Since 2008.05.28
アイリッシュフルート

★12/26 ライブ情報を更新。 2/25 JKカフェ を追加

2月より毎月東京でレッスンを開講。2/22、3/21、4/18.
オンライン・ショップが新装開店。ケルト各地のCDを新入荷。

★「縁 -enishi- 」のダウンロード販売が開始されました。詳しくは特設サイトにて。

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笛博バナー

アイリッシュフルート&ティンホイッスル・ブック
楽器の研究を紹介する別サイトです。
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旅する音楽家
台中コンサート
2012年2月11日 10:38
1週間の台湾全島一周旅行から帰ってきました。ブログの更新が滞りがちで、楽しみにしている方にはお待たせしました。

熱帯とはいえ2月はこちらも冬。雨や曇りの寒い日が多く、天候はいまいちでしたが、たまに晴れると25度くらいの気温になります。台中、台南、台東とも南国らしいフルーツが美味しく、食べてばっかりでした。

4日(土)は、台中市でコンサートがありました。台中に行くのは二回目です。都会で洗練された国際都市・台北とは異なり、東アジアらしいエネルギッシュな街です。

コンサートは、台湾陶笛交流協会の李さんに主催して頂きました。会場となったのは、耕読堂という中華庭園のある古い料亭。大勢の方にお越し頂きました。アンコールの時に、お客様と記念撮影。

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翌日は、李さんに紹介頂いた中国楽器の方々のおうちにお招きいただき、セッションを楽しみました。
中国楽器では数字譜を使い、五線譜は読めない方が多いのですが、僕たちの曲にも数字をぱぱっと振って、演奏をして頂きました。繊細な琵琶の音は特に好きです。

この曲は、中国の新年を祝う「喜洋洋」という曲です。



中国古典音楽の演奏家は、西洋クラシック音楽の奏者と良く似た感じがあります。小さいころからレッスンを受け、音大やコンクール受賞などのキャリアを目指 し、楽譜に忠実に正確に演奏することを心がける。
ケルト音楽の面白いところは、そんな型にはまらずに、どんどん自分で新しい音楽や演奏スタイルを作っていくところなのですが、中国楽器奏者にもそういう人がいるのでしょうか。もしいれば、音楽を聴いてみたいです!

おうちのご近所でイベントが執り行われているということで、なんと飛び込み出演してきました。

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会場に着いてみると、音響も照明もしっかりした大舞台でびっくり。普段着のままで、30分ほど演奏をしました。中国楽器奏者のみなさんも共演して頂けて嬉しかったです!

...台南編に続きます。

中国の若きホイッスル奏者 Wu君
2012年1月 9日 20:59
去年の8月に北京で出会ったティン・ホイッスルが大好きな音大生、ウー君から年始の挨拶のメールが届きました。

彼は去年、北京のアイリッシュ・パブで僕のコンサートをセッティングしてくれて、中国各地から集まったアイリッシュ好きな友達をたくさん紹介してくれました。

最後の晩は、大雨の降る中、ずぶぬれになりながら北京郊外の彼ら学生が共同生活するマンションに行き、一緒に夜を明かしたのでした。彼らのお陰で、北京での3日間は映画の中のように思い出深い、最高の日々となりました。

演奏のセンスがある彼には絶対に良い奏者になってほしいと思い、僕はアメリカのマイケル・バークのティン・ホイッスルをプレゼントしました。一般的な中国人にとっては大変高価な楽器です。そのお返しとして、彼は故郷の貴州で選んでくれた壁掛けを、何時間もかけて列車で運んできてくれたのでした。

そんな彼は、去年、大学でレクチャーをして4000元を稼ぎ、両親に靴を買ってあげたそうです。本当に嬉しいことです。

そして、万里の長城で僕のプレゼントしたティン・ホイッスルを演奏している動画を送ってくれました。

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http://www.tudou.com/programs/view/l2PIMbyDeFM/

最後に、「3月のセントパトリックには北京に来てよ!コンサートを企画するから!」とありましたが、さすがに今年の3月は予定が入ってしまっていました。

また必ず、北京の友人達に会いに行きたいと誓いました。

おばあちゃん
2011年10月11日 08:59
短い間ですが、札幌に帰省してきました。
いつもはコンサートやレッスンを入れるのですが、今回は家族に会うのが目的です。

両親は還暦になり、祖父母の中で唯一生きている祖母は86歳。遠く本州に暮らしていると帰省できるのはせいぜい年に1回が良い所ですから、会う度に年老いてゆく家族を見るのはちょっと切ないものです。

祖母はいつも明るく、愚痴や悪口を言わず、前向きな性格。去年会った時には一緒にご飯を食べに行くなどしっかりしていたのですが、年末に梯子から落ちて骨折をして以来、独りで生活することが難しくなり、この春から老人ホームに入所しました。

初めてホームでの対面。随分痩せて、老けてしまった祖母にちょっとショックを受けつつ、手を握りながら短い時間のお話し。暮らしはどう、ご飯は美味しい?など、話しかけました。すべてのことを職員がしてくれるからなのか、ぼけが進行してしまい、同じ言葉を繰り返したり、季節を間違えたりしてしまっていました。

それでも、思いがけず来てくれて嬉しい、七夕のおり姫と彦星のようだと感激して涙ぐんでいました。「来年コンサートをしてあげるから、それまで耳を悪くしないようにね。」

そう言って別れました。

祖母が生きているうちにあと何時間一緒にいられるんだろう?そう思うと、この短い時間もかけがえのない、胸に刻んでおくべき時間のように思えてきます。そして、両親とも...111011.JPG

自分の最後のことも考えました。悔いなく生きて、家族に迷惑をかけることないだけの貯蓄を持ち、自宅で死ぬことができれば僕は満足。そうすることのできない人が余りに多いので、贅沢な願いなのかもしれませんが... 

人生はあっという間。祖母の年齢まで生きられるかどうかもわかりません。思い残すことなく生きる。家族に会いに行くのは、自分のために大切なことです。

空の写真
2011年9月24日 22:16
一週間の九州旅行から帰ってきました。
今回は、台風のために天候が余り良くなく、計画していた韓国釜山への旅も船が欠航してしまったために中止となりましたが、また次のチャンスがあることでしょう。

大分では、マイミクmaruriさんに案内して頂き、海の見える美味しいお蕎麦屋さんと温泉に連れて行ってもらいました。最高のロケーションでした。

国内の飛行機は本当にあっという間。うとうとしていたらすぐに着いてしまいます。

昔に比べると飛行機も身近になりましたし、一年に何回も乗っていますが、いつ乗ってもワクワクするものです。

空からの写真をどうぞ。福岡の夕景と、伊丹の夜景です。
九州の皆さん、ありがとうございました。

次は、12/17大分市、12/18福岡ケルツ の予定です。

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福岡~大宰府サイクリング
2011年9月22日 21:07
台風が去り、天気が良くなったので、宿で自転車を借りて大宰府まで行ってきました。
iphoneナビでは、天満宮まで12キロ。走っていると、町並みは関西と変わらず、初めての街なのに妙に懐かしいような感じがしました。

お昼時に出発したので、昼食には博多ラーメンを食べることに決めました。問題は、どのラーメン屋にするかです。何しろ数え切れないほどのラーメン屋があるのですから。

空腹は最高の調味料ということで、おなかが減ったら食べることにし、1時間くらい走ったころ、水城(みずき)という場所に来ました。郊外の幹線道路沿いといった雰囲気です。

ぽつんとラーメン屋があったので、もうそろそろお店を決めようと思い、この周辺のお勧めラーメン店をiphoneのぐるナビで調べたところ、なんと目の前のどう見てもショボそうなお店が、ランキングに入っています。行列ができるほどの店だとか。

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それは幸運と、入ることに決めました。

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こってりのとんこつスープ、噛むとプツプツと切れる麺は、まさに博多ラーメン。先日、県民ショーで博多人はまずはそのまま1杯目を食べ、替え玉を必ずして、味付けを変えながら楽しむのが作法だと放送していたので、そのようにしました。おいしかった! (けど、この旅ではもうこれ1杯で満足)

さらに走ると、大宰府に入りました。遠くに山が見え、自然が豊かになってきました。ここは、史跡だったようです。急に笛が吹きたくなり、ベンチに腰掛けて練習しました。なんだか、曲らしいものができました。

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途中にあった、八戒壇という禅寺です。枯山水も庭も大変美しく、気分が高揚しました。毎週、座禅の会をしているそうです。参加したい...。

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門前にあった石碑。「酒や、匂いのきつい食物、肉を境内に持ち込むことを禁ずる」
良いですね~。このお寺のお坊さんは戒律を守っているに違いない。

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参道に咲くヒガンバナにもみとれました。美しい・・・。

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いよいよ目的地の大宰府天満宮につきました。門前の様子。銀閣寺道みたいに、露天がたくさん出ていました。

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太鼓橋。近くに巨木があり、これにもみとれました...。

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社殿。多くの参詣客がいました。元旦は大混雑するそうです。

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大宰府天満宮はそれは綺麗で立派でしたが、どうも心に響きませんでした。それよりもむしろ、先ほどの禅寺のほうが僕は印象深かったです。どうやら、音楽と同じで、シンプルで深そうなものに惹かれるようです。

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ここまで、ゆっくり来て2時間ほど。思いのほか早かったので、近くにある二日市温泉に入っていくことにしました。自転車で15分ほどでした。

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「御前の湯」。公衆浴場で、200円で入れます。泉質は単純弱アルカリ泉。つまり、地下水が地熱で暖まったお湯です。温泉成分らしいものはあまりなさそうです。入ってみたところ、無色無臭のお湯でした。暖まり、気分も良くなりましたが、別府や湯布院の強力なお湯が一層恋しくなりました。

ここから、さらに物足りないので、海を見にいくことにしました。本当は島原くらいまで行きたいものですが、福岡湾からみる玄界灘にしました。夕陽に間に合うように、ペースを上げて走りました。

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間に合いました!福岡からの海の眺めです。

すぐそばに、韓国との船が発着する国際ターミナルがありました。台風さえ来なければ、韓国にいくはずでした。自然のなすことに文句を言っても仕方ないと思っていましたが、やはり残念だったのだと思いました。いつか、またチャンスが来るさ。

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博多駅周辺の屋台です。福岡は、綺麗で、住みやすそうで、人情味あふれる街ですね。ますます福岡が好きになりました。

今日は40キロメートルほど走りました。天気も良く、とても満足でした!

