2011年6月22日 08:57
リムリック大学のブラス・サマースクールのレッスンが始まりました。

毎朝レクチャーがあるのですが、初日はシャン・ノース(アイルランド語の古いスタイルの歌曲)のルーツと、現代に受け継がれたレパートリーについて。18世紀中期のアイルランドは主にアイルランド語を話していたのですが、飢饉、移民などの社会的な変革で移民先として多かったアメリカやイギリスで通じる英語への言語シフトが起きました。
移民先で、アイルランド人たちが自分たちのルーツとして持ち帰った文化を大切に守っていたため、本土の方が変革し、新大陸の方が保守的になったそうで、興味深いです。

マスタークラス(レッスン)は、フルート受講生の人数が多いためオーディションで振り分けられ、僕はConal O'Grada(コナル・オグラダ)というコーク出身の奏者に習いました。5人の生徒で、3時間のレッスン。ブラスでは、2週間で4人の先生に習うことができます。それぞれ違ったスタイルの先生なので、どんな違った話が聞けるか楽しみです。

コナルさんの録音は10年来聴いていてお気に入りなのですが、会うのは初めて。リズミックでパワフルな演奏で、彼にはリズムについて習おうと思いました。疑問に思っていたことを質問をすることができて、非常に有益でした。が、彼のような演奏スタイルは自分の目指すものではないなとも思いました。

晩は、Paul Brady(ポウル・ブレディ)という、とても有名なシンガーのソロ・レクチャー・コンサート。僕は歌は殆ど聴かないのですが、どのように歌を見つけ、アレンジするかというのがテーマで、実演を交えて歌ってくれたので、興味深く楽しめました。また、彼自身の40年にわたる音楽歴も知ることができました。

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2日目の今日は、朝にアメリカに渡ったアイルランド音楽についての講義を受けました。Liz Carroll (リズ・キャロル)という素晴らしいシカゴのフィドル奏者がケース・スタディでした。
リズは、アイルランド移民の両親を持つ2世ですが、アイルランドに里帰りしてフィドルを弾くと、アイルランド人ではないという理由で嫌な目にあったことが、1度や2度ではなかったそうです。
いまや世界に名だたる一流のフィドラーなので、とても意外でした。

そこで、コンペティションでオール・アイルランド・チャンピオンを受賞してアイルランドで認められたのち、アメリカ人としてのアイデンティディを強調し、大都会シカゴの地下鉄(Loop)をテーマにした自作曲を冠したアルバム"Lost in the Loop"を発表し、ケイジャン、ブルーグラス、ジャズなどのアメリカ音楽の要素を盛り込みました。アイデンティティの問題は、日本人の僕だけの問題ではないのだとわかり、自分のこと(アルバム「縁 えにし」の経緯)のように感じられました。

レッスンは、フルートを休んでピアノを受けました。日本のレッスンで生徒さんの伴奏をしているうちに、興味がわいてきたのです。今日は、リールとジグとゆっくりな曲の伴奏法を習いました。リズムとコード進行、バスラインが楽しく、何回し弾いても飽きません。もっと伴奏を練習したいです!

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夜は、Martin Hayes (フィドル)& Dennis Cahil(ギター)のコンサートでした。マーティンは先月日本でツアーをしたばかりですが、僕は聴けなかったのでうれしかったです。CDは昔から聴いていたのですが、生で見るのは初めて。静かで、美しく、ドラマチックな音楽。他の伝統音楽奏者とはまるで別物ですが、そこにはしっかりとリズムがあり、メロディの美しさがあります。アイリッシュを通じて、別次元のものを表現しようとしているような音楽でした。

デニスのギターは、本当にユニークです。スペーシー(余白が多いこと)で、時には心臓の鼓動のように、パイプのドローンのように拍を打ちます。ステディで、あるべき場所にあるべき音を出し、無駄が一切ないかのようです。

何より、2人がお互いにリスペクトし、音楽に愛情をこめ、観客とその場を分かち合うことを心から楽しんでいる様子に感銘を受けました。彼らの音楽と比べると、多くのフルート奏者の音楽はとても単調に思えます(それはそれで良いのですが)。フィドル界で起きていることを考えれば、フルート界のできごとは可愛く思えます。マーティンのような演奏をフルートでしたいと思いました。明日、マーティンのマスタークラスがあるので、フルートで受講してきます。楽器は違えど、音楽は習えるはずだから。

晩にこちらでできた友達に誘われ、パブ・セッションに参加してきましたが、若いプレーヤー数名が、聞いた事もないようなトリッキーな曲を、信じられないくらい速い速度で弾いていて、そのまわりを他の奏者が弾かずに取り囲んでいるような状況に、すぐに嫌になってしまいました。

そこで、友達と連れ立って屋外のベンチで弾き始めたら、こちらのほうに人がどんどん集まり、寒さに震えながらも、ナイスなセッションを夜中まですることができました。

全員でその場を分かち合い、みんなが楽しみ、全員が同じリズムを共有している音楽をやるのが、僕にとってのセッションです。どんなに速くて装飾音がたっぷりでかっこいい曲を演奏していても、そこに参加者への愛情やリスペクトが無ければ、僕にとっては参加する意味はありません。

こちらにきて、何を大切にすべきなのかが、ますますはっきりしてきました。


アイルランドに到着、blasが始まります
2011年6月21日 05:17
イギリスのブリストル空港から、アイルランドの格安航空会社ライアンエアーに乗って、ダブリン空港へ。そのまま、バスでリムリックへ移動。20日から始まるリムリック大学のblasというサマースクールに参加するためです。

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飛行時間は1時間ほど。機内は本当に質素で、飲食はすべて有料、添乗員も、まるで高校生のアルバイトみたいなレベルでした。搭乗券に席番号が書いていなかったので「どこに座ったらいいんですか?」って聞いたら、両手を広げて「どこでも?」って。ゴミを回収に来る時も"Cheers" (乾杯、の意味。こちらではあいさつ代わりに使うくだけた言葉です)だし。

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ダブリン空港です。ゲール語と英語が併記されています。ウェールズ語とは字面が明らかに違い、外国に来た感じがします。

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懐かしいダブリン。東端のダブリンから西端のリムリックまではバスで3時間ほどでした。

気のせいか街や人々がとてもみすぼらしく見えました。空き店舗、廃墟や建設中で止まったままの道路が目立ち、人々の服装もスウェットにサンダルばきといった感じで、イギリスの豊かな農村に長くいたからか、余計にさびれて見えました。不況のせいなのか、僕が7年間で思い出を美化しすぎたのか...。


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この日はリムリック市内でバックパッカーホステルを探そうとしたのですが、どうしても見つけられませんでした。10年前に来た時は確かにあったのですが、潰れてしまったのでしょうか。ネットカフェで黒人の店員に郊外の安いB&Bを紹介してもらいました。

翌日。これまたリムリック郊外にあるリムリック大学へ。
ここには伝統音楽に特化したコースがあり、blasは夏期講習として2週間、寄宿舎に泊まりつつ音楽やアイルランド文化を学びます。

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参加者は36名。世界的に有名な講師陣の割には少ないなと思いました。

国内はもちろん、ノルウェー、メキシコ、カナダ、アメリカなど世界各国から参加者が集まっています。日本人は、僕のほかに東京からこちらに留学しているという「はじめ」さんという人がいましたよ。

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アイスブレーク(緊張を解くための)・ケーリー(ダンス会)が1時間。よい汗をかきました。踊りながら自己紹介しあいました。

朝と晩御飯は大学で用意されます。ウェールズを出てからまともな食事をしていなかったので、ありがたかった!

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9時からセッション。あまりに人が多いので、参加せずに帰り、部屋で練習していました。こうして練習や原稿の執筆に時間を充てられるのは、本当に幸せです。

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若い奏者によくある傾向なのですが、競争心旺盛で、人よりもたくさんの曲を、より速く、より正確に弾くことを競うようなセッションは、僕はとても居心地が悪く感じます。僕自身もかつではそうだったのですが...

競争には終わりが無く、まして悲しいことに、同じ程度に演奏できる奏者はごまんといるのに、みんな同じようなスタイルで演奏しているように僕には見えるのです。それなのに、ゆっくりなテンポで、ステディに、思わず体が動いてしまうようなリズムで演奏している奏者はほとんどいません。

1000曲を不確かなリズムでいい加減に演奏できるようになるより、10曲の一生大切に弾いていきたい曲を、しっかりとしたリズム感で演奏したい、と強く思います。

そんなわけで、ここではセッションには参加しないと思います。

カルチャー・トーク
2011年6月14日 04:34
海外に来ると、自分が日本人であることをいやでも意識してしまいます。

 例えば、こちらの人は挨拶の際にお互いによく触れ合います。
挨拶として日常的に握手や、ハグや頬にキスをします。

 僕は自分からは握手くらいにとどめておいて、ハグやキスは相手から求められたらするようにしています。そこで、ジョーさんに、どのような時にどのようなアクションをしているのか、聞いてみました。

 彼女によると、基準は人それぞれだけど、と前置きしたうえで、初めての人には握手をする、友達とはハグをする、キスは家族とかよほど親しい人で、相手から求められたらする、ということでした。フランスだと、男同士でもハグをするし、そういえば映画では男同士で頬にキスしあうのを見たことがあるような気がします。

 ジョーさんは日本で中学校の先生をしていたのですが、日本の中学生はいつもお互いに(英国人以上に)触れあっているのに、大人になると全く他人に触れようとしないのを不思議がっていました。

 僕は、友人でさえ、肩などにタッチするのは抵抗があります。台湾の友人は、よく僕の肩に手を置いてくるのですが、なんだか男からベタベタされるのは変な感じがします。

 日本では、握手は友人の間では浸透してきていますが、よほどの機会でなければ使わないし、日本人どうしのビジネスシーンで使うの見たことがありません。

 欧米人にハグはされるのは抵抗ないのですが、キスには全く慣れません。されるのも恥ずかしいし、されてしまったら返さないと失礼になっちゃうし...。まあ、キスされるのはおば様、お婆さん世代からしかありませんが(笑)。若い異性どうしではしないような気がします。

 もうひとつ海外で日本人を意識するのは、英語での生活に慣れた時に日本人に出会ったときです。もし会話しているグループの中で僕のほかに日本人がいる場合、まわりへの配慮もあり当然英語で話さなくてはいけないわけですが、この状況が非常に苦手です。もしその日本人が僕より英語が上手であれば、僕の英語の発音や文法の間違いを聞かれるのが恥ずかしいですし、もし僕より話せないのであれば、難しい単語は控えるように気をつかってしまいます。

 日本人留学生は日本人だけの間でも英語で通そうとする人と、日本語を使い分ける人とがいるそうですが、いずれにしても意識せざるをえないです。

 ジョーさんの家族によると、英国人でもしょっちゅう文法や発音の間違いをしているそうです。たとえば"I was sitting on the chair"の代わりに"I was sat on the chair"と言ったり。お母さんが、「私の文法はまだ大丈夫よね?」とお父さんに確認しているのがおかしかったです。 そういえば、日本人だって文法的におかしな日本語、話していますよね。
お父さんが、文法的な正しさより、コミュニケーションすることが大切なんだよ、とまとめてくれました。

 もしグループでハグをしあったりキスをしあったりするシーンで、その中に日本人の女性がいたら? 僕には悪夢のような(夢のような!?)状況ですね(笑)。

 日本人も、欧米生活が長いとある程度欧米化されてくるのでしょうが、分け隔てなく自分からハグやキスを求めてくる日本人がいたら、ちょっとひいてしまいます。何が悪いわけでもないですけどね。日本人らしさ、捨て切れません。

 逆もまた真なりで、ドライブ中、ジョーさんに「じゃあ、今日はこれから日本語だけをしゃべることにするね」って言って、日本語会話で通したら、ジョーさんは日本語を話しながら妙に日本人的な「はにかみ屋さん」になったのでした。それを指摘したら、「言葉が変わると性格が変わるのは当然よ」、と。僕も英語をしゃべっているとき、キャラクターが変わっているのかもと思うと、言葉って面白いですね。


 ちなみに、今日がジョーさん家族との最後の日だったのですが、ジョーさんは手を振るだけでハグもキスもしてくれませんでした。とほほ。

英国英語
2011年6月13日 00:17
英語漬けの生活が1週間経ちました。こちらのコミュニケーション・スタイルにもだいぶ慣れてきました。

初めてアイルランドに行った二十歳のころは、こちらの人が言っていることがほとんど理解できずに、何度も聞きなおしたり言ったりしていたものです。これでも英語入試で大学に入ったので、自信はあったのですが(!)、アイルランド人同士の会話はぜんぜん理解できませんでした。まるで霧の中に取り残されたような気分でした。

今では、どうしてあんなに分からなかったのだろう?と思うほどです。そんなに集中して勉強したわけではないのですが、ちょっとずつの勉強の蓄積効果でしょうか。街ゆく人のつぶやき、ラジオCM、英国人同士の会話もどんどん耳に入ってくるようになりました。

わからない言葉があるとすぐに辞書で引くのも良いですが、もうちょっと上級テクニックとして、英語で説明してみる、または説明を求めるとさらにスピードが上がると思います。

たとえば「植物園」、と言いたくて単語が分からなかったのですが、"A zoo is a museum for desplaying animals, and what is that for plants?" と聞いてみたり、"diabetes"と言われてわからなかったので、何のことか聞いてみると、"too much sugar in the blood and it needs insulin shots"と説明されたので、糖尿病のことだと理解したり。

日本の英会話テキストなどに出てくるボキャブラリーは、日ごろあまり使わないものも多いようです。日本人も「単純明快な」=簡単な、「全う至極な」=当たり前の、など、誰にでも伝わりやすい表現を会話では使います。そのような、難しい言葉を覚えてもあまり実用的ではありません。

それよりも、基本的な動詞、make、give、take、get、haveなどのしっかりした使い方を知っておくとよいようです。辞書を引くとそれらの意味を知ることはできますが、日本語と完全に対応しているわけではないので、動詞の概念をしっかり捉えると、応用がききやすいです。

僕が日ごろ使っている英会話テキストはアメリカ英語なので、イギリス英語との違いを感じることもしばしば。apricot(あんず)をアプリコットではなく、エイプリコットと発音したり、eggplant(なす)をaubergineと言ったり。

テキストで覚えた、「(ご馳走じゃなくて)ふつうの食事が好き」という意味で 
I just like the daily food.と言うと通じず、こちらではplain foodというのだと教えてもらったり。

イギリスも、各地に方言があり、特にニューカッスル、グラスゴーの方言はこちらの人にも理解しにくいのだとか。沖縄ぐち、津軽弁のようなものでしょうか。

前回イギリスに来た時は、まさにこの2つの都市で言葉が理解できなくて苦しんだのですが、それは方言のためでもあったと、今ならわかります。

以下、こちらで覚えたことなどを取りとめもなく書いておきます。

★Shallの用法について...こちらでは、疑問形以外でのshallをほとんど使うことがありません。Shall I go to the shopping? (お使い行こうか?)、Shall we go together? (一緒に行かない?)などは普通ですが、If you are late to the work again, you  shall be fired(遅刻したら首だぞ)、とか、I shall come again (また来ます)などとは言わない。

★enoughの用法について... 名詞につく場合はenough money(十分なお金) のように名詞の前に。副詞として形容詞につくときはworm enough (十分あたたかい)のように、後につく。

★発音注意。 threeが意外に難しい。th音もr音も、舌が歯茎や口蓋などのどこにも接地しない。日本語で書く「スリー」の「す」は前歯を閉じて発音 するが、thは歯を閉じない。「り」は舌が接地するが、rは接地しない。さらに、throughly(サラリー、しっかりの意)は難しい。

★Did she see the sea(彼女は海を見たか?)をきちんと発音するのが難しい。

★ウェールズ方言の英語もある。たとえば、mitchは「サボる」の意味で、学生の間でよくつかわれる。Let's mitch the class.など。

★最近の新しいボキャブラリー

アイルランドに行くのは7年振りです
 This is the first time in 7 years to go to Ireland
 It's been 7 years since I went to Ireland last time.