今日のように、自転車で日本のお寺や自然を訪ねて、笛を吹きながら暮らせたらどれほど幸せだろうかと思いました。



湯布院~福岡
2011年9月22日 08:27
湯布院で、いつもお世話になっているオニパンさん。大阪の吹田で教員をされていたご主人とその奥様とで退職後に趣味を生かして作ったお店です。

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湯布院のなかでも車でないといけない塚原で、悠々自適の田舎暮らしを楽しみながらのつもりが、口コミで広がり、休日には車が行列を作るほどの繁盛ぶり。たくさんの種類のパンがありますが、すぐ売り切れてしまうそうです。

オニパンさんが営んでいるログハウスにいつも宿泊させて頂いています。ベッド、キッチン、シャワーなど完備されていて、とてもすごしやすいです。

きさくなママに作って頂くモーニングは、ほっと心和むひと時です。

http://www.oct-net.ne.jp/~onipain/

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福岡では、中洲川端のゲストハウス界音を利用しています。町屋づくりが売りなのですが、建物自体はそれほど古いようには見えません。「うなぎの寝床」のような細長い造りです。

いつもは2階のドミトリーなのですが、今回は混んでいて三階の屋根裏部屋でした。何度か泊りましたが、こんな部屋もあったのですね。

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キッチンはないのですが、店先がうどん屋になっていて、試しに食べてみたら、すごくすごくおいしかったです!注文を受けてから茹で上げるので、コシがあります。ぜひお試しを!

http://www.kaine-g.com/







ブルターニュのフェスト・ノーズ
2011年7月27日 23:09
※オフラインのため掲載できなかった日記です。

ブルターニュの南西Quimper(ケンペール)で開催されているフェスティバルにやってきました。
火曜日から日曜日まで開催されているのですが、旅程の都合で火曜日の晩に到着、木曜日の早朝には帰らなくてはいけません。

ケンペールに電車で着くと、そこは山のそばの美しい街、大きな教会の尖塔が見えました。
どこかからともなく、楽器の音が聞こえてきます。

教会のそばにある特設会場では、一日中無料のコンサートが開催されています。12時から、
Hanaff/Bergeronというヴァイオリン(ブルトンではフィドルとは呼びません)とギターによるデュエット。
ブレトン、アイリッシュの両方を演奏していました。ブレトンはもちろん、アイリッシュも本場らしいタッチで素晴らしいです。語学にバイリンガルな人の言葉の使い分けを見ているような不思議な気分でした。ブルターニュでは、ヴァイオリン、フルート、アコーディオン奏者はアイリッシュも演奏する人は多いように思います。

その次にDui Leonで、ボンバルドとスコティッシュ・グレート・ハイランド・パイプス奏者のデュエット。
これは完全にブルトン音楽の、かけ合いの演奏でした。ダンス曲になると、踊りたくてうずうずしている人が、誘い合って踊り始めます。こちらでは、バガッド(鼓笛隊?)でハイランド・パイプスを演奏するのは知っていましたが、ダンスの伴奏音楽としても使うことを始めて知りました。通常はビニュー・コーズ(ブルトン・パイプス)が使われます。

続いて、ハイランド・パイプス奏者James MacKenzieとギター奏者。Jamesはフルートも演奏します。どちらも見事ですが、フルートのときはアイリッシュをしていました。
こちらの特設会場では、ムール貝とフライド・ポテトのセットが8ユーロで売られており、山盛りのムール貝を楽しみました。

しばらく空いて夕方からこの街が誇るバガット・ケンペールの行進。バガット・ケンペールは、スペインの笛吹きカルロス・ヌネスとCDやコンサート共演するほど有名なバンドなので、見れて良かったです。子供が半分くらいで、ハイランド・パイプス、ボンバルド、スネア・ドラム、大太鼓という編成でした。人垣ができていました。

you tubeに上がっていた別のビデオです。

有料コンサートは、今日は笛吹きとしては大当たりです。

ひとつめはGuidwires。アイルランド人4人とブルトン人1人によるアイリッシュ中心のバンドです。フルートはSilvain Barouシルヴァン・バロウで、独特かつ天才的に上手いプレーヤーです。
ほか、コンサーティナにPadraig Rynneポーリッグ・ライン、フィドルにTola Custyトーラ・カスティー、ブズーキ、ギターという編成。コンサートには1000人以上の人がいたでしょうか。運良く前の方に座れま
した。

このバンド、それはそれは上手いし、クールな感じでかっこいいのですが、ちょっととっつきにくいというか、ノリづらいんです。変拍子を多様していることと、サウンドの傾向が全体的に似ているからなのかな?お客さんもいまいちついていっていないようでした。昔のバンドCianで印象的なポーリグの超絶なコンサーティナが聴けることもちょっと期待していたのですが、あまり目立っていませんでした。
シルヴァン・バロウは10年近くファンで、初めて生で見ましたが、やはり素晴らしいですね。どうやったらあんな風に演奏できるのか、謎です。彼はブルトン人フルーティストでは珍しくほとんどアイリッシュを演奏しますが、基礎にあるのはブルトン音楽の奏法だということです。

発音時を含め、タンギングを多様することや、ブルトン的アーティキュレーションが彼の独特なスタイルの要素になっています。イリアン・パイプスも上手でした。

これだけ上手なのに、聴いても何の印象も残らないのが残念です。
続いて、元Flookの笛吹きBrian Finneganブライアン・フィネガンの新しいバンド、KAN。こちらはまだCDが出ていないので、貴重です。

共演はスコットランド人フィドル奏者のAidan O'Rourkeエイダン・オルークと、ギター、ドラムス奏者の計4人。

演奏中、ベースやバンジョーの音がしたり、フェードインやディレイなどが聴こえたので、よく注目してみるとエイダンが足元で操作しているようです。その演出もぴったりはまっていました。フルックの曲も演奏していたので、サウンド的にフルックを踏襲したものかなと思わせましたが、見事に、よい方向に裏切ってくれました。

曲は基本的に各メンバーのオリジナルで、ドラムス奏者も良い曲を書きます。また、イスラエルのジャズベーシストの曲や、ポーランドの現代音楽化にインスパイアされた曲など、もうすでにやっている曲はアイリッシュでもケルトでもなく、近未来型アコースティック音楽!?

前にも書きましたが、音楽の善し悪しは、それを聴いてどういう心理的な状態になるかが結局は
一番重要なことです。KANはリフレッシュされるような、明日への希望と活力がみなぎってくるような音楽です。このバンドは一気にメジャーになるでしょう。

深夜に、先ほどの無料の会場に戻り、こちらではFesa-Nozフェスト・ノーズが行われていました。
ヴァイオリン、アコーディオン、キーボードの3人で、会場では大きなダンスの輪が渦巻きのように
ぐるぐると回っています。フェスト・ノーズとは訳すると夜の祭り。お昼ならフェスト・デイズと言います。

ピアノが入っているのは珍しいです!

ブルターニュの踊りについては改めてご紹介しますが、アイリッシュのようにセットを組むのではなく、日本の盆踊りのように輪になってぐるぐる踊ります。ダンスの伴奏にキーボードが使われているのを初めて見ました。とてもかっこよかったです!

最近、ようやくブルトンのダンス音楽の種類が分かってきました。アイリッシュとは違い、ブルトン音楽は拍子で分類しているわけではなく、ダンスの振り付けによって分かれますので、区別がつきにくい場合があります。ですが、いくつか演奏できるようになり、曲調から判断できるようになりました。
ダンス音楽を知るには自分で踊るのが一番と思い、輪に飛び込んできました。ステップは簡単なのですが、腕を組んでいるため、どんくさいと周りをひっぱってしまいます。それでも、楽しく踊りました。
ブルトン音楽はアイリッシュ以上に繰り返しが多く、中には4小節だけという曲もあります。

踊りも8拍1サイクルくらいで、複雑なダンスや音楽が好きな人には単調でしょうが、これがトランス状態を生むのだそうです。人間、単純な動作を繰り返していると、脳が麻痺してくるというか、違う世界にとんでしまうことがあります。そういう魔力がブルトン・ダンスにはあります。

こうして、真夜中まで人々は踊り続け、僕は途中で疲れ果て、クレープをかじりながら家路についたのでした。

ほいじゃ!
2011年7月26日 00:26
回家(ほいじゃ)、中国語で「帰宅する」です。先ほど、関空から帰りました!

昨日は、中国人十数名の友人と一緒に胡同(フートン=北京の旧市街地)に連れて行ってもらいました。外国人(白人)の観光客も多い場所で、古い石造りの町並みに、たくさんの雑貨屋、食品屋、カフェなどがひしめく、活気ある街でした。

ここにある、北京で唯一ティン・ホイッスルを売っているお店を教えてくれました。オカリナ奏者の周さんという人が、成功して始めたオカリナショップで、かなりの高級品扱いで売っていました。

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日本でもよく見かけるジェネレーションという量産品ブランドのティン・ホイッスルが、170元(2000円)という値段設定ですから、中国人にとってはかなり高いはずです(ファストフードの時給が120円)。さらに、チーフテンというブランドのロー・ホイッスルなどは2000元(24,000円)でした。みな、高い~!と言ってました。中国の楽器職人さん、頑張ってほしいですね。

この通りにある吉多吧(ギター・バー)で、アイリッシュ・セッションを楽しみました。




初めて中国人のみんなとゆっくり話したのですが、吴(ウー)君は、貴州の苗族自治区に住む、苗(ミャオ)族だと知りました。ミャオ族と言えば、笙を使って求婚することを学生時代から知っていました。だから、笙の絵をプレゼントしてくれたのですね。携帯でミャオ語で実家の家族と話している時、ほかのみんなはさっぱりわからないようでした。

ほかにも、僕に会うためにわざわざ上海から北京まで来てくれた人がいることも知って、感激しました。彼もまた、上海の言葉を話すそうです。お札をみると、確かにチベット語、ウイグル語など、多言語で書いてあります。多民族国家の中国の側面を知りました。

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晩に同じく胡同でバスキング(路上ライブ)をしました!たくさんの人が立ち止まってくれました。CDも1枚売れましたよ。彼らは、公安の目をかいくぐって路上ライブを時々決行しているそうです。中国では大勢が集まることを禁止しているそうなので、公安がやってくると逃げるそうです(笑)。頼もしいぞ、中国の若者!

この晩は、ウー君たちの住むマンションに泊めてもらいました。

今日は、朝からレッスン。熱心な彼らに、短時間でなるべくたくさんのことを知ってもらいたいと、アイルランドの地域的な演奏スタイルや、ダンスのリズムの取り方、装飾音などレッスンしました。次回に会う時には、もっと上手くなっていることと思います!

荷物をかついで、空港へのバス停まで見送ってくれました。

最後まで、本当にお世話になりました。彼らがいなければ、僕の北京旅行はもっと味気ないものになっていたでしょう。彼らばかりではなく、今回の旅行では多くの友人、現地で知り合った人達に助けられました。出会いに、心から感謝しています。

北京は薄汚れた灰色の空の印象がありましたが、最終日は抜けるような青空でした。
いろいろとトラブルがあったこの旅の最後を象徴するような天気でした。
素晴らしい友人のおかげで、台湾、中国へは時々通うことになりそうです。

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僕の2カ月にわたる旅は、ひとまず終了。
これから、旅の成果を日本のみなさんに伝えていきたいです。



アメージング・チャイナ!
2011年7月25日 23:55
中国にいると、日本とあまりに違うので驚いたり、笑ってしまったりすることが多いです。

広告の写真の画素数が荒くてカクカクだったり、建物の塗装がはみ出しまくりだったり、ホテルの洗面台のみずが床にダダ漏れだったり、日本では考えられないようなことがあたり前です。

駅前で、七輪コンロみたいなので焼き鳥を売っている人がいたり、橋の上、道端、どこでも商売をします。

地下鉄では、みんな整列しないで、電車が来るとドアの前に詰めかけて、椅子をとるために猛ダッシュします(危ない)。中国人は女性も含めてとにか く、タンを吐きます。手で鼻水をかんで、その手を振って鼻水を落とします(食堂ではやめてほしい)。電車の中で大声で携帯電話で話すし、バスの中では大音 量で携帯電話の音楽をかけてます。

それでも、純粋というか、田舎がそのまま大きくなったような国に思えます。道行く人も、結構親切だったりします。

Wu君とその7人の友人たちは、何をするにも効率が悪くて、大声で議論して、やっとどうするか決めます。時間にも適当で、言うことがしょっちゅう変わり、約束の時間には遅れますが(今も1時間遅れです、笑)、悪びれずに必ず来ます。

彼らと一緒に行動すると、絶対にお金を払わせてくれません。タクシーもレストランもすべておごってくれます。四川料理は数百元でしたが、彼らに とっては絶対に安くないはずです。それでも、中国人はメンツを大事にすること、客人を大切にすること、一度仲良くなったらとことんまで深く付き合うと読ん だことがあるので、彼らなりのやり方なのかもしれません。2度ほど、今度は僕が払うよ、と言いましたが、頑なに断られました。
台湾でも、誰に会ってもいつもお土産を渡され、いつもおごられっぱなしでした。これも、日本では考えられないことです。

中国でインターネットを使うと、しょっちゅうつながらなくなります。中国共産党の検閲システムは強力で、「チベット」「ダライ・ラマ」「ウイグル」「天安門事件」などのキーワードは日本語、英語含めて、検索不可能です。検索すると、ネットが
数分間つながらなくなると読んだことがあります。公安がホテルまで来ては困るので、試していませんが...
それどころか、中国人の年収などの検索も落ちます。日本の中国語会話の学習サイトまで落ちるので、基準がわかりません。

テレビでは、軍事専門チャンネルがあり、航空母艦やら戦闘機やら軍事パレードが映し出され、キャスターも軍服です。それから、共産党を讃える歌の 大会やら、戦時中の日本軍と戦う大河ドラマやら、日本がいかに悪事を働いたかを伝えるドキュメンタリーが毎日放送されています。反日っぷりが怖いです。

こちらの反日デモは政府主導で許可制です。政府への怒りを日本に向けてガス抜きをさせるために、共産党員が中心となったデモを「させている」そうです。ですので、本当のところ、大半の人民がどのように思っているのかはわかりません。

Wu君含め、純粋に僕を友達、音楽家として慕ってくれていますし、裏がないことは態度でよくわかります。

昨日は、大雨だったので、友達と2人で使うからと傘を1本貸してくれ、シャワーを使わせてくれ、洗濯をして着替えを用意してくれ、疲れているだろうから仮眠をしたらとベッドも貸してくれ、雨が降っているから今日は泊っていきなよ、とまで言ってくれました。

彼らのことをもっと知りたいと思いますし、中国の奥地へ旅をしてみたくもなりました。きっと言葉ができれば、僕も彼らと同じ目線で付き合えることでしょう。

これからの展開を楽しみにしています。

中国で初めてのコンサート
2011年7月24日 10:36
時差ぼけのためか寝すぎてしまったので、ホテルの朝食を食べ損ねてしまいました。コンサートの会場へ行く途中に、煎餅(チェンピン)の屋台を見つけて、食べました。中国版のクレープです。3元(36円)でした。安くてうまい!

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会場は、北京市内のDenger Doyle'sというアイリッシュ・パブ。ダブリンにも同じ名前のパブがあるようなので、姉妹店なのかな?

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会場にはホイッスルやギター、バウロンを持って20人くらいが集まっていました。中には、ティン・ホイッスルやイリアン・パイプスを自作した人までいて、びっくり。

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中国でもアイリッシュを演奏する人がこんなにいるなんて、驚きです。きっと、ほかの地方にもいることでしょう。短いコンサートでしたが好評で演奏後にあれこれと質問をうけました。熱心ですね~。

CDも売りました。日本では定価2500円(中国元にすると220元くらい)なのですが、マクドのアルバイトが自給10元だそうですから、そんな値段では誰も買ってくれないでしょう。そこで、Wu君に相談して、40元で販売しました。もちろん儲けなどないのですが、知ってもらえるだけでもありがたいと思っています。物価の安い国で仕事をするには、工夫が必要でしょうね。

最後にみんなで記念撮影。日中アイリッシュ友好年の始まりです。台湾の小唐さんも交じえて、国境を越えた交流をしたいものです(今回も来たがってはいました)。

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こちらの笛吹きたちにはLunasa、Flook、Joanie Maddenが大人気で、彼らの曲をたくさん演奏していました。アイリッシュのCDは中国で買えるの?と聞くと、もちろん買えないそうで、you tubeで調べて、気に入ったものを中国版のダウンロードサイトで落としてくるのだそうです。中国では著作権の取り締まり緩いので、結構出回っているんですね。

晩御飯に、友人数名が四川料理店に連れて行ってくれました。まっかっかで見るからに辛そう。はふはふ言いながら食べました。

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蛙(かえる)料理も生まれて初めて食べましたが、魚と鳥の間のような感じで、小骨が多いですがおいしかったです。メインディッシュに、川魚のぶつ切りを香辛料入りの油で揚げたものが出ました。大きな器に、油ごと出てきます。食パンを一緒に配られたので、なぜ?と思っていましたが、この上に魚を掬って、油を吸わせて食べるのです。パンは食べません。

ほかにもカタツムリ料理もあったのですが、残念ながらおなかいっぱいで注文しませんでした。中国の広東省では、犬、猫、鳩、馬、鼠と、なんでも食べるのだとか。猿も食べていたそうですが、今は保護動物になって違法になったのだそうです。中国人はイスとテーブル以外の四足のものは全部食べるって本当かも!

晩に、大雨が降りました。道路が冠水して車が立ち往生したり故障するほどの豪雨で、ずぶぬれになりながら帰りました。おかげで、涼しい夜になりました。

大家好、我在北京、身体很好!
2011年7月23日 00:10

しばらくネット環境から離れていましたので、フランス最後のレポートができないままでしたが、旅の新鮮味が薄れないうちに、改めて書きたいと思っています。

22日(金)フランスの最終日にToucouleur(トゥクレール)でギターのヘレンさんとコンサートをしました。3セット演奏しましたが、小さいお店ながらも満席で、初めての演奏よりもずっと良かったです。

ずっと会えないままだったアコーディオン奏者のフィリップさんも来てくれました。彼が今年3月に来日したとき、地震と放射能汚染でフランス政府から退去勧告が出て、コンサートをキャンセルして彼は帰ってしまったのでした。今回のフランス旅行は彼のおかげで安全で実りあるものになりましたので、感激の再会でした。

その翌朝早くに電車でナントへ。ナント⇒ロンドン⇒北京へと飛行機を乗り継いで、あっというまに僕のヨーロッパの旅は終わりました。フィリップさんとは、なんと6時間しか会っていなかったのです!驚きです。

初めての夏の北京は猛暑で、排気ガスのせいかほとんど太陽が見えず、灰色の空でものすごく湿気ています。ヨーロッパではセーターが必要だと思ったほどだったので、まるで同じ夏とは思えません。

you tubeで知り合ったティン・ホイッスル奏者の吴(ウー)君と連絡を取り合っていて、彼の大学の友達と一緒に歓迎会を主催してくれることになっていました。空港からバスで彼の住む北京郊外の通州へ。ホテルも予約しておいてくれて、本当に助かりました。

近くの湖南省料理のお店へ連れて行ってくれました。どれも唐辛子が入っていてめちゃ辛いけど、疲れている体にエネルギーがみなぎります!本当にどれもおいしかった!

中国文化や中国語のことをたくさん質問しました。
魚の煮付けが出てきたので、何?と訊くと、鰱(タナゴ)とのことでした。コイの一種だそうです。湖南省は海が無いので、淡水魚を食べるのですね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ハクレン



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そういえば、ヨーロッパ滞在中は食事の写真をほとんど載せませんでしたが、たしかに、たいしたものを食べられなかったのです。外食は高いですからね。ファストフードや自炊です。その分、北京では、おいしいものを食べまくるぞ!



食後にWu君のマンションに行きました。みんなで写真を撮り、大歓迎してくれました。友達もヴァイオリンや声楽をしている、若い音楽家達です。

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Wu君は南西部の貴州出身で、先日帰省をしていたそうです。彼は15歳の時にアメリカのJoanie
Maddenジョーニー・マッデンという笛吹きに憧れてホイッスルを始めました。youtube経由で僕にメールをもらい、僕も彼の演奏する
youtubeビデオをみて感激し、それから交流が始まりました。


実は、先日彼が持っていた唯一のホイッスルが壊れてしまい、新しい楽器選びの相談を受けていたのですが、才能ある若者を応援したく、僕が販売をしているアメリカのMichael Burke の笛をプレゼントしました。

彼が一番欲しがっていた楽器で、調べたところ、中国では工員の平均月給以上の値段になってしまうようです。たまたま豊かな国に生まれただけで、何度もアイ
ルランドに行くことができる僕と、アイルランドは遠い夢だというWu君。経済格差なんかものともせず、この楽器で、どんどん夢をかなえて、世界に羽ばたい
てほしい!と願っています。



彼が楽器をプレゼントされたのを聞いて、実家のご両親が、記念の銀細工をお礼に選んでくれたそうです。彼の街に伝統的に伝わる、笙のお祭りを描いたものです!「いつか、貴州に来て下さいね」との言葉も添えて。なんと、北京から電車で26時間かかるそうです!


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明日午後2時から、彼が主催者となり、北京で簡単なレッスンと演奏会をします。僕にとって、中国で初めての演奏です。こちらが広告です。



http://2ch.to/xuLpKnf3EcsMW4Qg4ckiy



クラシックばりばりのピアニストを共演にあてがってくれるそうで、楽しみです!

フルート工房見学 ジル・レアールさん
2011年7月20日 22:28

長年フルートを輸入させて頂いている、ブルターニュのフルート職人のGilles Lehart (ジル・レアール)さんを訪ねた。レハールさんは木製フルートのほか、ビニューというバグパイプや、ボンバルドというオーボエ類の楽器も製作している。

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レアールさんは、フルート奏者というよりは、ビニュー、ボンバルド奏者として演奏活動をしており、ビニューについてはコンペティションでチャンピオンに輝いている。

子供のころ、父親は戦後に始まったバガッドというバンドで、バグパイプを吹いていた。
バガッドはスコティッシュ・ハイランド・パイプスとボンバルド、ドラムスによる大勢のバンドで、戦後に急速に広まったそうだ。14歳の時に、ボンバルドの演奏を始めた。

86年にボンバルドの製作を開始。楽器製作の先生はなく、自分で試行錯誤しながら楽器を作った。88年に、当時ブルターニュでフルートを専門に演奏する初めての奏者であったJean-Michel Veillon(ジャン・ミシェル・ヴェヨン。以下ジャン・ミシェル)の勧めでフルート製作に着手。ブルターニュで最初のフルートメーカーとなった。
これまでに何度か引っ越ししながら、現在は大きな古農家を自分で改装した工房で楽器を製作している。

年間に製作するフルートは50本程度。フルートは、黒檀の他に最近はアフリカのモペインでの製作もしている。

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工房のロッカーには、フルートの各部品を個別にたくさんストックしてあった。1本ずつ作るのではなく、パーツを集中的に作ってから、注文があり次第組み立てて、歌口に穴をあけ、最終調整するよう準備している。これが、レアールさんの納期が早い秘訣なのかもしれない。「フルートメーカーは
一般的に待たせすぎる」と。

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カタログ以外の注文も受けており、スペインのガリシアから、ガイタ(バグパイプ)と合奏するためにEのフルートを注文を受けたり、ブルターニュ南部で演奏される特徴的な音階(フリギア旋法)のためのフルートを特注で製作している。この特殊なフルートは、ジャン・ミシェルの録音で聴くことができる。







レアールさんのフルートは、多くのブルターニュ在住フルート奏者や、一部のアイリッシュ・フルート奏者に愛用されている。素早い反応、引きしまった硬質な音色は、いまやブルターニュ音楽に欠かせない。

現在、ブルターニュには、録音を数えるだけで両手に余るほどのフルート奏者が活躍しているが、レアールさんの言葉を借りれば、すべて「ジャン・ミシェルの弟子」なのだそうだ。

ブルターニュ音楽についてのお話も伺った。ブルターニュには、地方ごとに異なったスタイル、レパートリーがあり、それらは本来まぜて演奏するようなものではないし、音楽家たちは特定の地域の音楽に特化している。アイリッシュのようなセッションは存在せず、スタンダードなレパートリーもない。例えばレアールさんの住むトレゴールは、声楽が特に盛んな地域なのだ。ジャン・ミシェルが参加しているKornog(コルノグ)では様々な地域の音楽を演奏するが、それは珍しいケースらしい。

レアールさんもブルトン語を話すのだが、言葉と伝統音楽は強く結び付いている。ブルトン音楽がアイリッシュのように世界中に広まらず、渋くとっつきにくい感じの存在感を放っているのは、一つに言葉の壁、もうひとつにスタンダード曲の欠如があげられそうだ。

アイルランドでも、北部のドニゴール、西部のスライゴー、東ゴールウェイ、クレア、南部のシュリーブ・ルクラで全く異なった演奏スタイル、レパートリーが培われてきた。現在もそれがないとは言えないけれど、音楽家は意識的にスタイルやレパートリーを選択し、共通のレパートリーによって、全国どころか、世界中でもセッションが可能だ。

逆にいえば、アイルランドでは純粋な地域の音楽の継承が困難になってきているとも言え、ブルターニュ内の地方色が豊かなのは喜ばしいことなのかもしれない。

僕には、どこか青森のねぷた囃子を思い出させた。ねぷたは、地域ごとに異なった囃子が演奏されており、それどころか、笛の種類まで変わるらしい。県外の人にとっては、どの地域の曲に特化するか、という問題もあり、また、その地域の中に自分が生活し受け入れられなくては身につきにくいものだとも思われる。ブルトン音楽の場合は、さらに僕は外国人で言葉が通じないのだから、習得の道は程遠い。