お待たせ! 
 Sorry for making you wait (making you waitingは不可)
 Sorry for keeping you waitingなら可能らしい。

遠い親戚 distant relative

そういえば now I remember

携帯電話の電波 signal

ケーキ一切れ one portion of cake

すべてはここから始まった...出前ちんどん
2011年4月27日 06:49
4/25。
立命館大学の民族音楽サークル、「出前ちんどん」。今から13年前の98年に僕と数人の同志で創立したサークルで、今も活動を続けてくれている。その「出前」が元気が無くなっていると噂に聞き、応援に行ってきました。この日、ソロCD「縁 -enishi- 」1000枚が工場から届き、もう自宅を出発していたのですが、連絡を受けて家に引き返し、CDを持って。

僕の呼びかけにこたえてくれた初代創立部員で胡弓奏者の木場大輔君、僕の噂を忙しいライブの合間をぬって聞いて駆けつけてくれたザッハトルテの都丸君(マル)とウエッコの4名で、部員説明会に参加。お互いに会うのは久しぶりの面々で、再会を懐かしむ。マルは、大学にくるのすら10年ぶりくらいだとか。

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部員説明会では、現役部長が出前ちんどんの創立の経緯や活動内容を説明。彼はアイリッシュが好きなので、アイリッシュの詳しい説明にまで話が及んでました。出前はアイリッシュだけのサークルじゃないけどね~。

参加者の自己紹介では、ティン・ホイッスルが好きで僕の教本も買ってくれたという1回生の女の子もいて、嬉しかった。説明が一通り終わったら、僕たちの演奏を聞いてもらいました。

僕が現役だった頃の出前ちんどんは役者ぞろいで、演奏がすごい人もいたし、華やかではなくても独特の個性を放っていたキャラクターが多かった。部員の中からは、僕たちを含めて松田美緒、熊沢洋子、Drakskipなど多くのプロ奏者を生み出した。そのために半ば伝説化されているけど、実際は素朴に、地道に音楽を愛するサークルなので、新入生は安心して参加して欲しいです。

97年の4月に立命館に入学して、木場君と出会い、民族音楽の楽しさを紹介してもらい、人生が変わった。それから14年も経って、その日に届いたソロCDを携えて古巣に帰るのは、因果を感じます。木場君に感謝をこめてCDを手渡す。まさに、「縁 -enishi- 」の物語です。


英語の発音
2011年2月12日 00:11
自宅に習いに来ている、オーストラリア人のテレサさん。台湾の小唐さんに続いて、2人目の英語でのレッスン生です。

英語の発音が僕の弱点なので、今日は色々と聞いちゃいました。

例えば、so cold と so calledの違い。

目からうろこだったのは、この二つの違いっていうのは、つまりoldとallの違いなんだということ。

頭につく子音にが違う単語、例えば、told、soldとtall、ballなどとの違いとも同じことなんだそうです。なるほどね!わかりやすい。

何度も聴いて、発音して練習しました。

あえてカタカナで書くと、oldは「オウ」、all「オー」という違いに感じられました。(合っているかわかりませんよ!)

僕の弱点は、カタカナ読みが原点になっていること。

これって、日本人で英語を勉強した人にとっては誰もが悩むところでしょう。英語ネイティブには、何故違いが分からないのか?と首を傾げられるかもしれません。

LとR、thとsの区別はかなり分かってきましたが、この辺がまだまだです。

uncle's ankle ( 伯父のくるぶし)
collar's color  ( 襟の色 )
heart hurt    (心が傷つく)
for four     (4人のために)
Pour me a water, I'm poor (水を注いで下さい、私は貧しい)
Go to work by walking. (仕事に歩いて行く)

She sells sea shells at the sea shore(彼女は海辺で貝殻を売っている)っていうのもありました。
日本語にすると、she も sea も see も 全部「シー」なんですよね。

やっぱり、中学校時代にネイティブの先生に習わないと、後々苦労します(^^;)
何をおいても、発音だけは最初のうちにしっかりやった方がよい、というのが僕の感想でした。

朝の時間
2011年2月 7日 06:47
おはようございます!

電話やメールや来客にと、とにかく一つのことに集中できない日中に比べて、朝は静かな、ひとりだけの時間。

練習こそできないけれど、本を読んだり、メールの返事を書いたり、曲のアレンジ作業をしたりと、まとまった時間が確保できることでも、貴重です。お茶を沸かして、音楽を聴きながら、集中して作業できます。

うちはテレビを殆ど見ないので、ライブが無い日は23時頃には就寝して、5時頃から起きて活動を始めています。

そのまま朝ごはんを食べて、フィットネス・ジムに9時半の営業開始とともに行くパターンになっています。

早朝、まだ夜が明けていない寒い中、布団から抜け出すのはつらいですが、布団にもぐりながら「やるべきこと」を考えていたら、眠気よりも仕事を終わらせたい気持ちが勝って、起きれちゃいますよ。

早起きは一番の時間術だと思っています。時間がない!とお思いの方は、お勧めですよ。

How to enrich my English Vocaburary?
2011年2月 2日 06:16
去年の4月にラジオサーバーを買って、ラジオの語学番組を録りためて聴くようになって、もうじき1年になります。タイマー録音してMP3に転送して聴けるので大変便利です。 3つの番組(英会話、ビジネス英語2種類)と中国語をテキスト購読しています。

自宅ではゆっくり聴く時間が取れないので、ジムで運動しながら、または電車での移動中に聴いています。去年の秋は非常に忙しくて中断してしまいましたが、テキストとMP3でいつでも
再開できるのがありがたいです。

今朝、BBCニュースを聴いていたら結構理解できたのでこれから聴いていきます。
ちなみにエジプトのデモの話題でした。現地リポーターがとてもなまった英語で流暢に喋っていたので、日本人英語でも良いかと開き直りましたよ。

毎日新しいボキャブラリーが出てくるので、リスニングは鍛えられたように思いますが、しゃべる段になって言葉が出てきません。

ボキャブラリーを増やすには2種類あるように思います。

・新しい単語を覚える
 例)triskaidekaphobia ...13恐怖症
   実際にテキストに出てきた単語です。一生使いそうにないです(笑)

・知っている単語の組み合わせで、新しい意味を覚える
 例)It's not my cup of tea ... 興味はない。
   come again? ... なんですって?
   この手のボキャブラリーは口語表現に多いです。

最近は外国語を勉強しているというよりは、日本語のボキャブラリーを増やす勉強とあまり変わらないなと思うようになりました。

語学が達者な皆さんは、何か実践している勉強法はありますか?

マルチタスク(同時処理)は本当に効率的か?
2011年1月26日 22:18
現代の生活は余りに忙しい。

朝から夕方まで仕事をしている人は、いったいどの時間に、新聞や雑誌を読みテレビを見て、
手紙やメールの返事をし、入浴や家事をしているのでしょうか。
さらに、勉強や読書や自己投資へ時間を確保するなど、本当に難しいように思えます。
そこに子供や介護する親がいれば、自分だけに使える時間は本当に少ないでしょう。

そんな忙しい日々をこなすために、複数のソフトを立ち上げて処理するウィンドウズのように、マルチタスク(同時処理)をして、少しでも効率化させ、より短時間でより多くのことをするように現代人は工夫をしています。

僕は、座ってこの記事を書きながら、テレビを背中で聴いて、脚のストレッチをしています。
さらにタスクを増やそうとすれば、誰かからのメールの返事を待ったり、洗濯機を回すこともできるかもしれません。

メールを打ちながらの運転、英語を聴きながらのサイクリングなどもマルチタスクです。
しかし、パソコンでも複数のソフトを同時処理させると効率が落ちるように、人間も
集中力が低下し、一つ一つを順番に処理するよりも時間がかかるとも言われています。
また、マルチタスクになれすぎると、何かをしながらも思考はそこに集中せずに、
ふわふわする(気が散る)ことが常態化します。

たとえば、いましていることに集中する。
ご飯を載せたお箸をちゃんと見る、爪を切っている指先を見る、家族の話を
手を止めて聞く。そういうことが、集中力を高めるのかもしれません。
楽器の練習には集中が大切であることは、身をもって感じています。

みなさんは、マルチタスクをしていますか?

こんな記事がありましたので、参考に張っておきます。

http://www.lifehacker.jp/2010/06/100531anti_multitasking.html

大人になって学習することの難しさ
2011年1月24日 00:01
昨日のA to B英会話スクールでの西田さんとのお話でのこと。

今年から小学校での英語が必修になるため、子供さんの受講者が増えているらしいです。
それでも週1回のレッスンでは、なかなか話せるようにはならないので、いっそのことインターナショナルスクールに子供を入れてしまいたいと考える親御さんもいらっしゃるとのことでした。
確かに、常に英語漬けの環境にいれば、覚えてしまうのも早いことでしょう。

音楽を習うのも同じで、月2回のレッスンの間だけ練習しても、いつまでも身に付きません。
英語と同じく、常にその音楽を聴いて、演奏する機会を持つことが大切です。僕の中国語の教科書に、最初の発音で学習時間○○時間程度、文法に○○時間などと学習量の目安が書いてありますが、時間をかける、というのは一つ大事なことですね。

学習の方法には、2つあると思っています。

ひとつは、習慣化すること。毎日英会話ラジオを聴くとか、英語の友達を作るなど。

もうひとつは、短期間に集中すること。語学学校に短期留学するとか、英語しか通じない環境に
旅行するなど。

そういえば、パイプ奏者の松阪さんは、ある時からコンサーティーナを始めたのですが、あっというまに上達していました。彼によると、上達の秘密は、最初の数ヶ月間に集中して取り組むことだそうです。最初の壁(ギターであればFコードとか、笛なら高音とか)をがんばってクリアしないと、いつまでもそこから上達しないままだとか。思い当たりますね。

自分のことを思えば、得意な「ケルトの笛」も「英語」(中級ですが)も、こうした学習の末に獲得した能力ですが、最近、新しい学習ができていない気がします。

学びたいことは本当にたくさんあるのに、なかなか取り組めない。仕事をするようになって、学習する時間・エネルギーの確保の困難を感じます。毎日少しでもよいから、習慣の力を借りて、新しい勉強をしていきたいものです。

英語の勉強
2011年1月23日 23:23
今日の午後は、和歌山のA to B英会話スクールでティン・ホイッスルのレッスン。

経営者の西田さんとお話していて、英会話ができるようになると、性格が変わるというお話が興味深かったです。コミュニケーションに自信がつき、行動的になるためかもしれません。

先日台湾に行った経験から、英語について思うところを、とりとめもなく書いてみます。

台湾では、英語が母国語でない人同士での会話のほうが、通じやすいと、良く感じました。
先日のアメリカ人パイパー ディックさんとは、僕の発音が悪いことと、ディックさんのボキャブラリーに僕が追いつかないこととで、最初の1週間は苦労しました。
やがて、彼の使うボキャブラリーに慣れ、ある程度はスムーズに会話できるようになりました。

第二外国語として英語を話す人同士では、難しいイディオムを使わなくても最低限のボキャブラリーで云いたいことを伝えられるからなのでしょう。
僕自身も込み入ったイディオムは、相手に聞き返される可能性が高いのであまり使わないように気をつけています。

英語を日本人に聞かれるのは恥ずかしくありませんが、いまだに、日本人同士で英語で会話するのは気恥ずかしいです。
でも、日本語が分からない人が会話の中に参加していると、失礼にあたりますので、英語で話すべきだと思います。

イディオムと言えば、最近感じたのは、たとえばawesome。

A:What do you think ?
B:You are awesome !!

といった場合、Bは褒めているのですが、awfulと勘違いしてしまわれがちです。

それから、たとえばBが

B:I couldn't agree any more.

と答えようものなら、BはAに反対していると誤解を与えかねません。実際は「これ以上賛成のしようがない」と、大賛成なわけです。このあたり、英語ネイティブでもひっかかる表現のようで、こちらのようなQ&Aを見つけました。

http://forum.wordreference.com/showthread.php?t=1417186


こういう微妙な表現は、たとえ知っていても、ネイティブ以外には使わない方が、余計な誤解を与えずに済むと考えています。

勉強、勉強ですね。

決断
2011年1月20日 23:02
空港から書いています。

2週間の滞在はあっというまに終わってしまいました。
去年の台湾ツアーではコンサートをいくつも入れましたが、今回コンサートを一つだけに絞り、残りの時間は缶詰になって、本を書いたり、今後の計画を考えたりする時間にあてようと思っていました。そのために、本をぎっしりトランクに詰め込みました。

でも、台湾の日々はとても刺激的で、案の定、僕を一人にはしてくれませんでした。毎日おなかが減るのを楽しみにして食事に出かけ、たくさんの魅力的な人に出会い、いっぱい話をしました。
人生の栄養を得られた気分です。おかげで執筆はほとんど進まないままでしたが...

日本と地理的にも文化的にも近く、シャイで奥ゆかしい台湾の人々に、以前よりも親しみを覚える一方で、台湾語と中国語を使い分ける人たちが多いこと、男性なら誰もが兵役に就かなくてはいけないことなど、日本との違いも感じました。

日本には1憶人以上の人がいて、日本の中だけでも暮らしていける豊かさがありますが、海外に出て、暮らしてみると、日本の中だけで生きることが、勿体なく思えます。

日本では知らなかった考え方や生き方をしている人に出会うと、人生の可能性がぐわーっと広がるように感じます。世界を飛び回り、この人生でできるだけ多くの素晴らしい人、景色、出来事に出会い、感じ、学びたいものです。

そのためには語学力、健康、お金、時間が必要。これらをいかにバランスを取っていくかが、僕の人生のテーマになりそうです。

今回の旅行では、先日の劉さんとの出会いで感じることが多かったです。

すべてを手に入れられないのが人生。
手に入れようと無理をすると、家族、健康、心に歪みが出てきてしまう。
だから、劉さんは笛子をやめたのでした。

僕を振り返ってみると、日本各地でのコンサートやイベント、レッスンに、さらにCD製作や執筆もしようとしています。自分が活躍できるフィールドが増え、誰かの役に立ち必要とされることに喜びを感じますが、1人の限られた時間ですることが困難になってきました。

自分のキャパシティを広げるために、仕事量を極限まで増やそうとして活動に励んできましたが、ここが限界と見極めました。仕事の質を低下させないために、自宅及びスカイプのレッスンの新規受講受付を、当分の間、中止する決断をしました。もちろん、これまでの生徒さんは継続してレッスンをさせて頂きますので、今後とも一緒に練習していきましょう。

人生の可能性が広がる、とは、いろいろな生き方が可能になることでもあります。今回の旅行で、オルガン講師として台湾に渡り、何十年も住み、あちらでジャズバーを経営している日本人の方に出会いました。そんな人生が僕にも可能なのでしょう。または、日本の田舎に暮らしながら音楽を教えたり、音楽を作りながら世界を旅する人生も良いでしょう。一度しかない人生ですから、押さえるべきところはしっかり押さえて後悔を残したくないと思っています。

これまでのブルドーザーのような生き方を変えて、今年は選び集中する生き方にする年にします。

(帰国してから投稿しました)

「ありがとう」は幸せを呼ぶ言葉
2010年12月12日 07:34
昨日は、千里のティン・ホイッスル教室にアイリッシュ・ハープ奏者のKumiさんにゲストに来て頂きました。千里教室では、年に年回かお金を出し合ってゲストの方に来て頂いています。朝にハープの伴奏で笛を吹く、素敵な時間になったのではと思います。

ハープの演奏体験もして頂き、皆さん興味津津だったようです。

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昼からの京都教室も今年最後の講座となり、受講者の皆さんに一年間のお礼を伝えました。たくさんの方が僕のレッスンを必要とし、楽しみとし、支持して下さっています。レッスンでは、新発売のCD「ケルトシットルケ」が飛ぶように売れ、友達に配るからと3枚も買って下さった方もいました。

こうして順調に活動が続けられるのも、応援して下さる皆様のおかげです。生徒さんに恵まれて、僕は幸せ者です。心から、感謝をお伝えします。

今年一年で一番感動した体験といえば、やはり万笛博覧会と地球管弦楽でした。地球管弦楽では、作曲家の多久潤一朗さんが、この日のためだけに、20人分以上のスコアからなる大曲を書いて下さったのでした。上演中、感謝と感激のあまり涙があふれ落ちそうになりました。今思い出してもじんわりくる体験です。