一方で、フルートだからという利点はある。ブルターニュでは、フルートはここ30年ほどの間に使われ始めたにすぎない。そのため、伝統に縛られずに様々な実験が行われてきた。地域的なレパートリーやスタイルというのは無いようだ。ジャン・ミシェル自身は幼少のころから演奏していたボンバルドの演奏法に、インドの横笛バーンスリーやクラシック・フルートのテクニックを取り入れて演奏法を確立したそうだ。外国人がブルトン音楽に挑戦する際に、許容範囲が広いのもフルートならではだと思われる。

ここ10年くらい、アイリッシュ・ミュージシャンがアイルランド的な演奏方法でブルトン音楽を演奏することが普通になってきている。せっかくなら、リズムやアーティキュレーションをブルトン音楽に聞こえるように演奏したほうが良いのではと思う一方で、単純にメロディとして気軽に演奏できることは、伝統の外の演奏者に道が開かれ、喜ぶべきことかもしれない。

ヨーロッパ公演ライブ映像、宮廷のホーンパイプ(楽譜・音源付)
2011年7月18日 09:02
僕のヨーロッパ初公演となった先日のケルヴェンでのコンサート、大成功でした!
僕の旅の軌跡をなぞる内容で、日本、アイリッシュ、ウェリシュ、ブルトン、オリジナルを演奏しました。

地元のお客さんが20人ほど集まって、2ステージ、暖かい雰囲気で聞いてもらえました。 日本から持ってきたCDも買って頂き、好評でしたよ。期間限定でライブの1stステージを公開しますので、お楽しみください。ノーカット。聞き取りにくいMC、ミス等ありますがご容赦下さい。



1・Irish Jigs
2・Ridee 6 temps (Breton)
3・Irish Reels
4・Sheebeg Sheemore (O'Carolan)
5・天満の子守唄(木場大輔編曲)
6・いぶき (hatao)
7・Johnstown reel、Three sunset, La Valsounette(Breton)

前日リハだったので、即興でできるような曲が多めでしたが、ヘレンさんのスパニッシュ・リュート(12弦で、ブズーキではないのです)は、リズムが良く、的確で、演奏しやすく、素晴らしかったです。

次は、木曜日18h30と22h00から、Lannion北のトゥクレールというカフェで演奏します。
ブルターニュの素晴らしい演奏家たちがコンサートをする名店です。

Toucouleur 118 r Poul Palud 22730 Tregastel

さて、今日は日曜日。買い物を楽しみにしていたのですが、どこも休み。カルフールは空いているだろうと思っていたら、ここも見事に休み。権利意識の高いフランス人はきっちり休みます。田舎町であるここPennevanはどこにも行く場所もなく、仕事をして、練習をしていました。

先日ホーンパイプのことを書きましたが、宮廷のホーンパイプの素敵な曲を見つけました。ひとつは、イギリスのパーセル作曲です。

ヨーロッパでは、宮廷文化が時間とともに大衆化されるプロセスになっているので、このような3拍子のホーンパイプがやがてカントリーダンスとして民衆にも愛されるようになったのでしょうね。

パーセル作曲 "Hole in the wall"

"Mr. Beveridge's Maggot"

ヨーロッパには、上品で格調高いものも、民衆のエネルギッシュなものも、愛も美も、目を背けたくなるようなおぞましいものも、全てが混在としてあります。ヨーロッパ文化の幅広さ、奥深さに身が震えるばかりです。知れば知るほど、どれほど偉大で巨大な文明であったか驚きます。

男女が公然とデートすることがはしたなかった中世イギリスでは、男女が知り合えるのはダンスの場だけでした。パートナーを替えながら、近づいた瞬間に会話をし、相手を見定めるのです。アイリッシュのように、体がくっつく踊りが禁止されたのも良くわかります。

これらの曲は、カントリー・ダンスのレパートリーとして、今は伝統音楽家に愛されています。

メドレーにして演奏しました。
"Hole in the wall"は、イングリッシュ・フィドルのDave Swarbrickの演奏を採譜しています。

楽譜
http://www.irishflute.info/traditional_tunes/hall%20in%20the%20wall.pdf

MP3
http://www.irishflute.info/traditional_tunes/hall%20in%20the%20wall.mp3

フランスの食、言葉
2011年7月17日 05:23
ブルターニュは、ケルトといえどもフランス文化が濃厚である。

カフェでコーヒーと言えば、エスプレッソが出る。
朝はクロワッサンにコーヒー。友達と会えば男同士でもほっぺにキス(僕はびっくりする)。
車は左ハンドルの右側通行。音楽もダンスも大好き、情熱的で官能的。
カップルで住んでいる家の壁にふつうに女性のきわどい(というか、放送禁止?)ヌードが貼ってあったりする。日本だったらセクハラになってしまうだろう。

アイルランドでもそうなのだけど、バーでは閉店すると、掃除のために椅子をそのままテーブルに上げる。日本だったら逆さにして、座面を載せる場面だ。食事をする机に、椅子の足をつけるなんて、考えられない。

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テーブルといえば、食卓での会話で、日本がオーストラリアの捕鯨反対運動家ともめていることが話題に上がった。そこから、話の流れでどんなエキゾチックな食べ物を食べるか、という話になった。

ノルウェーではトナカイを食べる、中国ではヒトデやサソリを食べる。
フランスは、カエルやカタツムリ、羊の脳味噌などを普通に食べるので、イギリス人から忌み嫌われていたらしい(今もか?)。う~ん、世界三大料理のフランス料理は、深い。

カルフール(大型スーパー)に行くと、うさぎ肉が平然と並んでいた。モモ肉5ユーロ...ペットとしてうさぎを飼っている身としては悲しくなったが、 ここでしか食べられないのなら、シチューにでもしてみようかな。

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ブルターニュは海産物の宝庫で、スーパーにはカニ、海老、ロブスター、牡蠣やムール貝が山 盛りになっていた。これは、お腹がいくつあってももたないぞ。

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昨日が祝日だったので、ヘレンさんに「何の日なの?王様の誕生日とか?」と訊くと、「私たちはとっくの昔に王様の首を刎ねたのよ」と言われ、今も 皇室を大事にしている日本人からしたら、今更ながらに驚く。自由を自らの手で勝ち取ったフランスはヨーロッパでも珍しい国だろう。
言葉も習慣もあらゆる所で違うフランスとイギリスが憎み合ったのは、納得がいく。

こちらに来てから、できる限りフランス語を使ってコミュニケーションを取ろうと、がんばって覚えている。英語や中国語と同じ感覚で基本的な名詞と 動詞を覚えて、知っている単語を並べれば通じるだろうと思ったのだけど、甘かった。名詞には性別があり、動詞には摩訶不思議な活用があるのだ。

Aller(行く)が、一人称「私は行く」になった時点でvaisになるのがもう不条理。一人称なんだから活用しなくてもいいじゃないか!
名詞の性別については、特に理由はないらしい。太陽はフランスでは男性だけど、ドイツでは女性(だったかな?)と国によっても変わるそうだ。名詞 の性別によって、冠詞が変わる。それでは、外来語を輸入した時、例えば日本の「ワサビ」という言葉を輸入したとき、男性か女性かを誰が決めるの?と質問す ると、その場にいた2人が「俺は女性だと思う!」「男性だと思う!」と議論を始めておもしろかった。

英語でも、性別を意識しなくてはいけない場面がある。
たとえば、ホステルの相部屋での会話。誰かがドアをノックして、入ろうとしたが鍵がかかっててあかない。そこで、アメリカ人が「空けなくていいか らね。フロントに言えば、鍵を空けてもらえるはずだから」と言っていたのだけど、英語では、"You don't need to get it,he, or she, can ask the reception for the key"などと言っていたと思う。性別が分からない時は。このように彼と彼女の両方を言う必要がある。

例えば誰かの家に友達を連れて行く時、家の主に電話をかけて、その友達がカナダ~来たフルート奏者であることを説明したい時、"I will bring a friend of mine.She is a flute player from Canada"のように、代名詞で受けなくてはいけない時に友達の性別が判明してしまう(不都合はないけどね)。これを、"I will bring a fiend, who came from Canada, and plays the flute."としても、その次の句で"My friend looks forward to seeing you"と代名詞を使わないで続けると、英語として不自然になってしまう。

ブルターニュではブルトン語も話されている。レンヌで、フィドル奏者からブルトン語で「こんにちは」はDemat(デマット)と言うんだよ、と 習ったのだけど、フランシスさん(ヘレンさんのご主人)に詳しく聞くとブルトン語に「こんにちは」に相当する言葉は無いらしい。誰かに会ったら、挨拶なし に突然ジョークから入るそうだ。なんとかして相手を笑わせるのが、こちらの挨拶代りなのだとか。
そして、「ありがとう」もない。何かをしてもらったとき、それをそのまま受け止めるのだ。田舎なので、それだけ人と人の距離が近いということなのか。

ブルターニュでは、10以上の方言があるのだとか。フランス全体としても、全くの異言語としてコルシカ語、バスク(フランスにもバスク人がいるのを知らなかった)があり、フランス語でも昔は50キロ離れると違う方言を話しており、お互いに通じ合わなかったのだそうだ。

ヨーロッパは太古からたくさんの民族が覇権を争ってきた土地だけに、文化のモザイクが興味深い。これまで大陸にはあまり興味がなかったのだけど、いつか、もっといろいろな国を深く広く旅をしてみたくなった。



ダブリンのバスキング動画、ブルターニュ中部の町へ
2011年7月16日 07:47
iphoneから動画のアップロードができたので、ご紹介します。

ダブリンのテンプルバーで遭遇したハープとギターの二人のバスカー。話していたら、僕も参加することになりました。2曲目は知らない曲だったので、適当に合わせてます(笑)


レンヌのPlace Saint Anne (サンタン広場)のメリー・ゴー・ラウンド。
パリにも各所にありますが、フランスって感じですよね~...。


レンヌから電車で、半島の南部の町、Vannesへ移動しました。

レンヌで地下鉄に乗り、SNCFという国鉄に乗りました。フランスでは、不思議なことにチケット改札機がないのです。地下鉄でも電車でも、どこで切符を買って、改札をしたらいいのか、非常にわかりにくいです。その気になれば、いくらでも無賃乗車できちゃいます。イギリスもアイルランドも当然、日本と同じくチケットを通さないと通れませんので、どうしてフランスはこの方式なのか、不思議です。

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ヴァンヌで、ギター奏者のヘレン・ブリュネットさんと合流。ヘレンさんは、アコーディオンのフィリップさんに紹介してもらい、今回初めて会います。英語が達者な方で、助かりました。ここから車で一時間かけて、ヘレンさんの住む中部のQuelvenという町に移動します。

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ケルヴェンは中心に15世紀に建設された大きな教会がある、人口80人くらいの集落です。教会の美しさに見とれてしまいました。中ではパイプオルガンがあり、見学者のためのデモ演奏が行われていました。


ヘレンさんは旦那さんと築200余年の石造りのおうちに暮らしています。旦那さんが廃墟を買い取って改装し、1階バーにして経営していたのですが、赤ちゃんが生まれため、バーを友人に譲って、早期リタイアしたそうです。2階で暮らしています。若いのに悠々自適で、素晴らしいです。やっぱり、人生こうあるべきだよなあ、と思いました。

ヘレンさんとの出会いを聞いちゃいました。旦那さんがバーを経営していたころ、アイリッシュ・セッションの会場としてミュージシャンがこのバーを使っていたそうです。ある日、セッションにやってきたヘレンさんが、一晩中ずっと演奏しているのを見て、一目惚れしてしまったんだとか。

ヘレンさんは、プログレッシブ・ロックとトラディショナルの二つの顔を持つギターリストとして活躍しており、先週もスペインのガリシアのフェスティバルで演奏をしてきたそうです。
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今日はフランスの国民の休日なので、フランス中で打ち上げ花火があるのだそうです。そこで、近くの町まで連れて行ってもらいました。ブルトン音楽ではありませんが、生バンドで踊っていました。こういうところも、フランス的。ブリテン、アイルランドとは文化が違うなあと感じます。


明日、ヘレンさんと僕とで、1階でコンサートをします。僕にとってはヨーロッパ初のコンサート。CDも即売します! リハーサルでは、ヘレンさんの上手さにびっくり。どんどん乗せられてしまいます。これは、いいコンサートになりますよ!

Bonjour! Bretagne.
2011年7月15日 18:44
ダブリン空港からエア・リンガスでフランス・ブルターニュの首都レンヌへ。
入管で"Bonjour!"と言いパスポートを渡し、"Merci"と言って通り抜けます。空港の看板も、道行く人もすべてフランス語。これま で、英語圏に一か月おり周りの言葉がちゃんと把握できたのに、全くの異世界に来た感覚です。なんとか市内へのバスを見つけ、乗り込みました。

レンヌへ来るのは2回目。2000年、大学2年生で初めてアイルランドに行った年に、ロンドンin、パリoutの航空券を手に入れて、アイルランド南端のコークから船に乗りブレストからレンヌを経由してパリに行ったのでした。

レンヌでは、アイルランドとは違いホステルなど見当たらず、2つ星の安いホテルに泊まって、スーパーでチーズとオリーブ、ワインを買って晩御飯に したら、それが美味しくて感激したことをよく覚えています。音楽は全くツテもアテもなく、レンヌで一泊してパリに行ったのでした。自分でもよくやったもの だと思いますが、当時からブルトン音楽に強い関心がありました。

レンヌ市街は石畳が敷かれていて、キャリーケースでは歩きづらいです。こう言うとき、バックパックのほうが便利です。大きな石造りの建物、巨大な 大聖堂、メリーゴラウンド、クレープ屋さん、ブランジェリ(パン屋)、パティスリ(ケーキ屋)。人々は、通りに出した椅子とテーブルでくつろいでいます。 街は明るく、中世のままの木組みの家があったりと美しいです。安宿、ネットカフェ、ニューズスタンド、ファストフードの多いダブリンとあまりに違います。


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アイルランドでは、刺青を彫って、肥満で、大酒のみで脂っこいもの大好き、無愛想なアイルランド人に出会うことが多かったのですが、ここでは豊か で健康的で、人生をゆっくり楽しんでいる人が多い印象でした。アイルランドひいきの方には申し訳ないのですが、文化、経済、様々な点で国の格が違うと思い ました。


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レンヌでは、日本で一緒に演奏をしたアコーディオン奏者のフィリップさんの弟、ジャン・マリさんがお世話をしてくれました。彼はフィドル弾きです。200年以上というアパートの一角を自分で改装し、お洒落な部屋に暮らしています。

晩御飯に作ってくれた豚のロースト。早速フランス料理のレベルの高さを実感。山羊のチーズも美味しかった!こういう時、ワインが欲しくなります(飲みませんが)。

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近所のアイリッシュ・パブ"Westport Inn"にセッションに連れて行ってくれました。コーヒーを注文したら、当然のようにエスプレッソとチョーコレートが出てきて、異文化を実感しました。

もう一人のヴァイオリン奏者と3人でのセッションで、アイリッシュに加えて、たくさんのブレトンの曲も演奏しました。ブレトン音楽にはセッションがないと聞いていたのですが、十分可能であることを知れて良かったです。

翌日は晴天で、市内をあちこち散歩したり、家で練習したりと住んでいるように寛ぎました。ブルトン文化のお店で、ダンスの教則DVDを手に入れました。数多いブレトンのダンス音楽の手がかりになりそうです。




ダブリン ~ ブルターニュへ
2011年7月14日 08:17
コークのハミーさんの家から、電車に3時間ゆられ、ダブリンへ。初めてアイルランドで電車に乗りました。天気が良くなかったことと、景色が単調だったため、眠っている間にダブリンに到着。アイルランドの新鮮味が薄れてしまったようです。

ダブリンは昔はアイリッシュらしいというか、田舎町がそのまま大きくなったような街だったのですが、ロンドンやパリと同じような国際都市に変貌していました。路面電車が走り、アフリカン、アジア系、いろいろな人種の人々が行き交っています。

WI-FIが拾い放題なので、アイフォンで近くのホステルを探し出し、チェック・イン。まだ陽が高いので、都心部を散歩してきました。グラフト ン・ストリートでは、バスキング(路上演奏)がいくつも繰り広げられていました。

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クラダ・レコードの本店にも行きました。けど、昔からそうなのですが、ど うも、自分にはこの町は合わないです。せっかくアイルランドに行くなら、アイルランドらしい田舎がいいなと思います。

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ちょっと風邪をひき始めたようで、疲れを感じたので、行ったん宿に戻り、夕食後、再度、ホイッスルだけを持って、テンプル・バー界隈へ。

昔はゴガティーズやテンプルバーといったパブで伝統音楽のセッションが聴けたのですが、たまたまだったのか、どちらもカントリーみたいなライブに なっていました。帰ろうかと思った頃、路上でギターとハープを広げている男女に遭遇。弾く様子がないので、終わったところ?と話しかけると、流れで、僕も なにか弾くことになりました。

一緒に演奏していると、なんとリムリック大学で一緒だったデンマーク人のバウロンの少女が通りかかり、お互いに「こんなところでなにやってるの!?」とびっくり。連れのアイルランド人と一緒に、セッションに行こう、ということになりました。面白い流れです。

着いたパブはコブルストーンズ。10年くらい前に来たことがありますが、この近所も開発されて、だいぶ変わっていました。都心からちょっと離れているからか、通りに人気はなく、パブも静か。壁には「ミュージシャンに敬意を」と書かれてあり、温かい気持ちになります。
ゲール語を話すアコーディオン奏者と出会い、「英語とEUは、文化と経済でアイルランドを食い物にしている」と訴えていました。若いアイルランド人から、北アイルランドの紛争が現在も続いていることを聞いたのですが、真偽がわかりません。

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翌朝、飛行場へ。youtubeとfacebookを通じて知り合ったSean Whelanさんというギターリストと、日本人ハープ奏者のジュンシ君と待ち合わせをして、お茶をしました。二人はデンマークに演奏に行くところだそうです。本当に、良いタイミングでした。

プロペラ機で、フランスのレンヌへ。



キラーニー ~ ハミー・ハミルトンさんに会う
2011年7月13日 20:57
9(土)~の日記です。
カウンティ・クレアの片田舎のドゥーリンからフルートメーカーのハミー・ハミルトンさんに会うためにコーク方面へ移動を開始しました。リムリックでバスを乗り継ぎ、キラーニーで一泊。5時間くらいでした。

キラーニーは国立公園のそばにある小さな町。観光の拠点になっているため、街は華やかで、たくさんのお土産物屋、パブ、ファストフード店がひしめいていました。到着したころはもう夕方だったので観光らしい観光はしませんでした。

バス停そばのカラフルなホステルに泊まることにしました。夕方ころ、ダイニングに誰もいなかったので練習していると、ドイツ人の家族がやってき て、聴いてくれました。小学生くらいの男の子が、学校でティン・ホイッスルを習ったんだと喜び、紅茶を差し入れしてくれ、嬉しかったです。

ドミトリー(相部屋)では、なんとフランスのブルターニュから来ているという男性に出会いました。
僕はこれからブルターニュに行くところだったので、お互いに驚きあいました。晩は、彼と連れだって近所のパブに行き、セッションに参加しました。彼は初めて見るアイリッシュ・セッションだったので、喜んでいました。

翌日、彼はサイクリングに出かけ、僕は時間があったのでバスキング(路上ライブ)を試してみようと決意し、街に出掛けました。

と言っても、ハミーさんの家に向かうバスまで30分くらいしかありません。人の多い通りのベンチを見つけ、そこに座っているおじさんに、「今から演奏をしたいのですが、度胸がないので、お客さんになってくれませんか」と頼むと、快く引き受けていただきました。
僕もベンチに座りながら一曲演奏すると、上手だね、と驚かれ、4ユーロを弾んでくれました。誰も足を止めてはくれなかったのですが、おじさんに何 曲か聴いてもらい、僕は満足でした。お礼にCDを1枚渡してきました。おじさんの親しい友人がフルート奏者で、ミルタウン・マルベイで今週レッスンをして いたそうです。

バスに乗り、ハミーさんの家へ。Cuil Aodha(クーレー)という村にあり、この地域はゲール語を話す人たちが暮らすゲール・タクトです。ハミーさんは奥さんとお嬢さんと暮らしており、家ではゲール語を使っているそうです。

この村にはTop of Coom(谷の頂上という意味だそうです、よく考えると不思議な名前です)という、アイルランドで一番標高が高い場所にあるパブがあります。リムリックで レッスンを受けたフルート奏者のConal O'Gradaさんのソロ・アルバムのタイトルになっており、ハミーさんとコナルさんは良くそこで演奏したそうです。

ここで、羊の毛刈り競争大会が行われているということで、連れて行ってもらいました。4本角がある羊がアイルランドの農家では流行しているそうです。

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夜はハミーさんの家で近所のご友人を招いてバーベキューをして頂きました。リムリック大学を出てから自炊に切りつめていたので、もう美味しくて頬がこぼれそうでした。お礼に何曲か演奏を聴いて頂きました。笛芸もたいそう受けましたよ。

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滞在中に、フルート工房も見学させて頂き、僕のフルートの修理もして頂きました。

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もともとあったジョイント部分のコルクが傷み、日本で糸に変えたものの、うまく調整できなかったのです。糸は水気を吸って膨張しやすく、隙間があいたりきつくなり過ぎたり、手に負えませんでした。そこで、コルクを貼り直して頂きました。

また、実は原因不明で低音がうまく鳴ならい症状が1年近く続いていたのですが、ハミーさんは足部管のキーの不具合だと見抜き、修理して頂きました。おかげで、鳴る、鳴る!

日本ではできない修理だったので、レンタカーのトラブルにもめげずに来た甲斐がありました。次回のフルート教本に収録するインタビューにも応じて頂きました。

本当に何から何まで、お世話になりました!ありがとう!




over the trouble 2
2011年7月11日 23:53
アイルランドの深夜に日本のカード会社に連絡を取り、なんとか緊急で上限を引き上げてもらうことができました。

正直なところ、現金を月曜日まで調達できなければ食事も宿代も支払えず、週末をどうやって乗り切ろうかと困り果てていたので、少し安心できました。

翌朝、再びリムリックのレンタカーオフィスへ。昨日とは違う担当者でしたが、カードの引き上げに成功したことと、予約ナンバーを伝えると、その車はもうないと言われました。朝一番で、誰かほかのお客さんが借りて行ったそうです。

想定外の事態に眩暈がする思いでしたが、すでに火曜日までのお金を支払っており、キャンセルするとは一言も言っていないのだから、他のお客さんに貸すなど信じられないと怒りました。

他の車を用意しなさい、と言うと、「マニュアルならありますが...」ということでしたが、僕の免許はオートマ限定なので、運転できません。ほかのオフィスに連絡を取れるか訊きましたが、近くには会社がないそうです。

そこで、返金を要求しました。この会社の親会社はUKにあり、電話をかけてくれたのですが、土曜日だったため休業で、月曜日に改めてカスタマー・サポートに電話をするように言われ、電話番号を渡されました。それ以上何か出来ることが思い浮かばず、車を完全に諦め、再び途方に暮れました。そこで、ちょうどウィリー・クランシーが開催されているクレアに行こうと思いたち、ドゥーリンに向かった次第です。

結局、電話を持っていないため月曜日になっても何もできず、親会社のホームページを通じてメールを送り続けましたが、まるで返事がありません。

そこで、ドゥーリンの滞在を終えた翌土曜日、キラーニーに行くバスの乗り換えでリムリックに立ち寄り、再びレンタカーオフィスを訪れ、次の月曜日に僕に代わって電話をかけてもらうよう依頼しました。さて、無事返金がされるのでしょうか。

ハミーさんと奥さんのノリーンさんにこの件を伝えると、たいそう怒り、アイルランドの恥だから、もし返金ができないと言われたら、私たちが必ず取り返してやる、と言ってくれました。