万笛博覧会では、最終夜コンサートの最後を務めて頂いた橋本さん&岡田さんグループのアンコールの後、閉会のスピーチをし、講師の皆さん、ボランティアスタッフの皆さんをステージに呼び込んで、全員に感謝を伝え、幕を閉じたのでした。

ステージから退場する一人ひとり全員に、「ありがとうございます」と言いながら手を握っていると、その人数が20人以上にもなり、ああ、こんなに多くの人に支えられているのだと、心の底から感謝が湧きあがり、涙で顔を上げられないのでした。

心をこめた「ありがとう」は、言う人に感謝と幸せを与える言葉だと、思っています。
これから先、何百万回も心をこめて「ありがとう」を言おう。

養護学校で演奏をする
2010年12月 4日 01:29
僕の生徒さんが先生をしている、滋賀県の養護学校に伺い、小児麻痺など重度の障害を抱える高校生6人に、1時間、演奏を見て・聴いて頂きました。

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普段、演奏でもレッスンでも、社会の中の限られた方にしかお会いすることができませんので、日ごろ接する機会のない方に自分から伺い、人間について学びたいという気持ちから、月に1回までと決めて、ボランティア演奏の枠を設けています。

障害者にコンサートをさせて頂く機会は今年6月に続いて2回目でしたが、今回の生徒さんの方が程度が重く、演奏に対する反応がほとんど無いように思える子もいました。周りに障害者のいない僕としては、ある意味ショックでした。演奏家として、コンサートをする以上は、そこにいる方に何かを伝えたい、残したい、できれば僕がきっかけとなり、聴く方が元気になって頂けたり、励まされたりしたら、何より嬉しいと思っていますが、今回は達成できた自信がなかったのです。

自分は誰か役に立っているのだろうか。
今日のコンサートには、意味があったのだろうか。

先生からのご感想が支えになりました。

「コンサートのビデオで生徒の様子を振り返ると、リラックスしている表情が見られ、バグパイプやコップの演奏のときは、目を大きくして気持ちを向けている様子が伝わってきました。このクラスの生徒は言葉でのやりとりは難しいのですが、その分素直に態度に表してくれるので、今日の落ち着いた様子からそれぞれの生徒の心に何か響いたものがあったのだと思います。」

不勉強な僕に、障害者のことを語る資格などないことを自覚しつつ、僕が感じたことを書きとめておきます。

自分は、障害者に演奏を聴いてもらって、何を求めているんだろう?
僕の演奏を聴いて、何かが変わることを期待していたのだろうか?

障害は、病気ではない。
だから、良くなるという種類のものではいし、そもそも、生まれ持った障害に良いも悪いもない。

それとも、その場限りの楽しみを感じてもらえれば、それでいいのだろうか?

いいや。

僕が障害者コンサートをしたい動機の中に、もともと誰かに何かを与えるつもりなどなかったのだ。

音楽の力を感じたかった。障害者にも、音や気持ちが伝わるはずだ。
彼らが、僕にわかる形で反応をしなくても、伝わっているはずだ。
そう、伝えることが仕事の僕が、ちゃんと伝えられているのかどうか。
自分のために演奏がしたかったのだ。

それがわかっただけで、すっきりした。

高校生と会ってきた
2010年12月 2日 23:01
先日の熊野旅行の最終日、三重県の南端、尾鷲市の三重県立尾鷲高校に行き、高校2年生40名を対象にお話をさせて頂きました。今回は、「大人になること」について、自分jの体験を中心に、僕が高校生に伝えたいことを40分程お話ししました。

この学校は、尾鷲市にある唯一の高校とのことで、色々な環境、学力の子が集まっているそうです。最初に先生からご紹介を頂いて、挨拶がわりに1曲演奏。初めて聴くアイルランド音楽に、静かに耳を傾けてくれていました。

続いて、高校時代どんな学生だったか、大学に入ってからのこと、音楽との出会い、大学卒業後から今に至るまでをお話ししたのですが、次第に隣の子との私語が目立つようになりました。普段は大人を相手にレッスンやお話をさせて頂いているので驚きましたが、先生は注意する様子もなく、そんなものかなと思いながら話を続けました。しかし、やはり私語が気になりこちらの集中も乱れますし、聴きたい子に声を届けようと声を大きく出すほど、私語も大きくなります。

そこで、もう持ち時間も少なくなってきた頃、一つだけ分かってほしいと思い、おしゃべりを止めさせて、こういったことを話しました。

僕は日々、レッスンをしている時は、限られた時間で最大限、生徒さんに役に立ちたいと思っています。生徒さんも、僕も真剣に向き合います。僕は今日、皆さんと会うことを楽しみにしてきました。僕と皆さんが今、同じ時間に同じ場所にいるということは、すごいことなんです。この奇跡を無駄にしないで下さい。

僕は、これまで人や物事のとの出会いで、人生が変わる経験をたくさんしてきました。教室にいるみんなは、今は同じ高校生でも、これから就職したり進学して、ばらばらの人生を歩みます。その時に、誰と出会うか、何と出会うかで、人生が大きく変わります。

この時間を私語で終わらせるのは、僕との出会いを無駄にしていることになります。きっと教室のほとんどの人は僕とこれから、一生会うことがないでしょう。僕は偉い人でも何でもありませんが、そういう態度でいると、僕だけではなく、この先にある大切な出会いもどんどん無駄にする人生を送ることになります。ですから、出会いには敏感でいてください。


講演が終わってから、伝えたいことが伝えきれなかった挫折感を味わった。先生は、今の高校生はこういうものですよ、と慰めてくれたが、きっと、カリスマがある人であれば、みんな黙って聴いていたのではないだろうか?

しかし後日、先生から生徒の書いた感想文が送られてきた。中には、本当に興味が全くないのがわかる子もいたが、半分ほどの子は、きちんと僕の気持ちを受け止めてくれていた様子が分かった。

・演奏もhataoさんの話も心に残りました。時間を大切にしたいと思います。

・これからは一期一会を大切にして、たくさんの人と関わって人との輪を広げられたらいいなと思いました。

・将来、音楽関係の道に進みたいけれど、親に反対されています。だけど、話を聴いて、やりたいことをやり通すことの大切さを知りました。

・これから私も「出会い」を大切にしていきたいと思いました。


僕と出会うことで、誰かを元気づけたり、良い影響を与えられたら、僕は生きている意味があると思える。それはコンサートもお話も一緒。だから、講演はもっともっとやっていきたい。記念すべき講演1回目。僕にとっても、本当に貴重な機会だった。

講演に僕を呼んでみたいという方、いらっしゃいますか?
ボランティアでも喜んで行きますよ!

DHツアー ありがとうございました
2010年11月11日 06:59
伊丹空港にディックさんを見送りに行きました。

3週間にわたるディックさんのツアーもこれでおしまい。空港に迎えに行ったことが昨日のことのようにも思えます。狭い我が家を使ってもらったので、ホストファミリーとして色々と大変なこともありましたが、今後外国人のゲストを迎えるための良い経験となりました。

日本にとってアメリカは一番親しみのある外国ですが、文化、言葉の違いを想像以上に大きく感じました。英語を話せる・理解が出来る人は少ないですし、彼らにとって文字の違いは大きなハードルになっているようです。

伝統文化を学ぶにおいて、伝統の中にいる人達とコンタクトを取り続けること、また、外国の文化を学ぶにあたり、その言語を知り、その言語で理解することが大切だとディックさんは言います。CDからの情報と思いこみだけで理解したつもりになってしまうことの危うさ、もったいなさを感じましたし、プロとして、これからも謙虚に学び続ける姿勢を忘れないようにしたいと思っています。


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アメリカのケルト音楽のマーケットについても話を聞きました。言語が同じアメリカでは、アイルランドやスコットランドから、本場の一流ミュージシャンが毎年ツアーにやってくるので、当然リスナーはそちらを選びますし、アメリカ人ミュージシャンが大きなコンサートの仕事にありつけることは少ないのだそうです。

それに比べると日本はアメリカの半分もの人口を抱えながらまったく違う言語、マーケットを持っていますので、僕たち日本人演奏家が日本に特化したマーケティングをすることで、これから大きく発展する可能性があると言って頂きました。

今回、外国人の招聘公演を初めて手がけましたが、お陰さまで大成功に終わり、このような形で日本の皆さんに素晴らしい演奏家をご紹介することが可能なのだと自信を深めることができましたし、2年後に予定しているケルト伝統音楽の会社設立の重要な事業として、このようなツアー製作を手掛けてみたいと思えるようになりました。

さて、万笛博覧会&地球管弦楽、DHツアーも大成功、今年の最後の目標であるソロCD製作を成功させるべく、次のステップに進むことといたします。いつも、応援ありがとうございます!

DH日本ツアーも佳境
2010年11月 9日 23:05
パイパー、ディック・ヘンソールドさんの最後のコンサートが日曜日にあり、大勢の方がフィドル倶楽部にご来場くださいました。ありがとうございました!

レッスンでは、ダンス曲のリズムのことやフレージング、アーティキュレーションなどについて、僕も知らなかったことを色々と教えて下さり、目からうろこでした。レッスンや教本に必ず役に立てたいと思っています。

コンサートでは、フィドルの天澤さん、チェロの可奈さんの適確なサポートも素晴らしく、アンサンブルが非常に良かったです。ひとつの有機体のようになり、時間も空間も越えて心に訴えかけるような、魔法の瞬間が何度もありました。そして、後から聞くと、お客様もメンバーもそれを共有できていたようです。

毎日コンサートが続いており、ブログを書く余裕が無いのですが、多くの学びを得ています。今回ディックさんに来て頂いたのは、ノーサンブリアン・スモール・パイプスのレッスンを受けることと、ディックさんの音楽やノーサンブリアン・スモール・パイプスを日本に紹介したかったからなのですが、ディックさんは真剣にこたえて下さいました。

移動中の電車の中ですら、リード、空気圧、ドローンの調整などの専門的なことを、分かるまで何度も教えてくれましたし、僕が不在の時には、彼が帰国後にも見れるようにとビデオにレッスンを撮ってくれてまでいました。日本の弟子を真剣に育てようとしてくれている姿には心打たれましたし、僕も真剣にこたえなくてはと思っています。

色々な意味で、自分が大きく成長した3週間でした。彼のレッスンでの言葉。「知らないことは、聴き取れないんだよ」。音楽をただ聞くだけでは何が起きているのか理解することができないが、いったん「知る」と、こまかいニュアンスやタイミングの面白さを聴きとることができるようになる。だから、分析して、学ぶことが大切なのだということです。「知る」と「知らない」とでは、本当に大きな違いがあるのだと痛感しました。

英語力も格段に上がりました。レッスンやコンサートでも通訳をずっと務めましたが、外国の文化に取り組む上で、言語を使いこなすことは不可欠だと感じました。言葉を知らず、本も読まず、本物の演奏者にふれずに外国の音楽を極めるなど、誰にできるのでしょう。もちろん、まだまだ流暢というには程遠いレベルですが、これからも音楽と語学の学びを続けていこうと固く誓いました。

今日は、レコーディング・スタジオに入りました。

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3曲録音したうち、1曲は次のオリジナル曲が中心のソロ・アルバムに、2曲は将来の伝統曲中心のソロ・アルバムにストックすることにしました。

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今回のプロジェクトは、明日の名古屋の学校公演で終わり、木曜日にはディックさんは帰国します。最後のひと時を、大切にします。

おバアちゃん孝行
2010年10月 1日 21:47

札幌に、85歳のおばあちゃんがいます。

持病のためにすっかりやせ細ったおばあちゃん。
足腰も弱くなってきました。

明日、南区のレストラン「香聡庵」で、札幌のバンド"hard to find"のハンマー・ダルシマー奏者の小松崎 健さんと、同じくギター奏者の星 直樹さんに共演して頂き、コンサートを企画しました。

もちろん両親やおばあちゃんにも招待状を送ってあり、おばあちゃんは行く気でいたようですが、体調が悪くなったので、諦めることにしたそうです。

そこで、今日のリハーサル場所を自宅にさせてもらい、おばあちゃんを招いて、ささやかながらホームコンサートをプレゼントしました。

おばあちゃんに演奏を聴いて貰うのは僕のやりたかったことなので、実現できて嬉しかった。おばあちゃんも、楽器について質問したり、曲の感想を言ったりと、楽しんでいました。健さん、星さん、ありがとうございました。

 

P1020822.jpg

 

その後、家族6人で近所のおいしい中華レストランに行き、好きなものをみんなでお腹いっぱい楽しみ、こっそり先にお会計を済ませておきました。親は随分びっくりしていましたが、いま出来ることはしておきたいので、孝行できて僕も満足です。

大人になると出来ることがたくさんありますが、親や親戚孝行もその
一つだなと感じました。

明日は、おばあちゃんに家系図を見せて貰い、もう亡くなったご先祖の話やおばあちゃんの生い立ちを聞いてきます。ICレコーダーに録音して、宝物にしよう。

おばあちゃんが、亡くなったおじいちゃんとの話をしてくれました。

商工会の仕事一筋で頑張っていたおじいちゃん。それを長年支えていたおばあちゃん。

おじいちゃんは、言ったそうです。「退職したら、日本一周旅行に連れていってやるから、それまでは我慢して支えてくれよ」。
おばあちゃんは、ただ「はい」と言って、その言葉の通り、退職まで二人で頑張ったそうです。

退職を迎えて年金も退職金も入り、旅行に行く準備は整ったのですが、おじいちゃんはすぐに病気を患ってしまいました。「俺はいいから、一人で行ってこい」との言葉に、おばあちゃんは、「病人を置いて、一人で楽しめるものですか」と言い、亡くなるまでそばで支え続けたのです。ついに旅の夢は実現することはありませんでした。

ますます、心に強く思いました。

やりたいことは、先延ばししない。
一番楽しめる時に、やりたいことをしよう、と。

若い頃はご馳走が食べたくてもお金がなくて食べられない。
でも、年を取るとお金があっても、若い頃ほど食べることを楽しめない。

若い頃は旅行がしたくてもお金も時間もないからできない。
でも、年を取るとお金や時間があっても、体力も好奇心も衰えて
若い頃ほど旅を楽しめない。

二者択一じゃ、ないんだ。
願えば、手に入れることはできるんだと、信じています。

 

<札幌 ケルト憧憬 ~ 北から生まれた調べ ~ >

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※先月のメルマガで、バスの時間に誤りがありました。
 バス真駒内駅前発時刻 17:30
  ↓
 正しくは、バス真駒内駅前発時刻 17:00です。
 バスの時間変更に伴い、開場時間を17:15に変更しました。
 お間違いのないよう、どうぞよろしくお願いします。 
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【日時】2010年10月2日(土)
    17:15開場 19:00開演 (上演時間約90分)

【内容】北海道に移り住み音楽を生み出し続けるハンマー・ダルシマー奏者小松崎健 と、北海道を離れて各地を旅して演奏活動をするケルトの笛奏者hatao。ケルトへ憧れ、学びながらも、日本人としての表現を模索してきた、札幌にゆかりのある2人が交差する、オリジナル曲が中心のコンサート。

ドリンク・ケーキの他、お食事のオーダーも出来ます。開場時間を早めにしましたので、お食事ご希望の方はお早目にどうぞ。

【共演】小松崎 健(ハンマー・ダルシマー)、星 直樹(ギター)

【場所】ブックスボックス香聡庵
 札幌市南区真駒内165-201
 電話)011-584-2767

【交通】地下鉄真駒内駅 → 中央バス「南92滝野線」→
 バス停「駒岡団地」下車徒歩3分
 バス真駒内駅前発時刻(本数少ないのでご注意)17:00、18:20
 ※帰りのバスはありません。
 車でご来場の方に便乗して頂くか、タクシーを乗り合わせて頂きます。真駒内駅までは1500円前後です。

【チャージ】2,000円 + 要ワンオーダー 
 席数限定につき、必ずご予約下さい。

【ご予約】011-584-2767 (香聡庵 志羅山)
 kasouan★mb.snowman.ne.jp 
 ※スパムメール対策のため、★を@に変えて送信下さい。

CoCo壱番屋イエロー・エンジェルとのご縁
2010年9月24日 10:21
万笛博覧会から、もう1週間経つなんて!

7日前の今頃、ボランティアの方々と会場の設営をしていたなんて、
ちょっと信じられません。

月曜日に地球管弦楽が終わったかと思うと、火曜日に姫路で講演、木曜日に福岡で教室とライブ、金曜日に名古屋で教室後に西宮でライブ、そして今からまた名古屋でコンサート...余韻を楽しむ間もなく、駆け回っています。

昨日、名古屋でCoCo壱番屋の運営するNPO法人イエロー・エンジェルの加藤さんにお会いしてきました。イエロー・エンジェルは、音楽の普及に貢献するための文化基金です。

春先に万笛博覧会への助成金申請をし、書類では数十万円を申請しました。おもに講師への謝礼に充てる予定でした。

面接の結果、支援を決定して下さったのですが、加藤さんは収支予測報告書をみて、「助成金は毎年出るわけではないし、最初から助成金をあてにしていては継続ができませんから、できるだけ自力で頑張って下さいね」と念を押しました。

当日まで動員人数はわかりませんから、リスクを回避するために事前に多くの協賛金を集めなさい、ということを意味しています。

例年なら僕が協賛候補の企業やお店に直接伺い、協力をお願いするのですが、自分の活動が余りに忙しく、これまでの協賛先に郵送でお願いすることで済ませてしまいました。結果は3社、数万円。

これを見て、加藤さんに手厳しい忠告を頂きました。

「協賛金と言っても、これでは話にならないですよ、はたお君に頼まれたら10万円でも20万円でも出すよ、と言われるくらいじゃないと。それに、社会的なムーブメントになるくらい、盛り上げていかないといけませんよ。」

一人で企画も営業もこなすのは無理だと言われました。その上演奏やレッスンもするなんて。

多くの人に支えられつつも、一人で引っ張ってきた万笛博覧会ですが、限界を意識しました。

僕は悔しさをこらえながら言いました。

「確かに僕の努力不足でした。それなのに助成金に頼ろうなどというのは甘えです。今からできるだけのことをしますので、力を出し切った上で万が一、大赤字で窮地に陥った時は相談します」

それかrも相変わらず多忙でしたが、例年の宣伝先などを頼り、できることをしました。正直、100%エネルギーを注げたかと言うと、それは難しかったのですが...。

チケットレスのシステムなので問い合わせもあまりなく、mixiで講師の紹介も載せましたが、反響が全くなく、手ごたえを感じられませんでした。なんとか注目を集めたい一心で焦っていました。

開催当日となりふたを開けてみると、講座は盛況、コンサートは満員、物販の売上も素晴らしく、初日のうちに初期コストをクリア、黒字ベースに転換しました。まだ収支報告が出来ていませんが、講師への謝礼も少ないなりにもちゃんとお支払いできる金額となりました。

ネット上で始まった万笛博覧会ですが、今や、ネットを越えた注目を集めているのではないかと認識を改めました。

昨日、加藤さんに報告に行きました。

「あの時、喝を入れて頂いたお陰で最後の踏ん張りが効きました。僕に足りないのはチームプレーだと自覚でき、ご指摘頂けて良かったです。これからは人に慕われるチームリーダ-を目指します。」

加藤さんは努力を認めて頂き、「今回の一件であなたの人柄がよく分かりましたから、2012年の開催の際には、必ず支援をします」と、本当にありがたい言葉を頂きました。

結果的に0円のお金も動かなかったのですが、宗次さん、加藤さんとの出会いがどれほどの学びをもたらしたか、測り知れません。

出会いに感謝しています。

寂しさという病
2010年9月 1日 05:01
昨日、たまたま立ち寄った書店で、僕と同い年のお坊さん、小池龍之介さんの「考えない練習」を立ち読み。

わずか一部分しか読んでいないけれど、現代人は誰もが寂しさという病を抱えており、寂しさを埋めるサービスが支持されているという一節に釘付け。

たとえば、携帯電話。いつも、すぐにでもつながっていられる安心感。そして、mixiに代表されるSNS。

もともとは面白くて役に立つ情報を発信するために生まれたブログだけど、普通の人はそう毎日、ネタが見つかるわけじゃない。そこで、自分の日常や気持ちを日記感覚で手軽に書けるmixiが普及した。

皆、自分を理解してほしい、認められたいと思っている。日記を書いては足跡をこまめにチェックして、コメントがあると喜び、何もコメントが付かないと社会から無視されたような気持ちになる。

自分の日記を読んでもらうには、他人の日記にコメントを残さなくてはいけないから、お義理で日記を読みに行って、本当には面白いと思わない記事にもせっせとコメントを残す。

SNSでは、そういう寂しさの心理が巧みに利用されているのだと喝破しています。

そのメカニズムを彼はこう説明しています。

「コメントがつかない不安」=苦痛が先に発生し、コメントがついた時にそれが癒されるので「快」と感じてしまう。しかしもともとがマイナスなので、それは本当の「快」ではないと。ジェットコースターに乗っている時、体は不安や恐怖を訴えている=苦痛なのに、それを楽しいと感じてしまうことと似ているのだそうだ。

それを「苦痛を快楽と勘違いさせるデータ変換のミスが起きている」と表現するのが面白い。さすがは僕と同世代。いかにも語り口が現代人である点に好感が持てる。

肥大した自我・自己愛を承認されたいという渇望。人一倍寂しがりな僕は、まさにこれだと指摘されているようです。

僕は、人の日記を読みに行ってコメントをしたり、それに返事をするのに日常が浸食されてきてしまったので、一切やめてしまいました。mixiには中毒性があります、怖いです。

人がどう思おうと我が道を行く、コメントがつこうがつかまいが、好きなことを習慣として書くと決めてからは、呪縛から解き放たれました。

それでも、自分の内面をさらけだして、誰かが共感してくれると嬉しいものです。やっぱり、寂しさを埋めようとしているのかもしれません。

反省。

弱さと不完全さ
2010年8月30日 00:15
子供の頃から、理不尽なことや「大人の事情」がキライだった。

高校は規則に厳しくて、「持ち物検査」や「服装検査」がしょっちゅう行われたけれど、僕はそれが成績とどう関係あるんだと先生に口答えしていた。真面目に学校に行って、良い成績を収めていたら、服装など関係ない、だいたい、「高校生らしい服装」なんて、誰が決めたんだろう?と食ってかかった。

そんな調子だから、興味のない野球やテレビの話で友達と会話を合わせたり、集団に溶け込むことが苦痛だった。

「反抗」は思春期だけかと思っていたら、大学に入ってアルバイトを初めても、社員さんの話は「酒、スポーツ、車、ギャンブル、女」と決まっていて、いちいち合わせようとする自分が情けなくなった。

今でも、そういう傾向は、ある。
一度言ってみたいけど、絶対喧嘩になるから言えないこと。

お坊さんが妻帯して酒を飲み、肉を食べることが何故許されているんだろう?

学校の先生は、素行が悪いからと生徒を叱るほど、ご立派なんだろうか?

キリスト式で結婚式を挙げますって言うけど、今までマタイとかルカとか、一度でも
読んだことあるのかな?

僕は真面目で杓子定規なんだろうな。

そんな僕の父は、自分たち子供の前で泣いたり、弱音を吐いたりしたのを見たことがなかった。だから、親とは、強くて、完璧で、頼りがいがあるのが当然だったんだろう。

この年になって、思う。

大人も、苦しみながら、迷い悩みながら、生きているのだと。
父は、会社や人間関係で辛いことがあっても、子供を支えに頑張ってたんだろう。

そう思うと、いちサラリーマンとして定年近くまで勤め上げた父は、
めちゃめちゃカッコ良い。僕には、父のようにはとてもなれそうにもない。

挫折や苦労を経験したからこそ、人が不完全で弱い生き物であることを知った。
世の中は理不尽なことだらけだけど、そんな人間が滑稽で、愛おしい。

今度、実家に帰って、父に会ったら、うんと優しくしてあげよう。

想いを持つこと、伝えること
2010年8月26日 00:23
石見銀山の話が続きます。

コンサートの後、改装した武家屋敷「阿倍家」で宴会が始まりました。登美さんのお嬢さん(僕と同い年)が、僕が初めて大森を訪ねた時のことを聞かせてくれました。

すっかり勘違いしていましたが、僕が最初に大森に行ったのは、97年ではなく、98年のことでした。その頃、髪を長髪にして後ろにくくり、ケーナを吹いていました。

「普通、自転車旅行っていうと楽しそうだと思うでしょう?でも、あの時のあなたは、全然楽しそうじゃなく、口数も少なくて、むしろ修行しているみたいだった。私と同い年で、こんな人いるんだなってびっくりした」

「鄙屋(茅葺の家)の藁を抜いて、孔を空けて笛にして、『ふるさと』を吹いていた」

僕はすっかり忘れていました。こんなことまで覚えて下さるなんて、よっぽどインパクトあったのでしょうね。それにしても、藁を抜いて笛にするなんて、今と全然変わっていないですね・・・。

宴会から辞去する際に、登美さんに申し出ました。

「自分のために、明朝、どこでも良いので掃除をさせて下さい。」

普通の人なら、「気を遣ってくれなくていいんですよ」と制止するところでしょう。登美さんは、 「そう?じゃあ、○○君、掃除道具の場所を教えてあげて」とさわやかに、 スタッフに言いました。つくづく、人の想いを汲む力が、すごい!

翌朝、早起きして、家の前の通りのゴミを拾おうとホウキとチリトリを持って出たら、 通りには落ち葉ひとつ落ちていません。だいぶ歩いたのに、何も拾えませんでした。 町民の意識の高さを知り、驚きました。結局、宿泊した古民家を掃除したのみでした。

掃除が終わり、登美さんと二人きりでお話しをさせて頂きました。

「昨日のコンサート、いかがでしたか?」

もちろん、普通の人なら、ここが良かった、あそこがまずかった、と感想を述べる所です。

登美さんは言いました。

「私は音楽のことは分からない。広島のおばあちゃんからあの茅葺の家の引き取った時、これでお金を儲けるなんて、少しも考えなかった。ただ、おば あちゃんの生きた想いを残そうと思った。家は何百年と生きる。私達はその中のすこしの時間、使わせて頂いているだけ。家が主役。だから、その家に人が集 い、楽しそうにしている姿や、家がその役割を果たしている姿を見ることができて、私は本当に良かったと思う」

実際はもっと長く、深い語り口だったのですが、一回一回のコンサートの善し悪しではなく、悠久の時間の中の一こまとして捉えているのです。考え方の深さ、大きさに感動しないわけにはいきませんでした。

その日の会社の朝礼で、ご挨拶を求められ、社員の皆さんに僕が語った言葉です。

僕は毎日、プロとして舞台に立って、お客様に音楽を届けています。 1回でたくさん稼ぐこともありますし、昨夜のようにお金の関係のないところで演奏することもあります。

お金の多少にかかわらず、音楽で最も充実や幸福を感じる時、それは自分の想いをお客様と共有できた時です。昨日は、確かにその実感がありました。

仕事をしていると、コストや効率性を考えないわけにはいきませんが、伝えたい想いが無くては、いくらお金が儲かろうと、むなしい限りです。

昨日、オフィスを見学させて頂いた時、全員が作業の手を停め、立ち上がり、挨拶をして下さいました。その姿には、僕は心から感動をしました。

皆さんのお仕事からは、お客様に伝えたい強い想いを感じています。そして、僕も皆さんのように、志を高く、想いを持ち続けようと、気持ちを新たにしました。

・・・

その人がどんなに偉くても、お金持ちでも、見るべきはその人の想いと行い。その点では、誰もが謙虚に、素直にならざるをえない。

お仕着せではないコンサートの楽しみ方
2010年8月25日 07:13
朝、他郷阿倍家スタッフの峰山さん、松場登美さん、ギターのえぐちさんとでコンサートについて打ち合わせ。

今回は、松場ご夫妻、町民の方や郡言堂のスタッフのみなさんに僕からお返しのつもりで、無料のコンサートをさせて頂くようお願いをしていたのです。残念ながら大吉さんは出張で不在でしたが。

お返し、という発想は、大学の時に習ったケーナの岸本太朗さんの言葉で、若い頃に誰かに恩を受けたら、何か贈り物をしてすぐにお礼をするのではなく、時間がかかっても学び、成長することが一番の報いだと教えられたことからです。

こちらには度々訪れているものの、きちんとしたコンサートは初めてなので、並々ならぬ意気込みがあります。

峰山さんの提案で、今日はざっくばらんな雰囲気で、暑いのでビールを飲みながら...ということになっていました。さて、どのタイミングでその時間を設けるのか?がポイントとなりました。

僕は会場がざわついて、談笑のBGMになってしまうのは望まないので、ドリンクを販売するのは開演前と終了後ではどうでしょう、と提案しました。せっかくの機会なので、演奏中はちゃんと聞いてほしいという、強い気持ちがありました。

僕の気迫に押され、それでいきましょうか・・・とまとまりつつあったのですが、みんな沈黙。本当にこれでいいのだろうか・・・?という空気が流れていました。

ずっと黙って聞いていた登美さんが口を開きました。

「私は音楽のことは分からないけれど、ここにはいろんな人が演奏にやってくる。幼稚園の子供たちが演奏することもあれば、有名な演奏者が来ることもあります。どれも、それぞれに素晴らしいと思っています。」

「人間国宝の大蔵 庄之助さんが演奏したときは、鄙屋(茅葺の家)で演奏したんだけど、鼓のよぉ~っという掛け声やポン!という音がコミカルだから、最初は子供たちがキャッキャと聞いていました。それを意に介さず演奏を続けるうち、大蔵さんの並々ならぬ緊張感に、子供たちはすぐに正座して、じっと聞いていました。主人などは、離れた場所で聞きたいと、一本離れた通りで聴いていて顔を出しませんでしたが、そのことはまったく気にしていない様子でした。」

「ジャズサックスの坂田明さんが来た時は、みんなバーベキューをして、わいわい聞きました。子供たちはステージの前で走り回っていましたが、まったく気にしません。後で、ざわついてすみません、と言うと、人の楽しみ方はそれぞれですから、と言いました。」

「演奏者の個性や作りたい場の雰囲気はそれぞれでしょうから、あまり決めごとを作らずに、演奏者が作りだして行けばよいのではないでしょうか。」

あ・・・と思いました。

僕は、楽しみ方、価値を押し付けようとしていたのか。
僕が伝えたい想いは大事だけれど、今回は町民の皆さんに楽しんで頂くことが最大の目的。
なのに、自分の想いを伝えることを目的と履き違えていた。

以前に万笛博覧会でも、僕が素晴らしいと思う音楽の価値をお客様や他の講師が気づいてくれなくて、がっかりしたことがあった。でも、感じ方や楽しみ方は人それぞれ。だから、万笛博覧会のように、色々な世界観を持った演奏者が一緒にイベントを作っていけるのだ。

結果、中休みを設けてそこでもドリンクを販売し、演奏中は販売しないことで決まったが、ご来場下さった50人ほどの町民の皆さんは、こちらが何も言わなくてもちゃんと聞いてくれて、こちらの話にうなずき、微笑み、音楽に手拍子をしてくれた。小さな子供達でさえ、おとなしく、ずっと聞いてくれて、終わってから親に頼まれてか、CDを買いに来てくれた。

お客様とちゃんと気持ちが伝わったと思ったし、感情のやりとりが成立した、良いコンサートになった。

お客様を信じて、お客様に任せて、自由に楽しんで頂ければ、いいのだ。
音楽とはおもてなし。気付きを頂きました。

人生の師に会いに島根県へ
2010年8月23日 22:09
18歳・大学一年生の8月でした。

北海道から出てきた僕は、本州の風土が知りたくて、大学の関東出身の友人と計画して、自転車で西日本を周遊しました。当初京都の日本海側~城崎、鳥取、島根、関門海峡をまわって山陽道から帰るはずでした。