さて、この国を自力で旅行する方にアドバイスしたいことがいくつかあります。

まず、ノートPCがあると非常に便利です。メールで連絡を取り合うことはもちろん、スカイプどうしでのテレビ電話だけではなく、お金はかかりますが、実際の電話番号にかけることができます。宿や鉄道の予約、下調べもできます。ネットカフェは殆ど普及しておらず、ホステルにも共有のパソコンなどありません。重くてかさばりますが、PCがないとストレスを感じる人は必要でしょう。

アイフォンは、現地でSIMカードを購入すると使えるようにできるそうですが、ついに分りませんでした。正規の手段で日本と同じ感覚でパケット通信をするには、データ・ローミング・サービスを利用して1日1500円で定額利用できます。僕は使っていませんが、旅先では、グーグル・マップのナビが非常に便利とのことでした。

海外の定額サービスが始まったのは最近で、以前は、数時間の利用で数十万円請求されるケースが相次いだそうです(いわゆるパケ死)。僕も、これには非常に神経質になりました。

WI-FIが接続できる環境であれば、アイフォンからのツイッターや、google翻訳、メール受信も可能ですので、PCの代わりになります。

ビデオ・カメラは、アイフォンを利用することで十分目的が果たせたので、送り返してしまいました。電池用の充電器も、パソコンがあればUSB経由で充電ができますので、使いませんでした。

お金に関して、トラヴェラーズ・チェックはすでに時代遅れで、非常に不便です。
作るのにもお金がかかり、現金化にもお金がかかります。アイルランドでは、国営のThe bank of Irelandも郵便局も、取り扱いを止めました。よほど為替レートが良い時に作っておけば、いつか海外に行く時、レートが値上がりしていたら得になりますが、それ以外の利用価値が見つかりません。

クレジットカードは、田舎でもスーパーなどにATMがあり非常に便利です。ヨーロッパはとてもクレジット・カードが普及しており、カフェの食事、ガソリンスタンド、飛行機の予約までほとんどすべてでカードが使えますので、余り現金を持ち歩かないようです。僕のように残高で引っ掛からなければ、カードで済ませるのがよさそうです。

最善策は、必要になりそうな現金を出国前に用意しておき、あとはカードを利用することです。通販の両替商もあります。

ヨーロッパの通信、交通、金融、郵便事情は日本と違い不便なことが多いので、慣れが必要です。

あとは、すぐにどうにかなるものではないのですが、語学力。普通に旅をする分にはカタコトでも問題ないのですが、トラブルに陥ったときに事情を詳しく正確に説明し、自分の要求を相手にうまく伝えるには、それなりの語学力が必要です。実際、フランスや中国で同じトラブルが起こっていたら、僕はどれだけ対応できたかわかりません。旅をする予定のある方は、1年くらいかけてじっくりと、語学力を鍛えておくと、役に立ちます。

語学力がなくてもやっていける方法は、友達を作るコミュニケーション力があること。現地で信用できる友達ができれば、助けを求めることができます。ここは、シャイな僕には弱いところですね。

over the trouble
2011年7月10日 16:44
ブログでは説明していなかったのですが、リムリック後に予期しない出来事があり、旅の計画が変わってしまいました。

ひとつは、1週間ダブリンで受講すると書いた伝統音楽のディプロマ・コース。オーディション(音源審査)に合格し、リムリックの翌週からスタートするものと思っていたものの、合格通知が来たときに、それがリムリックのコースの期間中であることがわかりました。

ホームページでは、具体的な日程は書いておらず、7月の最初の土曜日から始まります、とだけあったのですが、実際には6月の最後の土曜日スタートだったのです。

日程については日本にいるときから問い合わせしていたのですが、その件についてのみ返信がないままでした。もちろん、受講料は支払わず、参加を見送ることになりましたが、年に1回のみの開催でそうそう受けられるものでもないので、とても残念でした。

もう一つは、リムリック大学のコース最終日から予約をしておいた、レンタカー。
交通の不便なアイルランド南部を回るつもりでした。

5日間の予定で、ネットで代金を支払ってありましたが、大学が終わってからレンタカーオフィスに行くと、「保険のデポジット(仮払金、何も起きなければ返金される)のために、クレジットカードで€250必要」と言われ、何度カードを読みこませようとしても、はじき返されてしまいました。

おそらく、カードの残高を使い果たしたためだと思います。航空券、生活費、仕事の支払などすべてこの1枚のカードを使っていましたから。

クレジット会社に連絡をして上限を引き上げてもらおうと思ったのですが、オフィスに電話がなかったので、街から電話をしたところ、日本時間の営業時間中(つまりアイルランドの深夜)に再度かけてください、とのこと。

オフィスの人に、現金は受け取らないのだと言われ、どうしようもなくその日は諦めることにし、夜中に日本に電話をして、翌日また行くことにしました。

ただ、ピンチだったのが、財布に現金もほとんどなかったこと。TC(トラヴェラーズ・チェック)はまだまだあったのですが、すでにその時点で5時になっており、銀行も両替商も閉まっていました。

本来は、この日のうちにカウンティ・コークのフルート・メーカーのHammy Hamiltonさんの家に行き宿泊する予定で、ハミーさんの奥様が料理を作って待っているはずなのですが、どうしようもなく、電話で事情を説明しキャンセルさせて頂きました。これが精神的に一番つらかったです。

次に、その日の宿泊を確保しなくてはいけません。電話を持っていなかったので、話とりあえず郊外にある大学に戻り、寮の受付に事情を話すと、あちこちのB&Bに電話をかけてくれました。しかし、週末で夕方であることもあって、どこも満室。大学の寮はとても高いのですが、やむを得ずなけなしのお金で泊まることにしました。

blasの受講生はほとんどがこの日の昼間に解散して帰りましたが、まだこの寮に残っていたノルウェー人とスコットランド人の友人がいたおかげで、話を聞いてくれたり、一緒に夕食にいったりして、だいぶ気分が和らぎました。ありがたかった。

アイルランド時間の深夜に、妻にスカイプで電話をかけました。カードのことは本人ではなくてはいけないので、なんと、スカイプ越しに受話器を当ててもらい、日本のカード担当者と話し、なんとか限度額の引き上げに成功しました。PCを持って行って、本当に助かりました。

ところが... (トラブルはまだ続くのです)

旅の意味
2011年7月 9日 04:27
アイルランドの旅は、終わりにさしかかっています。

新たな出会いや新しいことを吸収する刺激に満ちたウェールズやコーンウォールの旅とは違い、今回の旅行は自分の中では「確認」の意味合いが大きかったなと感じています。

リムリック大学のblasでは、世界に名の知れた講師陣に会うことができました。
レッスンでは技術や知識について目新しいことは少なく、それよりも先生の実演や、話の中から感じることが多かったです。

マーティン・ヘイズ(フィドル奏者)からは、曲の美しさへの気づきを与えてもらいました。
ジェラルディン・コッター(ピアノ)にはリズム感とクレアの音楽の豊かさについて考えさせられました。ブレンダン・デ・ガリ(ダンス)には、世界最新鋭のアイリッシュ・ダンスを見せてもらいました。
歌手・ブズーキ奏者のドーナル・ラニーが、あれだけアイルランド音楽の巨人であるにも関わらず、参加者の高校生が作った歌に真剣に耳を傾け、一緒にブズーキを演奏している姿勢にはミュージシャン・シップを感じました。
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ウィリー・クランシー・サマー・スクールでは、さまざまなフルート、ホイッスル奏者を見て、自分が何が好きなのかを改めて確認することができまし た。コンサートでは演奏していなかったのですが、元チーフテンズのフルート奏者、マイケル・タブラディさんがダンスの伴奏でフルートを吹いていた時、素朴 で懐かしい演奏に、ほろっと来ました。こういう素朴な良さは、きっともう見向きされなくなっていくのでしょう。

実は、7年ぶりのアイルランドで、渡航前は腕試ししたいという気持ちも少なからずあったのですが、演奏者の多いパブ・セッション、仲間内の輪の中に入っていくことのストレス、演奏者どうしの
微妙なテンション(ストレス)などの状況が僕には心地よいとは思えませんでした。

場所を転々としながら毎晩新しい場所でその場限りのセッションに参加する意義が感じられず、
積極的にはなれませんでした。気心知れた仲間同士、好きな曲を好きなペースで演奏するのが僕には合っているようです。それがお店の中である必要はありません。

また、新しい曲を習うこともそれほど積極的にはなれませんでした。曲は際限なくあり、セッションに参加していてもCDを聴いていても、覚える気が なくてもどんどん頭に入ってくるのですが、それが自分のキャラクターを表す曲かどうか、一生弾いていきたい曲かどうか、という基準で考えた場合、なんてい うことのない曲が多く、それをいくら覚えても仕方がないように思ってしまいます。

セッションで皆が知っている代表的な曲(300曲くらい)と、あとは人が余り知らなくても自分の中のベスト20曲くらいのユニークなレパートリーがあれば、十分だと思います。

大きな変化と言えば、今まではフルートとホイッスルにしか関心がなかったのに、もっと広い意味で音楽をとらえられるようになったこと。フィドル、 アコーディオン、パイプ、それぞれの魅力や楽しみ方がわかり、別の楽器といえどリズム感、選曲、ヴァリエーションは楽器を超えて刺激を受けられるようにな りました。

フルート奏者として、他のフルート奏者がやっていることを聴いて取り入れても、ただのまねごとにしかならず、フォロワーは新たな価値を生み出せま せん。マット・モロイもクリス・ノーマンも、フィドル奏者のレパートリーをフルートで取り組んだことが彼らのスタイルであり価値となったのです。
真似るならスタイルやレパートリーではなく、方法論や姿勢をまねるほうが深いです。

さらに、歌やダンスも何が良くて、自分の好みなのかがわかってきました。これは日本で
歌手やダンサーと一緒に演奏する機会があったことが大きいです。

上手い下手とか、テクニックがすごいとかじゃなく、それを見た時にどういう気分になるか、その場にいて幸せに感じられるかどうかが大切で、それには楽器の違いも歌もダンスも関係なく、その人の作る場の雰囲気、時間、関係性で決まるものなのだと思います。

渡航の一つの目的はCDをプロモーションすることでした。CD店に売り込みしたいと思っていたのですが、リムリック大学の講座で、ドゥーリンでCD店を経営しているオーラさんと知り合い、CD店の現状を聞くことができました。

アイルランド人のミュージシャンのCDでも1店舗で1か月で数枚程度にまでCDの販売が落ち込んでいること、海外のミュージシャンは殆ど売れない こと(アメリカ系のミュージシャンのCDでさえ余り見かけませんでした)などを見ると、オリジナルのCDを置いてもらうこおは困難だと思いました。一応サ ンプルを手渡し、お願いはしてみましたが。また、blasの何人かの参加者が買ってくれて、講師にもプレゼントしてきました。

もし日本人のミュージシャンのCDが売れるなら、守安さんがとっくにやっているところでしょうが、守安さんのCDも見かけませんでした。別のアプローチを講じた方が良さそうです。

アイリッシュに関して今後、先生について習うことはもうないでしょう。

技術的なことよりも、自分の演奏スタイル、音楽観を豊かにすることを考えたいですし、それは日本で、自分の力でもできることです。

アイルランド音楽の学習者がアイルランドに来る意義も、昔に比べて少なくなってきたように感じます。日本にも優れた奏者や先生がいますし、情報は 無料でいくらでも手に入るし、CDを聴いて独学するだけでもかなりのレベルまでできることと思います。さらに、来日するミュージシャンに会いに行くことが できれば、かなりカバーできるでしょう。

わざわざこちらまで来ることに意義があるとすれば、その土地の空気を感じ、文化の違いを感じ、本物の伝統にじかに触れ(何が本物かも含めて自分で 見つけるのです)、確固たる芯を作ることです。時に、打ちのめされるような経験も大切だと思います。そればかりは、ネットや本ではできません。

10年で一区切りというか、自分の中でいろいろなことがすっきりし、本当に来てよかったです。
長文お読み下さり、ありがとうございました。


ウィリー・クランシー・サマースクール
2011年7月 8日 02:42
アイルランド最大のサマー・スクール、ミルタルン・マルベイに再びやってきました。

なんと10年ぶりの参加でしたが、僕が参加した数日間は天候に恵まれず雨続きで、人も少なかったです。10年前は、道にあふれるほどの楽器店や雑貨屋が出て、人があふれるほどでした。地元の人も同じように感じているようで、景気の悪化と、アイリッシュ・ブームの沈静化を肌身に感じています。
 