1日の走行距離100㌔余、2週間を予定していましたが、僕の自転車は何度もパンクし、チェーンは切れ、足腰もガタガタ、日焼けで皮膚はヒリヒリ。想像以上に過酷な旅でした。

そこで、音を上げて島根県から南にショートカットすることを決意、大田市から南下しました。ところが、迎えるは中国山地。ほどなく、日暮れが近づき、石見銀山に投宿を決めました。

石見銀山には、こうならなくとも、どのみち寄りたかったのです。
北海道からの飛行機の中で読んだ「翼の王国」に、石見の五百羅漢寺の小さな石橋の写真が載っていて、ひび割れて苔むした様子に惚れ惚れしたからでした。

石見銀山のある大森についたのは夕暮れ。宿は無く、野宿を覚悟したとき、地元のおばさんが、泊めてくれそうな所を知っているよ、と教えてくださいました。

そこは、いかにも田舎にありそうな茅(かや)吹きの農家。持ち主はここには暮らしておらず、ご縁ありこの家を広島県から買って移築したのだそうです。
家人が暮らす母屋で食事を頂き茅葺きの家に戻ると、久しぶりに柔らかい布団で眠りました。まるで狐に化かされたような気持ちでした。

聞けば、ここの所有者は大森で商売を営む松場ご夫妻のもの。

大森でアパレルや雑貨メーカーを創業し年商数億円にまで成長したが、人口たった500人の山村を愛し、ここを離れずに文化を発信していました。

文化人、芸術家、政治家などが松場夫妻のまわりに集まり、理想郷の様相でした。

翌日、奥様の登美さんから、商売を始めるに至った経緯、暮らし方、ものの考え方などたくさんの話を伺いました。ものを知らない僕は、大きな影響を受けて帰りました。

ことこまかく書くことができませんが、森まゆみ著『起業は山間から』を読むと、松場登美さんの思想にふれることができます。
僕とのエピソードも ちょっとだけ紹介されており、読んだときは嬉しかったです。

茅葺きの家は、僕が創立した立命館大学の民族音楽サークル 出前ちんどんの合宿場として、僕が在学中より現在にいたるまで、毎年使わせて頂いています。

石見に行ったのはこれまで3回。松場さんは、ご縁という言葉をよく使い、大切にしていました。

人の縁、土地の縁。

僕が最近人生のテーマにしている、出会いと成長という発想は、間違いなく松場さんから影響を受けています。

今年は鳥取での仕事が入ったため、明日から休暇を取って大森に行く事になりました。松場さんに会うのは5年程振り。13年前の出会い、成長への恩返しとして、コンサートもします。 なんと、ギターのえぐちひろしさんも、偶然にいらっしゃることがわかり、ご一緒下さいます。 今なら、松場さんと話したいことが山とあるのです。

そして、いつかは、形は違えど、松場さんのようなことをしたいと思いはじめています...。

人に慕われることについて
2010年8月21日 20:53
昨日の話を続けます。

今日、展示会の演奏で、下は乳幼児~上は6歳の5人の子供達が、ステージ前で座って演奏を聴いて、飽きずに最後まで、盛んに拍手をしてくれまし た。演奏後はジャンケンをしたりして遊んで、最後にはエレベーターまで迎えに来て、見えなくなるまでバイバイ~!と手を振ってくれました。

僕は子供には対しては複雑な気持ちで、おっかない、でも面白そう、と思っていて、それが子供にも伝わるのかギクシャクしてしまうのが常ですが、最 近、ちょっとずつ子供に懐かれることが増えて嬉しいです。そうなると、無邪気でかわいいもんですね。子供に懐かれる大人って憧れるな。

人に慕われること。これが最近のテーマです。

万笛博覧会について、僕が一番反省していることは、チームを作らなかったことです。僕が発案し、講師やボランティアの皆さんの力を借りてここまで やっていますが、本来は僕と同じ熱意で仕事に取り組んでくれるメンバーで運営委員会を組織して仕事をしたかった。ついに組織することができませんでした。

春先に万笛博覧会の企画書を持って行った時、CoCo壱番屋の助成金担当の加藤さんに言われました。

「組織にナンバー2はいますか?え、一人でやっているのですか。それはすごいですね...」

加藤さんは続けました。

「でも、大きなことをしようとしたら、一人では無理です。あなたがリーダーになり、参謀がいて、実行部隊がいて、はじめて大きな事が出来るのです。一人がどれほど有能でも、できる仕事の大きさには限りがありますよ」。

実に的を射た指摘でした。

僕は、アメリカ人ミュージシャンをモデルに「独立した音楽家」を目指してきました。だから、セルフ・プロデュースや企画、営業、販売、事務、すべ て自分で発案し、こなしました。ビジネス・スキルも英語もパソコンも事務も、本から貪欲に学びました。それなりに自信があります。

でも、今、その限界を感じています。

僕は団体行動が苦手で、人の中にいるとむしょうに独りになりたくなる性格のため、音楽家こそ天職と思って、気ままに独立稼業を楽しんできました。

自分で何でもこなしてしまう人ほど、他人に手出しする隙を与えず、深いところで仕事相手との信頼関係が結べないものです。会社でいえばワンマン社長で、リーダーとして大成しません。

思い描いている事業を達成するには、独りでは無理です。これからは、チームで物事に当たれる人間に変わりたい。仲間、部下に慕われるリーダーに成長したいと思うのです。

結局は「人」なんだよなあ
2010年8月20日 00:51
昨日のお話しを続けます。

「アイリッシュ」のもの珍しさだけで来てくれるのは最初だけ、それよりも僕を見に来て下さるお客様を作っていこう、という話でした。

最近、何事も結局は「人」なんだよなあ、と思うことが多数あります。

芸事はその極みで、昔から「芸は人なり」とは、至言だと思っていました。お客様がコンサートに通うのは、音楽そのものよりも、その人の作りだす幸せな時間を買いたいからだと思っています。

極端な話、その「人」が好きであれば、演目がアイリッシュだろうと落語だろうと、演劇だろうと、お客様は構わないんじゃないか。逆に、「音楽は絶対アイリッシュじゃなきゃだめ」、というお客様は、一方で、アイリッシュであれば誰でも良いということにつながりかねない気がしています。

どんなに演奏が上手でも、人としての魅力がなければお客様は二度と来てくれません。一生懸命磨いた技術や知識も、人の力の前には無力です。だから、技術どうこうよりも、人として大きく深く、魅力的に成長したいと僕はいつも思っています。それが人の前で演奏をすることの本質だと思います。

同程度の失敗をしでかしても笑って許される人と、怒られる人がいます。その人がいるだけで場がまとまり雰囲気が良くなる人と、場が殺伐とする人がいます。本人にはどうしようもない、生まれ持ったものでしょう。その違いを越えるのは並大抵ではありません。

僕は、演奏家としては昔から研究者肌で、器用で、サービス精神旺盛でしたが、「華」がないことを自覚していました。その点、葉加瀬太郎さんはすごかった。彼が気ままにセッションに参加しただけで、皆が彼の方を向き、輪が一つになり、皆が葉加瀬さんの子分のようになってしまったのだから。天性のカリスマだと思った。

演奏家として大成するには自分の壁を破らなければ。でも、ただの演奏家でもただの音楽教師でもなく、僕には僕の活かし方、道があるように、思うのです。


京都で諭される
2010年8月 9日 02:52
一昨日、お金を無くしてしまいました。

演奏の仕事が終わり、家に帰って財布を開けてみると、あるはずの1万円札が無くなっているのです。落としたわけでも、使ったわけでもないし、一体なぜ...と必死に探しました。よくよく考えてみると、共演者に出演料を支払った際に、ちゃんと確認せずに、1万円を多くお渡ししていたようなのです。そうとしか思えませんでした。そこで、共演者にも確認をとったところ、お札の折り目や、財布の現金の計算から、どうやらそうらしい、と言って頂き、解決しましたが、お互いに後味が良くない出来事でした。

今日は、個人レッスンのご予約を間違えてしまって、お二人を同じ時間に予約を入れてしまっていることに、開講の30分前に気が付き、真っ青になりました。あってはならない事態で、片方の生徒さんに平身低頭お詫びして、時間を少しずらして頂きました。今日は珍しく空き時間があったのでおさめることが出来ましたが、普段でしたらお帰り頂いているところで、大変落ち込みました。

以上のようなことは、滅多に起きることではないのでご安心を頂きたいのですが、大反省の意味をこめて、ここで正直に告白しておこうとおきます。レッスンの時間確認は、一層気をつけてまいります。

生徒さんに電話をかけていた時、後ろが気になって振り返ると、お寺の掲示板にこんな書道が、

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全く、仰る通りでした。どうして、こんなズバっと適切な言葉が頂けるのだろう。謙虚、感謝を忘れず、仕事の基本に立ち返りなさいという警告と受け止め、心を引き締めました。


初心を忘れず
2010年7月30日 18:22
広島県に来ています。

昨日は福山、今日は尾道。
これから、福山の友人でマンドリン奏者の前田さんがセッティングして
下さったライブ&セッション会です。

福山、良いところでした。旅行記は後日、書きます。

先日の日記に書いた言葉が、自分の中ですごくひっかかっていて、
昨日ずっとそのことを考えていました。
誰かに指摘されたわけではないのですが・・・。

同世代で、生気がない人のことを言った下りですが、
彼は彼なりに家族のために働くのが生きがいなのかもしれないし、
それを僕がどうこう言うのは余計なことでした。

最近、追われるように仕事をしているので、感覚が麻痺して
いたようです。

自分が間違った方向に進んだときに、最初に気づくべきは自分。
おごっていたのではないかと、深く反省しました。

謙虚さ、やさしさ、感謝の心を忘れずに、今日も舞台に立ちます。

応援してくださる皆さん、本当にありがとう!初心を忘れず

日本人の知らない日本語
2010年7月23日 01:50
さっき、ライブから帰ってきたら読売テレビで、話題の本『日本人の知らない日本語』の
ドラマを放映していました。

本とは設定が違うものの、個性的な外国人を通じて日本語を再発見するという面白さはそのままで、普段テレビを見続けられない僕でも珍しく最後まで見てしまいました。

http://www.ytv.co.jp/nihongo/index.html

今回は「バイト語」がテーマだったのですが、以前、アメリカ人の友人と、日本のバイト語を英語に翻訳したらどうなるのか、という話題で盛り上がったので、ここでも試してみます。

日; いらっしゃいませこんにちは~
英: Hellothankyouforcoming ~
評: あまり違和感なし。どうやら英語から来た表現らしいです。
正: 「いらっしゃいませ。」

日; こちらアイスコーヒーになります。
英: This will be an ice coffee.
評: 何がアイスコーヒーに変化するのでしょうか?
正: 「こちらアイスコーヒーでございます。」

日; ガムシロップの方はいかがでしょうか。
英: Would you like gum syrup rather than?
評: ガムシロップと何を比べているのか、不明瞭です。
正: 「ガムシロップはいかがでしょうか。」

日; ご注文は以上でよろしかったでしょうか?
英: Were you okay with your order?
評: 時制が間違っていると思うけど、どんな違和感があるのか、僕にはわかりません。
正: ご注文は以上でございますか?

日; 1000円からお預かりします。
英: I will keep ??? from 1000 yen. 
評: 店員が1000円から何かを預かる形になります。しかも、目的語がありません。
   そして、預かった以上は1000円のまま返さなくてはいけないことになります。
正: 1000円頂戴します。

でも、間違っていると分かっていても、店長が使っているなどで立場上、
言わざるを得ない(?)アルバイトの気持ちもわかります。が、僕は使いません(笑)
僕は、空気が読めない人ということになっちゃいますね。

それから、断る時はスッキリ断って欲しいのに、あいまいにされて困ることもあります。先日、道後温泉で割引券を出し忘れて、後から「割引にして頂くことはできますか?」と訊くと、「すみません、それは難しいです」と答えられました。僕は、「難しい」=「不可能ではないので、無理を言えば可能かもしれない」と受け取ってしまうのですが、おかしいでしょうか。

そんな僕にも、最近迷っていることがあります。

・社名や店名に「さん」や「様」

 これは、絶対におかしいと思うのです。が、なんとなく呼び捨てにしていて失礼な気がしてしまいます。僕は、「貴店」「御社」のようにわざと回避しています。

・「詳細が分かり次第、ご連絡させて頂きます」
 
 一般的に良く使われていますが、「ご連絡」は尊敬語なので、自分に使うのは変? 「ご連絡下さい」はOKでしょうか。

 また、「~させて頂きます」は相手の許可を得て何かをするという意味なので、
 こちらの判断で勝手にすることに使うのは変?
 ⇒僕は 「詳細が分かり次第、連絡致します」 としています。

・同じく、「先日は、素敵な方をご紹介頂きまして」などとよくやってしまいますが、
 同じく「ご紹介下さいまして」が正しいようです。

・「~下さいませ」
 は最近良く使いますが、男性も使っても良いのでしょうか。


・「撮影はご遠慮下さい」
 僕は絶対に使いません!遠慮って、自分から気を遣ってするものですから、誰かに「ご遠慮下さい」と言うのは「遠慮くらいわきまえてくれよ」というニュアンスになりとても失礼に感じます。「撮影は禁止されております」「撮影はできません」でしょうか。

 文法上の正しさにこだわるあまりに、曖昧さを避けて、言い切り表現を多用すると、文章が硬くなり、きつく感じられる場合もありましょう。

そういう自分も、最近のメールを読み返してみたら、尊敬語と謙譲語がめちゃくちゃ。日本語が難しいことは、教本を書いたときに嫌というくらい思い知りました。まったく、勉強が足りません......。


そこで、以下のサイトを見つけました。日本語教師からどんどん質問が寄せられる日本語教師のサイトです。

http://nhg.pro.tok2.com/index.html

よく、「日本人が読めない漢字」とか「日本語雑学」といった本があり、クイズ番組で出題されますが、マグロの数え方とか「石榴石」とかが読めなくても全然恥ずかしくないので、その代わり、まともな日本語の文法を出題して欲しいと思っています。

プレッシャーに勝て
2010年7月19日 19:04
今年に入って、大型のコンサートや、講座の機会・規模が増え、すべてをなるべくお断りせずに受けてきたら、気がつけば、スケジュールがえらいことになってしまった。毎月、当然のごとく日本を駆け回っている。

以前日記に書いたけれど、僕は自分のキャパシティを知るためにも、今の段階でできることを極限までやって、初めて次の段階に進めると思っている。今は、まだ選んでいる場合ではないと思っているのだ。

コンサートでは、お客様に足を運んでいただき、共演者に出演料を支払い、黒字を出さなくてはならない。講座では、多くの受講生を集めて、なるべく退会が出ないように、長く安定して続けていかなくてはならない。つまりは、より多くのお客様に満足して頂く必要がある。コンサートは、それができなければ次から声がかからないし、講座は、一定人数を切ると自動的に終了してしまう。

僕の中では仕事の成否は集客だけではないけれど、社会一般では、これしか尺度がないから、期待に応えなくてはならない。

毎回、綱渡りをしているような、ハードル飛び競争をしているような、すごいプレッシャーを感じるし、しかも、収入が増えるとともに、クリアすべき基準が年々高まっている。きっと僕と同年代のサラリーマンも、そろそろ部下を持つようになり、同じようなプレッシャーを感じながら仕事をしているのだろうか?それが、昇進というものなのだ、きっと。

音楽家を含めフリーランスは、自分の立場を自分で決めなくてはいけない。自分への扱いに不満であれば、声に出して、行動を起こして、自分が納得する環境を作っていかねば、いつまでも現状のままである。

納得する立場を作るには、当然、代償を支払うことになる。それが、期待に応えることであり、プレッシャーを克服することなのだ。

仕事の成功には、テクニックの習熟とか経験を積むことはもちろん、人格の成長が必要だと思う。今は一つ一つの課題が大きくても、クリアしていくうちに、それが当たり前だと感じる時がやがては来るはずだ。

自分は人格的にまだまだ未熟だと感じている。やはり、仕事は自分を磨く大切な手段なのだ。

出会いのかたち
2010年7月17日 19:48
梅雨があけました。明日から四国ツアー、今治、松山に行きます。愛媛県は初めて。道後温泉って、どんなところなのでしょう。観光も楽しみです。

東京で去年レッスンをさせて頂いた生徒さんから、お礼状が届きました。手書きの笛の絵まで書いてあり、想いが良く伝わり、とてもうれしかったです。ファンレター、お礼状ほど、「やっていて良かったなあ」としみじみ思えるものはありません。

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生徒さんから、次々とお中元を頂きました。そういう習慣がなかったもので、思わぬプレゼントにびっくりです。写真は、播州から通って下さっている生徒さんより、そうめん「揖保の糸」。早速、美味しく頂いています。ありがとうございました!

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先日、友達についての日記を書きましたが、特に音楽仲間の方に、「仕事仲間」という言葉がドライに聞こえてしまって、寂しい想いをさせてしまったようです。言葉には、受け取り方が色々あることも忘れて、いつも自分の言葉で書いてしまいます...ごめんなさい。

僕にとっては、仕事(音楽)は単に「お金を稼ぐ手段」を越えて、自分らしく生きる方法であり、学びの手段であり、人と出会い、切磋琢磨する場であり、自分そのものだと言えます。

仕事をとても大切に思っています。ですから、仕事仲間という言葉には、同志という意味が大きいです。ですが、友達というとどうかな...。という気持ちがあったため、そのように書きました。いつも仕事仲間には素の自分で接したいと思っていますし、素直な心を通わせたいと思っていますので、すこしでも伝われば嬉しいです。

今、教室の理念について考えていて、何故自分はレッスンをしているのか...という問いに色々な角度から答えてみています。「仕事」であるほかに、驚くほど色々な意義をレッスンに感じていることが改めて分かりました。

中に、「素晴らしい人と出会うため」というのがあります。ライブでも、教室でも、何かを買って頂く場合でも、それは人と人の出会いの形の一つです。ステージと客席の間であれ、教室の中であれ、どんな形で出会っても、人と人は反応し合い、化学反応を起こします。

特に、レッスンでは定期的に顔を合わせるので、それだけ関係が深まります。そこに意義を感じているのだと気付きました。

人間って、色々な人がいて、色々なことを感じて、考えて、行動しているんだなあとつくづく想うこの頃。人づきあいや人間社会は、まことに深い、興味がつきないことです。

人間関係や友達のこと
2010年7月10日 18:49
先日、アメリカ人の友人と話していたのですが、彼は音楽関係以外で友達と呼べる人がいないのだそうです。明るくフレンドリーな人なので、意外な発言でした。確かに、他の外国人と一緒にいるところが想像できません。

正直に言うと僕もそうで、音楽以外のつきあいは、広くて浅いです。

音楽仲間は、友達ではなく仕事仲間といった感じなので、音楽以外の用件で会うことなどありません。そのくらい割り切った方が、お互い長く良い関係を保つためにはいいのだとも思います。

昔の自分の写真を見ていると、ずいぶん付き合う人が変わりました。
昔は今ほどプロ意識も高くなく趣味半分だったので、音楽仲間とパーティをしたり遊ぶことも良くありました。良くお酒も飲んでいました。

自分が変わったこともあり、そういう友達とは疎遠になってしまいましたが、代わりに世代・性別を越えて、適度な距離を保って付きあえる関係が増えました。いつも連絡を取り合うわけでもないので友達と言うには微妙ですが、大人の友達づきあいってこんな感じなのかもしれません。

生徒さんとは、毎月顔を合わせることもあって、色々なお話ができますし、地方の生徒さんを訪ねに行けるのは、教室をしている醍醐味だと思います。

人づきあいの難しい所は、知り合ったばかりの頃に盛り上がったとしても、そのテンションを維持するための努力を要することです。過去に仲が良くても、1年も連絡を取り合わなければ昔のように・・・とはいきません。たまにメールをしたり年賀状を送ればまだ良いのでしょうが、それだけの関係を維持する必要性に疑問を感じますし、すべての人に同じように接することは不可能です。

自分の場合は、ちょっと寂しいけれど、縁があれば・・・というか、その時のお互いの感情や好奇心に任せています。相手を必要としているから近づくのだし、そうでなくなったら離れるのは自然なことなのでしょうね。つくづく、人間関係は生ものだと思います。

時々、いつも一緒にいる2人組の女の子を見ますが、ああいう関係はうらやましいなと思う一方で、僕は今の人間関係に満足しているし、過度にプライベートを知りすぎた友達を本当には求めていなんだろうなと思います。

あなたは、どんな友達づきあいをしていますか?

そして振り出しに戻る
2010年7月 6日 23:08
人は、変わることができるのでしょうか。

持って生まれた本質的な欠陥を克服し、2度と同じことで失敗をしないようになれるのでしょうか?僕には確信が持てません。

人生において困難な問題を引き起こした時、それは過去にも起きたことだと聞きます。 過去に克服できなかったことや、成長できなかったことが、形を変えて表れるのだそうです。

僕の作品「そして振り出しに戻る」は、そんな体験をモチーフにした曲です。

先日の音や金時で、心に響く曲に出会いました。


アストラ・ピアソラの「忘却」です。

成長が出来ないのなら、失敗から学ぶことができないのなら、生きている意味が見出せません。この答えを学ぶことが、僕にとっての大切なテーマです。

使命
2010年6月28日 22:04
僕のパーソナル・パンフレットが完成しました!
デザイナーにお願いして、両面フルカラー、上質紙A4三つ折りで作って頂きました。

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売り込みや広告ではなく、僕の経歴をはじめ、活動内容や使命をお伝えできる良質なパンフレットになりました。

最近、新しく知り合う方が加速度的に増えるとともに、どうやったら出来るだけ多くの方に、僕のことをより短時間に、深く知って頂けるだろうと考えに考えて作りました。これをお渡しすることで、まるで長い知り合いのように感じて頂き、密なコミュニケーションを取ることができると考えています。

もちろん、定期的にblogを読んで下さる皆さんには、blogで僕のことをちゃんとお伝えしているつもりですが、こrを受け取った人が、そんな風に僕を身近に思って下さると良いですね。

特に使命の部分は、限られたスペースでどう伝えたらよいか試行錯誤しました。

最近読んだ、非常に素晴らしい本です。



どう素晴らしいか細かく説明することができませんが、読むと、人生へ真剣に取り組めるようになるはずです。僕はこの著者に会ってみたいと思います。

この中で、「自分の人生の役割を見つける」というのがあります。僕はここ数年をかけてじっくり考え、「自分やその音楽と出会った方が、よりよく生きる手助けをすること」だと見出しました。その手ごたえを感じながら仕事が出来、深い充実感を味わっています。

役割を果たすことが成功と考えますが、自分にとっての成功の定義とは何か。

5年前26歳の時、音楽で生活することを目指してキャリアをスタートしました。

ここ当分は働きづめで、6府県で開講している定期レッスンはもちろんのこと、これから秋にかけては大型の公演も各地で控えています。

今になり、日本で一生、音楽をして生活が出来ることは確信ができました。もっともっと頑張って、公演の規模が大きくなり、生徒さんも増え、CDや本の売り上げも伸びてゆく・・・そんな未来が想像できます。貯金残高が1、2ケタ増え、大きな家に暮らせるかもしれません。でも、そう思ったとたん、その方向を人生の目的にはしない、と悟りました。

悔いなく生きたい。自分にしかできない経験を積み、人として成長し、世の中の役に立ちたい、と考えています。究極的には、社会をよくするために人づくり、教育をしたい──切り口はいろいろでしょうが、音楽もその手段と考えています。

自分にしかできないことって何だろう。

好評頂いているレッスンは、カリキュラムやメソードが体系的にまとまり、「教える技術」を教えるレベルまで落とし込んできました。将来的に先生を育てることに成功すれば、僕がレッスンしなくとも僕と同じクオリティでレッスンができるようになれるかもしれません。いや、より多くの人の役に立つには、そう僕一人では物理的に不可能なので、そうあるべきだと考えています。

レッスンは学んだことのアウトプットですから、やはり良質のレッスンを提供するためにも、僕自身がもっと成長しなくてはいけません。インプットを増やすには、演奏、練習、そして素敵な人、物事、場所と出会うこと。成長しなくては、生徒さんやお客様に迷惑をかけてしまうとまで考えています。

そこで、外国で学ぶ、活動するという選択肢が見えてきました。伸びるうちに、安定した環境から離れて、自分を試してみたい。ソロCDを完成させたら、来年はアメリカで活動をしてみたいと思っています。慢心からではなく、冷静に現状を見ているつもりです。、

悔いなく生きる!これが今日の大切な言葉です。

おしゃれを楽しむ
2010年6月23日 23:42
台湾で買った靴が、ぼろぼろになってしまった。もともと布製だったこともあり、雨水が浸みてしまうので、梅雨では履けないなと思っていたのだ。靴って、一般的にどのくらいの頻度で買い替えるものなのだろう。僕は走ったり、野山を歩いたりするのですぐ痛んでしまう。

ABCマートや福岡の天神で靴屋を見たけれど、気に入ったデザインが見つからない。どうして紳士ものの靴はこうもデザインが単調なんだろう。こういうときばかりは女性がうらやましい。そんな折り心斎橋を歩いていたら、リーガルの店を発見。リーガルと言えば、父親が通勤に履いていた高級な紳士靴のイメージだったけど、覗いてみたらお洒落なカジュアル靴もあった。

買うつもりもなく入ってみて、素敵な靴を見つけた。スニーカーなんだけど、革靴なんです。しかも可愛いデザイン。靴紐は、僕が持っていたオレンジをかけてみた。

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店員さんに、手入れの仕方を聞く。気に入るかどうかよりも値段を最優先していた20代。これからは、気に入った良いものを、長く使うことにしよう。

もうひとつは、髪型。最近、レッスンに美容師さんが通うようになり、お互いの取り決めで、毎月、レッスンをする代わりに、髪を切ってもらう約束をした。美容院に行く時間もなく、お店を選ぶこともできないので、こういうご縁は積極的に活用。美容師さんも、鋏やエプロンなど持ってきて、プロの腕前を披露してくれる。来月は、カラーにも挑戦。僕のビジュアル面のプロデュースをお願いした。

毎日、出掛ける直前まで仕事をしていて目がまわるほどの忙しさだけど、時間をつくって、身だしなみから自己プロデュースをしていきたいと思っています。

阿蘇 こぼれ話 (1)
2010年6月22日 07:53
久住でお世話になっていたお家は、畜産農家。隣の宮崎県で発生した口蹄疫は、人ごとではありません。ここでは30頭の牛を飼っていますが、もし感染してしまったら...と心配していらっしゃいました。

道の駅などでも、入り口に消毒用のマットが設置してあったり、車道にタイヤを消毒するための検問があったり。また、牛を避難させたために閉鎖になった農場もありました。

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養護学校で演奏した時のことです。

聴いてくれた児童の中に、言葉でのコミュニケーションが上手にできないのですが、キーボード(楽器)が大好きな男の子がいました。大柄の子で、「森のくまさん」が十八番なのだそうです。初めてのキーボードでも、演奏しながら色々な機能を試し、すぐに全部理解してしまうのだとか。

コンサートでキーボードを使っていたので、彼を刺激しないかと心配だったのですが、コンサートの間、じっと聴いていてひと安心。しかも、アンコールは「森のくまさん」を演奏。ところがコンサートが終わって、「(演奏者に)何か聞きたいことがある人~?」と聞くや、飛び出し、キーボードに一直線。噂の「森のくまさん」を弾き始めました。僕たちもすぐ参加し(キーはなぜかAでした)、お客さんも大爆笑で終わることができました。

後から聞いたのですが、彼は複数の音を処理できず、合奏ができないのだそうです。ところが、僕のほうを意識しながら、上手に合奏ができたと。彼の新たな才能が芽生えたのかもしれないと聞きました。音楽の力を感じた出来ごとでした。

僕の音楽や僕との出会いを通じて、誰かがプラスのエネルギーを受け取って、何かが変わるきっかけになれれば、僕が生きている意味があるのだと感じます。精進します!

超やる気 / Super motivated
2010年6月 9日 00:37
レッスンにコンサートにリハーサルにレコーディング・・・毎日、目が回りそうなくらいですが、英語の勉強をなんとか続けています。ラジオ番組を予約録音してくれる機械「ラジオサーバー」のおかげで、取りためた番組をMP3プレーヤーに転送して、ジムでのトレーニング中や通勤の間に繰り返し聞いています。

6年くらい前に就職面接に有利だと思って受験したTOEICスコアは680点(TOEICは日本人が開発した英語テストだって、今知りました)、そこそこ自信を持っていたのですが、知らない単語やボキャブラリーが余りに多く、「無知の知」を痛感しています。

僕の英語は、旅行や友人との会話はそこそこ問題ないレベル、字幕なしの映画は3割くらい理解でき、英字新聞はかなり困難なレベルです。ネイティブ並に英語や使えるようになるには、相当の壁があるなと感じています。自分の英語力にはいつも不足を感じているので、いつまでもこのレベルにとどまっていることには正直うんざりしています。この機会に、なるべく次のステップへ進みたい。

ブログの読者やmixi仲間のうち、1割程度の人は僕と同程度には英語が使える人がいるように思いますが、ネイティブ並というとかなり貴重になってきます。もし、その人が僕と同じように中学校から勉強をスタートしたのだったら、どのようにしてそこまでなったのか、教えてほしい。やっぱり、日々の努力・・・なのかなと思っています。

英語勉強中の人、情報交換しましょう!

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My life is always hectic because of lots of lessons, concerts, rehearsals, recordings...I am almost feeling dizzy every day, but still keep studying English.Thanks to the "Radio Server"  a useful electric device which records radio programs automatically, I transfer recorded programs into my MP3 player, and listen to them again and again while I am in a training gym or in a train.

Being 680 points score holder of the famous English skill qualification TOEIC ( I didn't know this is invented by Japanese,and only famous in Japan) ,I used to be a bit confident of my English skill, but now I am always learning lots of new words and vocabularies in my daily study, and this makes me realize how ignorant I am.

My English is just okay in traveling abroad and  speaking with English speaking friends.I can understand 30% of what they speak in movies without subtitles,but hard to read English newspapers.It seems it's too long way to be as good as native speakers.I am always feel lacking in my English  skill and fed up with this,I will make best progress in this opportunity.

It looks like about 10% of my blog readers and mixi friends are good at English as I am, but if it comes to the native speakers' level, I can hardly find anybody, If she/he has started learning English in same age as I did in junior high school, I want her/him to tell me how she/he could be such good.The secret might be daily efforts, after all.

If you are also learning language, let's be a friend and exchange information about learning languages.