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楽器店が3軒もあったのには驚きました。この街が活性化するのは年に1週間だけなので、もちろん、この時期限定なのでしょうね。京都のパブ「field」に通っていたマテオが、楽器店で働いていて嬉しい再会を果たしました。彼なら広めてもらえるだろうと思い、ソロCD「縁」を渡してきました。

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地区センターで開かれた火曜日のフルート&ホイッスル リサイタルでは、20人を超える奏者が1人1セットずつ演奏していくという贅沢な形式でした。
ほとんどのプレーヤーを知っていましたが、CDでは聴いていたものの初めて見る奏者も多く、さまざまなスタイルが楽しめました。

アイリッシュ・フルートに関して言えば、やはりしっかりした音色とリズムの奏者により心が惹かれます。Aoife Granville(イファ・グランヴィル)という奏者や、Louice Mulcahy(ルイーズ・マルカヒー)という女性奏者が新しい発見でした。

大御所では、ホイッスルのSean Ryanが超絶的で目を見張りました。Paul McGrattanは、スローエアーのEaster Snowを演奏していました。10年以上前のCDに収録した曲ですが、18番なんですね。
ケリーのフルート奏者Billy Clffordは、モダンフルートで流れるようなリズムで演奏。僕の最初の師匠のEamonn Cotterは、ずいぶんお腹が出てました^^;
彼は喉の代わりにタンギングを多様するスタイルですが、フルート界では異色であることがよく理解できました。最初に受けた影響って大きいですね。
地元在住のティン・ホイッスル奏者Brid O'Donoghueは、クレアらしい懐かしい感じのスローエアーでしみじみしました。最後はロスコモンのJohn Wynneと老Patsy Hanleyのデュエットで、大盛り上がりでした。

木曜日は、クレア名物タラ・ケーリーバンドのケーリー(ダンス会)を少しだけ見てきました。町外れの臨時特設会場で、10名ほどのメンバーのダンス・バンドで、200人以上はいるかと思われるダンス愛好家が踊っていました。

クレアには16個のケーリー・バンドがあるそうですが、中でも人気1、2位を争うのが、このタラ・ケーリー・バンドとキルフェノーラ・ケーリー・バンドです。タラ派かキルフェノーラ派かで好みがはっきり分かれるそうで、お互いのバンドが口も聞かないという時代があったとか。

僕が到着したときには、フィドルのマーティン・ヘイズがソロを弾いているところで、人垣ができていました。

僕はもともとは見学だけで踊るつもりは無かったのですが、日本人ダンサーの皆さんに誘って頂き、参加しました。東京から参加のダンスの女性にうまくリードして頂き、カレドニア・セットというダンスで、5曲くらい踊ったでしょうか。とっても楽しかったです!

ダンスをしているとき、何の曲が演奏されていたかなんて分析もできなくなり、ただリズムに体を揺らし、流れに乗って踊るだけで、とても幸せな時間・・・。

ダンスのとりこになってしまう気持ち、わかります。一緒に踊っていただいた皆さん、ありがとうございました。
今日は再びドゥーリンに戻ります。




2011年7月 5日 10:18
今週、アイルランド最大の音楽祭が、ここカウンティ・クレアのミルタウン・マルベイで開催されている。今回の旅行を決めた当初は行くつもりだったのだけ ど、焦点をリムリック大学にしぼったので、候補から外していたのだ。というのも、最大の音楽祭だけあり、国内はもとより、世界中から受講生や、セッション を求めて猛者たちが集まる。宿の予約は半年前からでも取りにくいことで評判だ。

でも、今滞在中のドゥーリンからは近いので、やはり気になる。まして、今日はフルート&ホイッスルコンサートだという。車があればよかったんだけど・・・。

ということで、バスで行ってきた。ドゥーリンからミルタウンへの直行バスは無いので、途中のラヒンチで乗り継ぎ。12時半ドゥーリン発のバスに 乗ったけど、乗り継ぎの待ち時間が2時間もある。ラヒンチは海辺の小さな街。サーフィンや、ゴルフでリゾート化されている。雨も降り風が強かったので、カ フェでお茶をして、バスを待つ。野良WI-FI電波を拾ってツイッターもできた。

いざ、ミルタウンへ。懐かしい!10年ぶりだ。以前の活気はなくなってしまって、B&Bにも「空きあり」の看板が目立つ。以前はたくさん来ていた日本人も、3人しか見かけなかった。

メインストリート沿いにできた小さな町なのに、楽器店が3件もあり、パブが10件以上ある。まるでこのお祭りのためだけの町のようだ。セッション は1つのパブで3か所くらいで開催されていたりする。Bbセッションや、若者のモダンチューン・イケイケセッションや、歌のセッションなど、バラエティ豊 富な中から、お客さんが少ない場末のまったりセッションを選んで参加。
すると、そこにいたフルートの女性が、僕と昔、ダブリンのセッション会ったことがあると覚えていてくれてびっくり。

20時からのコンサートは、かわるがわる、20人くらいの笛奏者が1セットずつ披露する。詳しい感想は機会を改めたいけれど、国内各地のいろいろなスタイルが聞けて、楽しかった。

コンサートのプログラムにクリスティ・バリーさんというフルート奏者の名前があり、彼はドゥーリン在住で昨日のセッションで見かけたので、帰りの 車の便乗をお願いできるかも、と思って期待していたけれど、最後まで出演せずじまいだった。目算がはずれた、どうやって帰ろう... 仕方ない、ヒッチハイク を試みよう、と会場受付でマジックと紙を借りて、DOOLINと書く。

これを持って、道端で立っていたら、徒歩のおじさんが近づいてきて、「hataoじゃないか?」と。

なんと、僕を知っている人がここにも。彼は、アメリカ人のダンス愛好家で、以前仕事で日本に来ていたことがあり、僕の演奏を聞いたとか。失礼なが らこちらは全然覚えていなかったのだけど、名前まで覚えてくれていて、感激。途中のラヒンチという街までなら送るよ、と乗せてもらった。

さて、約束通りラヒンチで降ろしてもらい、ここからである。この時点で23時。タクシーを使おうと思ったけど、こんな小さな町だから、一台も走っていない。ここに宿泊するような場所もない。
覚悟をきめて、歩くことにする。WI-FIでgoogle mapを開き調べると、11キロ、徒歩2時間30分とある。行けないことはないはずだ。

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WI-FIが切れても地図が確認できるように、拡大した地図を写真に撮る。11時だというのに、空はまだ明るい。風もない。

歩き始めた。さみしいので、英会話ラジオを聞きながら、無心に歩く。農場の真ん中、家も人気もない道。時々、車が通りすぎる。 この道であっているのかなあ...でも、間違ってても引き返せない。いくところまで行って、迷ったら明け方になるまで待って、助けを求めよう。
昔、車のなかったころは、人々はこうして歩いて移動していた。旅のダンス教師、音楽教師も、こうして村々を訪ねて行ったのだろう。

丘を登ったら、360度の草原の中、あちこちにぽつん、ぽつんと明かりが見える。地図を見ながら、あれはミルタウンの灯、ラヒンチの灯、リスカノアの灯、と位置関係を確認。間違ってはいないはずだ。

1時間くらい歩き、あまりに何もないので心細くなったころに、向こうから車がやってきた。まぶしいから顔を覆った。そしたら、そこで止まった。「hatao!何しているの?」と声をかけられて、びっくり。

リムリックで一緒にコースを受けていた、ピアノのオーラさんだ。彼女はドゥーリンに住んでいる。
ミルタウンまで、お嬢さんを迎えに行く途中らしい。
「もうすぐそこよ!今からミルタウンに行って、引き返す頃にはもう着いていると思うわ」。

道が間違っていなかったことにほっとした。こうして、困っているところに必ず、誰かの手が差し伸べられる。ツイている。ありがたい!さらに暗い道を歩いたところで、ドゥーリンの明かりが見えた。

思いがけない冒険となった。11キロ、2時間で帰れた。
達成感を覚えた、気持ち良い散歩だった。

ウェールズのCeriさんとのキッチン・セッション
2011年7月 4日 08:35
ウェールズのケリさんのところでのセッション動画が
ケリさんのyou tubeに載っていました。


旅の足跡ということで、貼っておきます!

懐かしのドゥーリン
2011年7月 2日 07:20
その後、予期せぬ出来事がいくつか起きて、ブログ読者の皆さんにはダブリンにディプロマコースを取得しに行くとお伝えしたままでしたが、今、アイルランド西部のカウンティ・クレアにある小さな村、ドゥーリンに来ています。
伝説的ティン・ホイッスル奏者、マイコー・ラッセルゆかりの地で、小さな村ながら、コアな伝統音楽の息づく村です。

ドゥーリンに初めて来たのは2000年の2月でした。守安さんの本でマイコー・ラッセルとこの村のことを知り、必ず行きたいと思って予定に入れていました。

何もない野原の道路沿いにある集落で、パブが3件、ホステルが2件と、あとは農場、近くにCliffs of Moherという断崖絶壁があり、まさに地の果てのような場所でした。
真冬だったので観光客もなく、夜になると真っ暗になり、月明かりもない曇りの夜には、真っ暗な道を道路わきにある石垣を手探りで伝いながら、パブまで歩いたのでした。パブでは、長靴を履いたままの農家のおじさんや、普段着のおばさんが、ぎゅうぎゅうづめになってお酒を飲んでいるのでした。
すごく遠くを走る車のヘッドライトが闇夜を明るく照らしては、消えてゆきました。
このとき本当の闇を生まれて初めて見たように思います。妖精がどこから出てきてもおかしくないような晩でした。

久しぶりに来た村は、ずいぶんと変わっていました。バブルを経験して、リゾート化され、農場はゴルフ場やキャンプ場になり、高級なB&Bやホテル、別荘ができ、パブもホステルも増え、道路は舗装され、綺麗になっていました。パブは、どこも音響が入り、セッションではなく、固定メンバーでのライブになっていました。

ドゥーリンのような場所はどこにも無いと思っていたので、本当にがっかりしてしまいました。

ジェラルディン・コッターさんが、初めて守安さんに会った80年代(?)のことを、語ってくれました。
そういえば、ここ5、6年来ていないわね...と言っていましたが、理由が分かる気がします。もう、クレアは昔のクレアでは無くなってしまったのでしょうか。

blas最終日
2011年6月30日 10:10
最後の晩となりました。

水曜、木曜とフルートのNiall Keegan(ナイル・キーガン)さんが先生でした。 ナイルはアイリッシュ・フルート奏者の中ではかなり異色で、なんとも言い難い独特な演奏スタイルを持っており、伝統的ではないことをたくさんするので、好みが分かれます。 これまで、彼の演奏が嫌いだという人を何人にも会ってきました。 聴いて頂くのが早いですね。

 


彼は10年くらい前にソロCDを発表しているのですが、最初に聴いた時は本当に驚きました。 想像をはるかに超えるような演奏でしたから。超絶的な技巧も駆使するので、かなり研究しました。

実際に会ってみて、余りの巨体にまずびっくり。相撲取りのようです。 または、ウシガエルがフルートを吹いているような。フルートが短く見えます。 それで、いつも口が悪くて、「クレアの退屈なポルカなんかやってらんねえ」とか、 「フィンガー・ビブラートなんてくそくらえだ!」とか、「キーなしフルート持ってきやがって」 (すべて日本語意訳)とか言っているのですが、実は温厚ないい人です。いや本当に。

面倒見もいいし、質問にも丁寧に答えてくれます。 大学教授だけあって、知識も豊富で、音楽を説明する言葉をちゃんと持っている人です。 こういう異色な人が教授っていうのは面白いです。

レッスンでは、理不尽にやたらと装飾を増やしたり、半音階を使ったりするのですが、 理由を聞いてはいけないような気がしましたので、笑ってついていきました。

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もう一方対照的なのはピアノのジェラルディン・コッターさんの教室で、こちらはカウンティ・クレア の音楽そのものの、温かくて、やさしいレッスン。テクニックを習うことにも、もちろん興味は あったのですが、それ以上に、ただ聴いているだけでウキウキ、ニッコリ、幸せな優しい気持ちに なるジェラルディンさんの音楽、人柄が素敵でした。