作曲について
2010年5月10日 22:41
最近、かつてないスピードで曲が生まれている。ソロCDを意識しているためでもあるけれど、創作の波が来ているのかも。

僕の曲の作り方は、何かをしている時にふと湧いてきたメロディや鼻歌を、忘れないうちにキーボードで弾いたり紙に書き留めたりすることから始まる。寝る前や、お風呂に入っていたり自転車を漕いでいたりする時が多い。または、楽器の練習中に思いがけず生まれることもある。

急いで作品に仕上げず、断片のまま寝かせておく。こねくりまわして、ひねりだしたメロディは、結局使いものにならない。 音楽理論をちょっとでもかじっていると、メロディの膨らませ方にはたくさんの
パターンがあって、どんな方向にも行ってしまう可能性がある。そうなると、 もうどれがいいのか選べなくなってしまう。やはり、直感で自分が聴きたい音楽を作るというのが一番いい。

パソコンの楽譜ソフトには、「曲の断片」がたくさん眠っている。
それを、時々フルートで吹いたり、ピアノで弾いたりしながら、何か続きが思い浮かんだら付け足していく。思い浮かばなかったら、無理に仕上げることはせずに、また寝かせておく。

よく、大自然や何かの出来事に刺激されて作曲しました・・・という話があるけれど、僕の場合、その大自然(山や川や滝)の中に自分がいるときに浮 かぶことは、ない。ただその景色に浸っていたり、楽しんでいるだけだから。でも、そのあと、日常に戻った時に何か浮かんでくる。メロディが「降ってくる」 「湧いてくる」っていう感覚はある。自分でも不思議だけど。

僕の場合は具体的な景色や出来事に関係することはほとんどない。だから、出来上がったメロディに名前をつけるのは苦手で、最初は日付けしか書いていない。共演者に楽譜を渡す時に、名前をひねりだしてつけることになる。

人によっては、イメージが先行して曲が後にくることもあると思う。「草原の風」とか「決意」とか、そういうキーワードありきで作ることだ。そういう作曲も、楽しいかも。

出来たメロディは、コンサートに出さずに音楽仲間に聴いてもらう。すると、「あの曲と似ている」という話も出てくることもある。

知らず知らずのうちにとこかで聴いた曲を自分のものと思いこんで書いていた、というのは怖い。何かのCDで印象に残る曲は、せいぜい2、3曲だろ う。それ以外は、印象には残らないけど記憶の片隅にしまわれている。そういう曲が出てくる可能性は、あると思う。もしそうなら、一度その部分を削除して、 また寝かせておく。

バッハが現在につながる機能和声を作りだして数百年、西洋音楽の形式では、かなりのメロディのパターンが出尽くしたのではないか。すべてを把握することはできないけれど。もちろん、似たようなメロディでも、編曲やリズム、歌詞や表現方法を変えれば違った印象の曲にはなる。

逆に、メロディが違っていても伝えたいこと、やりたいことが一緒なら、違う曲である必要が無いようにも思う。二番煎じの似たようなことをするなら、やらないほうがましなのかもしれない。

ともかく新たに曲を生み出す以上は、新しさやオリジナリティが無いと、作る意味がない。誰が作っても、誰が弾いても同じになるような曲なら、やらないほうがいいのだ。

「新しさ」というのは難しくて、奇抜で難解なものは、人の心には届かない。人の心に届く「親しみやすさ」とは、つまり「どこかで聴いた感じ」だ。このバランスは、意外と難しい。

久石譲さんの映画やCMの作品は演奏も簡単で一見、誰でも作れそうな優しさがあるけれど、すごくキャッチーで、かつ彼独特のものだ。

あと作曲で良いな、すごいなと思うのは、尺八のジョン・海山・ネプチューンさん、プログレバンドのアストゥーリアス、同じくFrairck(フレ アーク)、ピアソラ、一噌幸弘さん。いずれも、質が高度で、オリジナリティが確立されている。一噌さんなど、19世紀の稀代のヴァイオリン奏者パガニーニを彷彿とさせる。自分にしか弾けない非常に高度な曲を作って、かつ人を楽しませるのだから。

僕の共演者や音楽仲間では、シタールの田中峰彦さん、胡弓の 木場大輔君、アコーディオンの都丸智春君が素晴らしい。

ところで、先日、上海万博のテーマ曲が岡本真夜さんの曲と似ている、盗作ではないかと疑惑が持ち上がったが、具体的な検証番組などあまりなかった。中国側の圧力でないのなら、岡本さん側が騒ぎを大きくしたくなかったのだろう。

you tubeで探してみたら、余りに似すぎていてびっくりした。


「間違って」「偶然」というレベルでなく、明らかに盗作だと僕も思う。


この件についての泉谷しげるさんのコメントが面白い。「8小節ならよい」「岡本さんの曲をベースにしたと言えば許される」という程度で済むのかなあ。

僕は、「受け入れやすい」「かつhataoっぽい」という曲を作りたい。作曲がどんどん楽しくなってきた。

刺激的な毒物
2010年4月28日 08:45
レッスンの間隔が30分ほど空いたので、ふらっと近所のコンビニに行った。特に何か欲しかったわけでもなく、雑誌コーナーで、何の役にも立たなそうな雑誌を立ち読み。疲れていたのかなあ。

世の中には、雑誌に限らず、テレビでもインターネットでも何の役にも立たなければ、むしろ人心をおとしめるような物が溢れかえっている。ゴシップ、ギャンブル、ドラッグや酒にタバコ、犯罪ネタ、ポルノ、下品な漫画...それなのに、商業的に成立しているということは、そういうものを楽しみ、お金をかけている人が、少なからずいるということだ。少なからずとは控えめの表現だけど、実はみんな本当は大好きなんじゃないだろうか。

良いと誰もが思うこと、例えばスポーツや勉強や投資や節約や早起きは気が進まないのに、単なる時間とお金の無駄には、喜んで自らはまってしまう。特に疲れている時、毒物が欲しくなる。それは本当の問題から関心をそむけ、ひと時の娯楽を与えてくれるもの。でも、毒は毒。摂取した後で、本当に疲れ果ててしまう。


殆どの人は、役に立つことをたくさんして、時々毒物を摂取するのだろう。機械じゃあるまいし、毒がなければ、楽しく生きていけない。本当は毒ではなくて必要なものなのかも。
人間は、合理的なだけではない生き物だ。だから、面白い。

楊雪元さんのラジオ
2010年4月22日 08:41
万笛博覧会にも出演頂いている、京都在住の中国笛奏者の楊雪元さんが2007年に出演した30分のNHKラジオ番組を、インターネットで試聴できます。

http://www.nhk.or.jp/fukushi/shikaku/sound-meta/070211.asx

盲目であることを心配した父が笛を買い与えてくれたエピソード、先進国日本に憧れて単身来日し、生活のために指圧や針を修得したエピソード(もちろん日本語も!)、京都芸大に入学の際、中国笛専攻がないので声楽を始めたエピソードなど、楽しい語り口で、時には熱く、本当に人を引き込むのが上手な方だなと感心しました。

もちろん、色々な笛の実演紹介もあり。

まさに情熱によって不可能を可能にしてしまうパワフルな楊さん。盲目のハンディがありながらもどんどん成長して夢を実現してしまう姿に、ちっぽけな悩みで挫けそうになる僕は何度も励まされました。

ぜひ、聴いてみてくださいね

ラジオサーバー
2010年4月14日 23:32
ここ半年くらい欲しいな~と思っていた「ラジオサーバー」を買いました!

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オリンパスから出ている、AM/FMラジオをMP3形式で予約録音してくれるもので、20件まで番組登録ができます。

これまでラジオの語学講座を続けようにも、放送時間にラジオの前にいることが出来ず、タイマー録音してもMDの管理に不便を感じていましたが、この機械を使うと、自動的に本体にたまっていく番組をi podなどのMP3プレーヤーに移して持ち運んだり、パソコンにフォルダごとに保存することもできます。

とりあえず、遠山顕さんの(この方、僕が中学生のころから講師です!)「英会話」と、杉田敏さんの「実践ビジネス英語」、「まいにち中国語」を予約録音してみました。

これで、続けられるでしょうか?もっともっと語学の達人になれるように、頑張ります!

松下幸之助:欲望について
2010年3月31日 23:06
現パナソニックの創業者である、松下幸之助さんの『哲学』を読んでいます。ポケットサイズの文庫本ながら分厚く、読みごたえがある本です。本書は、松下さんが人生をかけて思索した、人間や社会についての短文を集めたもので、経営とは直接関係がありませんが、松下さんの人生の集大成とも言える教えにふれることができます。京セラの稲盛さんにしてもホンダの本田さんにしても、ココイチの宗次さんにしても、創業者、偉大な経営者というのは、深いです。

今日、感銘を受けたのは「欲望」について。以下、要約です。

「欲望そのものは生命の根源的なエネルギーの発露であり、欲望そのものには善も悪もない。船にたとえるなら欲望とはエンジンであり、人間に備わっている理性が舵にあたる。正しい舵取りをすることが大切である。

宗教では欲を汚らわしいものとして排除しようとする傾向があるが、人間本来のあるべき姿とはかけ離れた発想であり、まことの幸福にはつながらない。欲は火鉢の燃え盛る炭のように、正しく使うと人に益して喜ばれるが、使い方を誤ると害を為してしまう。欲望は、すべての人類の平和、繁栄、幸福につながる行いによって満たすべきである。」

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< 大阪・帝塚山(てづかやま)の桜 >

僕は中学生の頃、武者小路実篤の文学に触れ、その禁欲的で理想主義的な思想に憧れました。あまりに影響を受けて自制しすぎ、人として自然な欲望までも抑圧したために、20代は過度に享楽的になっていました。

30代で自分の使命や貢献について深く考えるようになってから、欲望をうまく昇華できているように思います。それでも依然としてストイックな考え方は根強く、余り禁欲的だと社会からずれてしまい、享楽的に楽しむ人の気持ちが理解できなくなるのでは、という不安すら持っています。

たまには自分を解放して、その場限りの楽しみに耽ってみようか...などと、やっぱり思いもしません。真面目なんですね。

どうしてそこまで禁欲的なのでしょうか?

それは、僕の業が「強欲」だからです。若いうちに業を意識することができて、良かったとつくづく思います。そんな僕ですから、松下さんの考え方には救われました。

松下さんの発想は「人間の自然な姿を正しく捉え、その上でどう使命を全うし、いかに人類の幸福に寄与するか」だと思われます。これから、心の支えにしていきたい本です。

今日は、僕の内面について掘り下げるテーマでした。本来は1日で300人くらい見に来て下さるブログで書くテーマではないのかもしれませんが、これも成長の過程です。読者の皆さんと、一緒に考えて成長できたら良いなと思います。

経営の父、ドラッカーの経営学にふれる
2010年3月28日 06:21
 先日、僕を福岡に招いてくださった、日本ケルト協会の山本さんは、ケルツというアイリッシュ・カフェを経営していますが、本業は日本画家でいらっしゃいます。さらに、学生時代は商業大学で経営学を学んでいたという、複数のお顔を持つ方です。

 山本さんとお話しをする中で、経営学者ピーター・ドラッカーを研究しており、福岡の読書会にも時々参加されていたことを聞きました。ドラッカーは最近、特に話題になっており、書店でも多くの種類の本が平積みされているのを見ます。山本さん曰く、「ドラッカーの経営学は、ただ利益と効率を追求しているのはなく、背景に人間がある」と。

 興味が出てきたので、入門書を1冊買いました。著者を見ると、なんと福岡の方でした。ひょっとして山本さんのお知り合いだったりするのでしょうか。これも偶然といえば偶然。



 人間には社会に貢献する責任がある、自ら顧客を創造する、など、最近僕が考えていたことずばりな言葉があって嬉しかったです。最近、盛んに叫ばれている「イノベーション」についても、少し理解が進みました。ビジネス書は結構な数を読んでいるので、目新しいことばかりではありませんでしたが、経営の父、古典と言われるドラッカーが2005年まで生きたことと、ITやグローバリゼーションなどの新しいトピックが含まれていたことが意外でした。

 僕は30歳を超えた今でこそ、何かを達成するための目的や手段について考えるようになりましたが、20代は無茶苦茶でした。もっと早く、マネジメントを勉強していれば、自分の人生もうちょっとうまくできたのに...と思うこともあります。もっとも、その頃は自分の使命とか仕事といったものはハッキリ定まっていなかったので、何を学んでも上の空だったのでしょう。今は、本を読んでも自分のこととして受け止め、改善に役立てることができます。

 経営学って、単に利益を上げるための知識だけではないのです。人生の目標設定や、対人関係、ライフ・ワーク・バランス(働き方と余暇)など、お金と直接かかわらないようなことも大切にされます。これから、心理学とともに、学んでいきたい分野です。

 ドラッカーの考えるリスクの中に「変化しないことのリスク」があります。時代や状況が変化しているのに、それまでのやりかたにしがみつき、変わろうとしないことで、危機にさらされてしまうことです。植物にとって成長が止まることは、「死」を意味します。どんな長寿の大木でも、少しずつ成長しています。人間はどうでしょうか。大学を出たら、学ぶことをやめてしまうなんて、とても危険です。松下幸之助は小学校すら卒業できませんでしたが、学びを続けることで、いつしか優秀な大学出身者を追い越し、経営の神様と言われるほど偉大な存在になりました。

 常に学んで、成長していたい、僕はそう思います。

飛行機で拍手が沸き起こるとき
2010年3月22日 21:31
昨日の夜7時のこと、僕は福岡空港を出発する飛行機に乗り、出発を待っていた。

ボーイングの大型旅客機は滑走路に出て待機の姿勢を取り、いつでもエンジンに着火する準備が出来ている様子だ。客室乗務員からの救命道具の説明に続いて、いつものように機長からアナウンスが入った。僕は、カーネギーの『話し方入門』の本を読みながら、何の気はなしにその話に耳を傾けていた。

「お客様のスムーズなご搭乗と 弊社の優秀な地上職員と整備士の完璧な努力により、当機は定刻より5分前に出発準備をすることができました。当機は間もなく管制塔の指示が出次第、福岡空港を離陸いたします。」

ずいぶんと感情のこもった話し方をするなあと注意を惹きつけられた。そのあとが、あのような展開になろうとは思いもしなかったのだ。

機長は続けた。

「先ほど伊丹空港からの飛行では、金色の太陽に照らされた、花嫁の純白のドレスのような白雲、虹色に煌めく玄界灘を見て参りました。

今晩の天候は晴れ、これから皆様に宝石をちりばめたような福岡の夜景をお楽しみ頂きます。 気流の安定した航路を選びますが、天使のゆりかごの戯れか、途中揺れる場合もございます。しかし、優秀な私たちANA乗務員の指示に従って頂ければ、ご心配なさることはいっっっっさいございません。 とうぞ快適な空の旅を心行くまでお楽しみ下さい。... 」

JALの「ジェット・ストリーム」かと思った。一字一句覚えていないが、最後には、なんと和歌を詠んでいた!余りの饒舌ぶりに、機内の乗客がどよめき、"スピーチ"の最後にはあちこちから拍手が起こった。飛行機には何度となく乗ったけれど、こんな楽しい機長にはお目にかかったことがない。

その後も、大阪上空で伊丹空港の許可が下りるまでの旋回中にもスピーチが。またも拍手喝さい。話だけでこれほどまでに乗客を楽しませるなんて、恐れ入った。

そして、僕は次は着陸後だと見込んで、録音機の準備をした。そのスピーチがこれです!

http://www.irishflute.info/mp3/ANA_pilot.mp3


「操縦席から手を振って見送っておりますので、ご覧下さい」という機長の言葉どおり、多くの人が飛行機から降りるときに、実際にタラップから手を振り、また機長のことを話題にしながら歩いていた。 僕も、もちろん手を振り、調子に乗って写真まで撮ってしまった。

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乗客にとって、この機長のお陰で印象深い旅行になったことは間違いない。 一度も話したことのない僕でさえ、この人には何かしてあげたいという抗いがたい魅力を感じた。この人が機内販売を買ってくれと言えば、買っていたかもしれない。JALの機長が皆このような人であれば、あそこまでひどくはならなかったかもしれない。

販売にもステージ上での振る舞いにも役に立つことを身を持って学んだ。ユーモアを駆使して、親しみを感じてもらうことが人に行動を起こさせる1番の方法であるのだ、ということだ。

*************追記
なんと! googleで検索してみたら、名物機長として有名でした。やっぱり。

早速、機長にメールを出しました!インターネットのお陰で面白い世の中になったなあと思います。

http://www.summit-rc.com/2008/12/2.html

http://emeraldk.blog64.fc2.com/blog-entry-308.html

http://blog.livedoor.jp/d79254oberried/archives/50982124.html

http://nakayama.funai-web.com/e748.html

http://blogs.yahoo.co.jp/mellow_surfing_longboards/32971701.html

http://manauwine.blog7.fc2.com/blog-entry-623.html

子供の夢
2010年3月21日 07:45
週に2回、フィットネスクラブに通っています。ランニングマシーンで、お気に入りの音楽を聴きながら走っているとなんとも爽快で、ポジティブなエネルギーで満たされます。

マシーンにはテレビがついていて、見ることもあるのですが、金曜日はHNK教育のカラフル!という番組でした。

http://www.nhk.or.jp/colorful/


小学生1人が主人公で、日常をずっと撮り続けるというもの。今回は、仮面ライダーになりたいという小学校4年生の男の子。でも、運動は苦手。

↓で予告編が見られます。

http://www.nhk.or.jp/colorful/asx/100204.asx

ところが、お父さんは、「仮面ライダーになって、どうやって食っていくんだ」と、諭します。漁師のお父さんは、子供に漁師をさせたいみたい...。こうやって子供の夢をつぶしてしまうのは残念に思います。一緒に、仮面ライダーになるための努力をしてあげれたら、きっと、自分の夢をかなえられる人に成長するのではないかな。

宗次さんは、ココイチをご子息には継がせませんでした。ご子息はゴルフが好きで、今はプロゴルダーとして健闘しているそうです。

二つの違った父子を見ていると、考えさせられるものがあります。

さあ、これから福岡に行ってきます。帰りは明日の晩です。

ダニーボーイ 一人二重奏
2009年3月 8日 21:31
今日は近所のライブハウス「Arrow」に、中国音楽バンド「華音 - かのん - 」がやってくることを知り、コンサートを見に行ってきました。笛の寺田瑞穂さんは、去年、万笛博覧会の講師も務めてくださいました。

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2、3年前にもこのライブハウスで華音を見たのですが、中国音楽と日本音楽が半分くらいずつあって、アレンジも楽しく、親しみやすい曲が多いので、お客様には評判なのではないでしょうか。たくさんのお客様が来ていました。

また、偶然、最近mixiでやりとりがあった洞簫(ドンシャオ、中国の尺八のような笛)吹きの方もいらっしゃっていて、いろいろなお話を聞けました。寺田さんには、先日北京で購入した笛子の楽譜の装飾音記号についてもアドバイスをもらえました。嬉しい!

寺田さんのご紹介で、オーナーともお知り合いになり、もしかすると5月くらいにライブをさせて頂くことになるかもしれません。近所では意外と演奏したことがないので、とても楽しみです。

寺田さん、Arrowさん、ありがとうございました!

さて、今日はネタを皆さんにご紹介します。昨日、子供たちに披露したティン・ホイッスルの一人二重奏です。これは、アイルランドの笛吹きマッコンネルさんや、彼から習ったと思われる日本の笛吹き守安さんがしているネタなのですが、まるでコピーでは芸がないので、自分で編曲をしてみました。

曲はダニー・ボーイ。いろいろなアイデアをつめこみました。「片方の笛が2オクターブ目なのに、もう片方の笛は1オクターブ目のまま」というアイデアも使ってみたのですが、正直なところ音程がとっても聞き苦しいです。まあ、見た目が面白いネタなので、ジョークとして受け取ってください。

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プリント用楽譜はこちら

練習音源はこちら

分かち合いの精神で、今後もどんどん研究の成果を提供していきます!!

お金持ち ≠ お金をたくさん持っている人
2009年1月 4日 21:38
お正月1日、2日と淡路島のとあるホテルに演奏に行きました。初めてのお仕事だったのですが、ちょっとした旅行気分で、お客様の反応もよく、楽しくできました。営業トーク?MCに我ながら、かなり馴染んできたように思います。

 もうかれこれ5年以上お付き合いのあるエージェントからのお仕事だったのですが、楽屋ではその社長が開業する前の仕事のことや、開業時の様子などを聞くことができて、嬉しく思いました。

 開業当時は、売上の不足をアルバイトでまかなうなど、大変だったとのこと。こういったマイナーな音楽を扱うエージェントとして苦労も多いと思いますが、おかげ様で僕もずいぶんと場数を踏み、成長させて頂くことができました。

4年目に入ったカプリシカもそうですが、回りの皆様のお陰で、音楽活動を順調に行うことができています。僕も成長することで恩返しをしますので、みんなが、よい方向に向かえたらいいな...と思いました。

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3日は競艇場での仕事。競艇場には初めて行きました。パチンコ、競馬、と、ギャンブルには全く興味がない僕ですが、日ごろ縁のない世界に触れることができるのはこの仕事の魅力です。競艇場では、街中に出現した巨大なプールには驚きましたが、入口に銀行ATMあるのもまた、すごいな~と思います。

なんと、1月2日だけで3万人が来場し、6億円の売上があったそうです。

開場時間になると、おっちゃん達が大挙してきます。僕は、よ~く観察していました。みな、黒や紺の明度の低い服装をしています。人相、表情、話し方...競艇場にくるお客さんには多くの共通点があることがわかりました。それから、喫煙率がすごいし、歩きたばこと吸いがらが酷いです。1時間と経たないうちに、地面が吸いがらとハズレ券だらけになります。

大みそかに芦屋の高級住宅街に行く機会がありました。芦屋にはパチンコがないそうです。確信をもって言えるのは、芦屋の高級住宅街に住んでいるような人は、ここには来ないということです。

そして、歩きたばこをして、地面に吸いがらを平気で捨てるような人が、誰かに尊敬されたり、親切を受けたり、愛されたり、健康で幸福な人生を送る機会は、少ないと思います。極端ですが、ここで大金を手にするようなことがあっても、それを維持することは難しいでしょう。

お金持ちというのは、お金があるか無いかの違いではなく、メンタリティや行動、生活の違いなのだと思いました。

また、人は同じような階層、思考、生活パターンの人間どうしで世界を築き、その世界で生活していることや、決して違う世界の人間どうしが交わることはなく、また、あってはならないのだという原則を痛感しました。

ポジティブな場所、尊敬できる人、感動を与えるものなど「善きもの」に常に接することで自分を高め、そうではない場所や人やものからはなるべく遠ざかろうと心から思いました。

多くの「気づき」を与えてくれて、良い経験をしました。やっぱり、この仕事は面白い。

スラーをもって、よしとす?
2008年10月 3日 00:06
今日は、西宮のアイリッシュ・パブ「カプリシカ」で、毎週レギュラー出演しているライブがありました。共演は、フィドル/ギターの大森ヒデノリさん。一般のお客様は多すぎることもなく、しかしステージ前は聴いてくださるお客様ばかりで、反応が1曲1曲ダイレクトに返ってくるので、やりがいがありました。

演奏中、自分はどのタイミングでタンギングしているのかな?または、していないのかな?と、注意しながら吹きました。というのも、先日、トラヴェルソ(バロック時代のフルート)のレッスン中に、先生から、「吹き始めをフー、と吹いたり、本来タンギングがあるべき音をスラーで吹いていたりしていますよ」と指摘されてしまったのです。僕としては、そんな自覚は無かったので、寝耳に水。でも、注意して演奏してみると、確かにそんな箇所があるのです。

トラヴェルソであれ、リコーダーであれ、バロック音楽を演奏していて吹き始めの音をタンギングしないでフーと吹くことなんて、考えられません。また、音階を滑らかに上がったり、下がったりする場合は1音1音レガートにタンギングしていくのが、良しとされています。アイリッシュはどうなのでしょう。僕が、フーと吹くのは、アイリッシュの習慣なのでしょうか。

現地で音楽を習っていたり、アイルランド人と演奏していて、「タンギングをするべきだ」などと言われた経験はありません。むしろ逆に、細かい音符をすべてタンギングで区切ると、アイリッシュとしては不自然になってしまいます。

アイリッシュは、もともとはバグパイプが手本となっています。つまり、音はスラーでつなぎつつも、指で区切る演奏法がオーセンティックな演奏となります。では、吹き出しのタンギングはどうするべきなのか。これは、謎です。音源を聞く限り、ティン・ホイッスルに関しては基本的にタンギングをつけて、アイリッシュ・フルートに関してはどちらのスタイルもあるように思います。

では、なぜ、バロックではタンギングで吹き始めるのか?その世界の人にとっては当然であることも、僕には不思議に思えてしまいます。タンギング/ノンタンギングを操り、バロックで用いる流暢なタンギングも適切にアイリッシュの演奏に生かすことができれば・・・と思います。

演奏していると、勉強することは、どんどん出てきますね。勉強は、楽しいものです。

古川展生(チェロ) & 藤原道三(尺八)
2008年6月15日 00:30
京都府立府民ホール アルティに、妻と「古川展生 チェロリサイタル Alone ~そして二人」を聴きにいってきました。久しぶりのコンサートです。共演は尺八/藤原道三。

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彼らは「古武道」というバンドで去年メジャーからデビューし、活躍しています。クラシック・チェロ、ポップスのピアノ、邦楽の尺八というコラボレーションで、私もCDを買いました。

古武道は、シンセサイザーも使ったポップス的な楽曲や、尺八を取り入れたクラシック、チェロが入った邦楽など、まさにそれぞれのフィールドを生かした楽曲が特徴です。それぞれ非常に演奏能力が高く、注目しておりました。

今日は2人での演奏とのことですが、この手の少人数の演奏ではシンセサイザーのカラオケをバックに...というコンサートを見たことがあり、がっかりさせられたことがありました。まさか、そんなことはないよね、と祈りつつ開演を迎えます。ホールには400人くらいのお客さんが入っていました。

前半は2人で各2曲ずつソロを演奏。なんと、今日の演目はほとんどが現代音楽ばかりだったのです。古川氏は長唄三味線風をチェロで模した「文楽」でぐっと和風な演奏を聞かせてくれたかと思うと、道三氏はシリンクスで、西洋フルートかと思うほどの見事なソロを、尺八のよさを損なうことなく聞かせてくれた。二人とも、さすがすばらしい。

後半では、ヴィラ=ロボスの「フルートとチェロのためのジェットホイッスル」を演奏。なんとこの曲、つい2日前に最近ご一緒頂いているチェリストさんに譜面を渡されたばかりなのでした。なんの曲だろう・・・と思ってまだ練習していなかったのですが、まさか今日聴けるとは、なんという偶然。ヴィラ=ロボスは、「ブラジル風バッハ」を書いた人ですね。

演奏はフルートの高音域ばかりを使った1st movement、ダイナミックな終楽章と、非常に面白かったです。半音階で3オクターブのスケールを駆け上がったり、ただでさえ難しそうなこの曲を尺八で吹くのは相当なものだ・・・と感心。しかし、時々3オクターブ目でミストーンを多発していたのは、惜しかった。

ヘンデルの曲は、ヴァリエーションを交互に展開するという編曲ですが、これまた良かったです。二人の妙技を存分に楽しみました。今日のコンサート中、ほとんど唯一、調性とリズムがはっきりしている曲でしたので、お客さん(ほとんどが年配)の反応も良かったようです。

以下が曲目。
ソッリマ/アローン,
黛 俊朗/文楽 ~チェロ独奏のための,
諸井 誠/竹五章,
ドビュッシー/シランクス,
間宮芳生/K10 ~尺八とチェロのための
ヴィラ=ロボス/ジェット・ホイッスル 
ヘンデル(ハルボルセン編曲)/バッサカリア

今日は、良い意味で期待を裏切られ、とても刺激を受けました。まず、日ごろは「古武道」というポップフィールドで人気のある2人が、実際のコンサートでは現代音楽ばかり取り上げた点。その徹底振りは、本当にやりたい方向はこちらなのではないかと邪推してしまうくらいでした。

そして、尺八とチェロのためにかかれた邦楽現代曲があったという発見。また、尺八でここまでの演奏ができるのか、ということを改めて知ったこと。

これは、きっとアイリッシュ・フルートの演奏にも生かせそうです。2人のポップ方面の活動も見てみたいものです。

お金の勉強①
2008年1月17日 08:50

一時期書店に平積みされていて、とても話題になった本「金持ち父さん 貧乏父さん」。

僕は流行モノにはあまり興味を示さないので当時は全然読む気がしませんでしたが、ネットなどで書評を読み、図書館で借りてきました。

本編の「金持ち父さん」は未読ですが、子供向けの要約本『金持ち父さんの 学校では教えてくれない お金の秘密』を、読みました。文字が大きく、理解しやすい内容なので2時間もあれば読めると思います。昨日のトラヴェルソ・レッスンの往復移動時間に読みました。いやあ、素晴らしい、この本!!

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内容は、「働いては負債を買う、ラットレースから脱出するには」というテーマに基づき、
◆資産と負債の違い …目から鱗でした!
◆貸借対照表、財務諸表、損益計算書の読み方
◆収入から資産を生むキャッシュフロー
◆得意なことで起業してビジネスオーナーになるには

といったことがあります。こう書くと陳腐なビジネス書のようですが、ストーリー付きで子どもにも理解しやすく書いてありますので、ぐいぐい引き込まれること間違いなし。

平均的な会社員の核家族家庭に育った僕は、お金について正しい教育を受けてこなかったことをつくづく実感しました。会社で働いて、収入を得て、ほしいものを買う。これがまっとうな生き方、お金の稼ぎ方や使い方だと思っていましたね。商家や富豪の家庭では、きっと全く違うお金の教育がされていることなのでしょう。

最近、お金に関する本を集中して何冊も読んでいます。はっきりいって、自分のビジネスでしっかり稼ぎたいからです。ははは。

僕は、これらの本でお金についての考え方ががらっと変わりました。
お金について勉強したり、本を読むのは時期が早ければ早いほど、人生に差をもたらすことでしょう。

手始めとして、この本はいかがでしょうか。
中学生以上のお子様をお持ちであれば、ぜひ、あなたのお子様にも読ませてあげてください。大推薦です。

本をためこまない読書術
2008年1月14日 13:19

皆さん、本を読んでいますか?

僕は毎月5~10冊は読みます。ビジネス書、思想書、音楽の本がほとんどで、小説はあまり読みません。家で読書に時間を割くことは余りなく、もっぱら電車で読んでいます。

最近、読書のスタイルがかなり変わりました。昔であればビジネス書は、本屋でちょっとでも良いなと思ったら迷わず買い、ひたすら線を引いたりメモを書き込んだりして汚して読みました。こうすると要点が分かりやすくて後から読むときにもすぐにポイントがつかめます。
しかし最近は図書館で借りて、以前よりも時間をかけずにさらっと読んで、気になるところは付箋をはさみ、後からその部分を熟読、残したいところはケータイで写真を撮るなり文章を転記するなりして、見出しをつけてブログに送信することにしています。こうしてお金も気にしなくなり、読書量が増えました。
この方法で大事な部分は残せるし、家にも古本がたまっていきません。

家で読書するときはついついのめりこんでしまうので、タイマーをセットして、その時間内に終わらすようにしました。ちなみに15分にセットしています。タイマーのお陰で集中力が高まり読むスピードも上がり、練習や仕事の気晴らしにちょっとずつ読む習慣が身につきました。
ただし、小説をゆっくり読むには適さないので、もっぱらマニュアルやビジネス書のたぐいです。

マニュアル書(料理本、マナー本など)を家にためないコツは、必要な部分をPDF化して、捨てることです。1~10まで書いてあるマニュアルのうち、自分にとって必要だと思える部分は驚くほど少ないものです。PDFなら見出しつきで管理できますね。

家においておきたい本は、音楽の資料価値のあるものや、いつでも読みたい本当に気に入っている名著だけにしたく思っています。楽譜は知らず知らずにたまるので、1回吹いてみて縁がなさそうであれば捨てるか人にあげています。

皆さんの読書法も、教えてください。

基礎練習
2007年11月 8日 20:46

アイリッシュフルートを演奏していて、音階練習やロングトーン練習などのいわゆる基礎練習をしているアイルランド人に会った事がなかったし、教室でも基礎練習をしなさいとはいわれず、また、どんな教本にも基礎練習をしなさいとは書いていなかった。おそらく、そういった訓練やメソッドが確立していない音楽なのだと思う。

しかし、クラシックを習い始めたおととしくらいから、基礎練習の大切さを身にしみて感じ、時間のある時はなるべく基礎練習に時間を割くようにしている。

内容は、去年まではアルテの音階練習をやったり、トレバー・ワイの項目別の本から1時間くらいでまとまるように抜粋して練習していたが、数ヶ月前にこの本を買ってから、こちらで済ませている。

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立花千春のフルート教本

一通りの項目があって、短時間でも済ませられるように編集されているので、とても重宝している。それに、付属CDがあるので、先生に練習方法を質問しなくても、独習できる。とてもお勧めです。

ところで、もちろんこの教本はモダンフルートを対象に書かれており、僕は多健式フルートで演奏しているのだけど、調によっては音階練習はかなりきつい…。たとえば、2オクターブの音域でA♭やC#の音階とスケールをするのは、非常に厳しい。ここ数ヶ月、テンポ84の壁を越えられずにいます。
これも、エキスパートが吹いたら120くらいでふけるのかな~?

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