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コッター先生は、かなりの田舎であるクレアで、静かな生活の中で音楽を愛している女性というイメージがあったのですが、今や大学で教鞭を取っているとは、アイルランドも変わったものだと思いました。

blasでは、フルートはKevin Crawford、Conal O'Grada、Niall Keegan、ピアノはGeraldine Cotter,
Aileen Dillaneに習ったのですが、全く異なるスタイルの先生についたおかげで、伝統音楽には正解はない、逆に言うと100人100通りの正解があり、その 中から誰に影響を受け、誰のスタイルを学んでいくか、主体的に選んでいくことが大事だと感じました。先生によって、楽器の持ち方や装飾のタイミング、方法などすべて異なります。「~先生はこう言ってました」と矛盾を指摘しても不毛なのです。

僕は、それぞれの先生の良さを感じたので、すべて先生に言われたとおりにできるように努力したうえで、自分なりに良い部分を取り入れていこうと思いレッスンに取り組みました。

セッションでは、Bothy BandやPlanxityなど70年代~のアイリッシュのリヴァイバルの中で重要なバンドの主要メンバーである、Donal Lunnyドーナル・ラニーさんがいました。彼は日本に住んでいたこともあり、日本は世界で一番いい場所だと言っていました。彼のブズーキ、本当に素晴らしいリズム、音色でした。

フィドルとバンジョーのトップクラス奏者であるJohn Cartyさんもレッスンに来ており、コンサートやセッションを見ました。録音では思いもしなかったのですが、とても小さな音で、派手ではない演奏でしたが、しっかりとしたリズム、心地よいスイング感を持っていました。

最終日のセッションは、ケリーのアコーディオン奏者で、語り部で、歌手でもあるSeamus Begley シェイマス・ベグリーさんも参加していましたが、彼は濃厚なアイリッシュ・ネスを持った人で、ユーモアがあり、ちょっとひねくれていて、おおらかで、一昔前の田舎にならどこにでもいたようなおじさんですが、今とはなっては貴重なキャラクターだと思いました。
歌い、踊り、ゲール語で話し始め、ユーモアのある歌でパブを爆笑の渦に巻き込み、セッションは完全に彼のものになっていました。

最後の晩に、このような古き良きアイルランドらしさに触れられて、良かったです。
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カルチャー・トーク
2011年6月28日 09:30
箱が無いのである。

日本に荷物を送りたいので、大学から一番近い、徒歩20分の郵便局に、荷物をそのままもっていった。UKの郵便局で、箱やラッピング用品を売っていて、便利でいいなあと思っていたので、アイルランドも同じように取り揃えているものと思っていたけど、期待ははずれてしまった。
「その辺のお店で探しなさい」。

大学に戻って、コンビニ、文具店を回ったけど、「あげられる箱は一つもない」とそっけなく 断られてしまった。日本だったら、つぶした箱を探して、なんとか助けてくれそうなものを、 こっちの人は仕事に関係ないと思ったら、愛想のかけらもない。

というわけで、まだ送れずじまい。日本の物量、輸送システムは本当に素晴らしいと思う。 それから、店員のサービスの良さも、僕が知る中では世界一だ(ちなみに、2番目は台湾)。

銀行で、100€のトラヴェラーズ・チェック1枚を両替しに行ったときのこと。 男性の銀行員から、「手数料が3ユーロかかりますが、いいですか?」と言われ、もしかしたら ここではなくて国営銀行なら、手数料がかからないかもと思って、やめることにした。

しかし結局、国営銀行が見つからなかったので、諦めて、翌日再び銀行に行き両替することにした。女性の銀行員が受付で、何も言わずに両替を頼んだら、手数料は一切かからなかった。 お金を受け取って、「手数料かからないんですか?じゃあ、もっとお願いします」と言ったら、 面倒くさそうに、「2枚以上はかかるんです」と。それで諦めた。

そこで、次の日にまた1枚だけ両替しようと銀行に行ったら、同じ女性行員で、 「手数料かかりますよ?」と。いったい、どういうシステムなんだろう!? たぶん、その時の気分で手数料の金額を決めてるんじゃないかとか思いたくなってしまう。

ところで、ウェールズのジョーさんのお父さんが、日本に旅行しておもしろかったのが、 自販機で缶入りの温かいお茶やコーヒーが買えることだったと聞いて、驚いた。 僕たちには当たり前だけど、確かにイギリスには自販機で缶コーヒーは買えない。 それから、レストランや喫茶店で、まず水とオシボリが出てくることが、不思議だと言う。 そういえば、こちらではそういう習慣はない。意外な指摘だったので、どちらも新鮮だった。

blasには11カ国の生徒が集まっているが、いろいろな国の話を聞くのが楽しい。 特に、食に関すること。「タコたべるか?」とか「ノルウェーではトナカイを食べる」とか、 他愛もない話が盛り上がる。ノルウェーでも捕鯨をするそうなので、妙に親しみを覚えた。

食事のときに、日本語で言わずにおれないのが、「頂きます」だ。 メキシコ人の友人もまねするようになってしまった。

どういう意味なの?と聞かれ、「頂く」は"take"、「食べ物の命を頂き、感謝します」、という 意味だというと、感動されてしまった。確かに、仏教的な考え方だ。 僕の日本語の中で、「ありがとう」に続いて、好きな言葉になった。

ケビン・クロフォードのレッスン
2011年6月27日 08:37
バンド「ルナサ」のフルート奏者、Kevin Crawford(ケビン・クロフォード)のクラスを受講してきました。
彼のレッスンを受けるのは初めてすが、これまでに10年以上彼の演奏を聴いてきて、大きな影響を受けたプレーヤーです。

今日はリールを2曲習いましたが、意外だったのが、ケビンの演奏スタイル、考え方が僕が思っていたよりも伝統的だったこと。ルナサはモダン・トラッドの最先端を行くようなバンドですが、ケビンは五線譜は読めずABC表記を使います。また、生徒からアーティキュレーション(どこで区切って、 スラーをつけているか)について訊かれた時に、「自覚がない...ちょっと考えてみる」と言って 結局答えられなかったのですが、毎回違ったスラーで演奏しているようでした。

※大半の伝統音楽家は彼のように、演奏方法を無意識に身に着けています。

伝統音楽では装飾音のカテゴリー分けが浸透していないのですが、ケビン自身もカットのことを タップと言っていたり、ロールといいながら、「ダブルカット・ロール」をしていたり、他にも 理論的にいくつかの混同が見られました(専門的な話で恐縮です)。

持ち方も独特で、左手は日本の篠笛奏者がするように親指を立てていました。 僕はBbキー操作の妨げになるので、生徒さんには直させています。 また、足部管は回転して向こう側に曲げていました。以前はEbブロックの上においていた そうなのですが、足部管のキーが必要ない曲が多いため、必要な曲では元に戻すようです。 右手小指は常に(D、Eのときも)管についていました。

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レッスンのスタイルは、これまでのほかの伝統楽器奏者と同じで、1曲を、楽譜を使わずに 1小節ずつまねさせて、その中で装飾音や息継ぎも、まるごと覚えていきます。
僕の印象ですが、彼は10年くらいの間でプレイスタイルが変わり、昔はかなり平坦でほとんどパイプのようだったのが、息を使ったリズミカルなスタイルにシフトしたような気がしています。

彼もまた、基本的にタンギングを使わず、喉でアーティキュレートします。
その理由についてたずねました。

「タンギングのアイデアは、アイリッシュ・ミュージックでは新しい現象なんだ。
Brian Finnegan(タンギングを駆使した奏者)の演奏は好きだが、彼が伝統音楽を同じやり方で 演奏するとしたら、それは良い音楽にはならないだろう。彼のスタイルは、彼が演奏している現代的なリズムの上で効果的だから素晴らしいんだ。いろいろな音楽に合わせて、適切なスタイルを選択することが大切で、伝統音楽を演奏する上では、喉で切るほうが正しく聞こえる。」

また、タンギングを利用したトリプレット(三連符の装飾音)について、どのようにしているのか 生徒に詳しい説明を求められたところ、説明した上で、「ダブル・タンギングを使おうが トリプルタンギングを使おうが、君にとって一番やりやすい音でするように。これはだめ、これは良いと言いたくはないんだ」

ケビンの教えたやり方で苦労している生徒がいたら、「君にとってやりづらいなら、違うやり方を
自分で探してみなさい」 "Change something doesn't work for you, there are many other ways to go around." 

いろいろなことを知って、できるようになった上で、その曲を演奏するのにもっとも適切な 演奏方法を選択しなさいということでした。

新しいテクニックとして、B→dトリプレットを4音にしてしまうテクニックを 習いました。彼の特徴的なサウンドの仕組みがわかり、貴重なレッスンでした。

今、アイリッシュ・フルート教本の執筆に取り掛かっていますが、われわれ日本人は、伝統に生まれ育った彼らとはバックグラウンドが異なりますし、 日本ではクラシック音楽が非常に普及していますから、日本人に適したアプローチ、分析的で体系的なメソードが必要だと考えています。

ケビンには多大な影響を受けたので、お礼に「縁 -enishi-」CDを手渡しました。
聴いてくれたら嬉しいなあ!

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ふと立ち止まり
2011年6月25日 20:33
昨日は、自室でみっちり教本第二弾の執筆の予定でしたが、夕食を食べようと寮から出たところ、ノルウェー人の友人に通りで出会い、街のDoran'sというレストラン・パブでのセッションに誘われました。学内のお店は全部閉まっているからDoran'sで食べようと言われ、行くことにしました。

彼はノルウェーのBergen在住で、医大で勉強中の24歳で、相当アイリッシュに傾倒しています。
「~のアルバムは持っているか」、「~の曲は~のCDに収録されてる」と、オタクっぷりに笑ってしまいます。肺活量を増やすために、朝にジョギングしているそうです。いや、僕も彼のこと笑える立場じゃないか^^;

ノルウェーの話をたくさん聞きました。自然、人、文化、言葉、食べ物。
ノルウェーの音楽や言葉のことで何か質問することがあるかもしれないから、そのときは英文に翻訳してよと頼んでおきました。 いつでも歓迎するから、いつか遊びにおいでと。

メキシコ人の友人には、あちらのおいしい食べ物、ビーチで海水浴、古代遺跡の話も聞きました。
コーンウォールで出会ったドイツ人のヴィンセント君は、ベルリンはめっちゃクールな街だからぜひおいで、ドイツにきたら一緒にレコーディングしようぜと言って貰えました。
彼は、第二次大戦中のドイツの話、日本との結びつきについても熱く語っていました。世界の国々が、日本をどう認識しているのかを聞くことは、自分の視点が変わる思いで楽しいです。

ヨーロッパ人は本当によく世界を旅します。彼らは2、3個の言語を操るのはお手のもの。EU圏内は自由に移動できますから、進学、就職は国外も選択肢に入ります。旅先で作った恋人の言葉が違えば、その言葉も覚えてしまいます。

たとえばノルウェーは人口400万人ですから、国外と取引しないと経済がまわらないそうです。英語とのバイリンガルは必須だそうです。こうしてどんどん世界とつながっていきます。それを思うと、日本人は国内ですべて事足りてしまい、日本の中で閉じこもって視野が狭くなりがちな気がします。

今回、Skypeでレッスンをしながら旅ができることがわかりましたし、ネット環境さえあれば、もしかしたら仕事をしながら旅を続けることが可能になるのではないかとも思っています。Skypeレッスンは、何も日本人だけ対象にしなくても、地球規模で生徒募集ができます。楽器、CDの販売や卸売りは旅先からでも商品を動かすことができます。スケールが大きな話だと思いませんか?

アイリッシュ・セッションは、中年のフィドル、フルート、ギター、バウロンの4人がホストで、僕たち学生が6人で乱入しました。

ちょっとだけ録画しました。
http://www.youtube.com/watch?v=ckEdhRLZ_9c

フィドル、フルートの両方ともかなり巧く、盛り上がりました。二人ともCDを出しているわけでも有名なわけでもないと思うのですが、そのくらい弾けるミュージシャンはどんな街にでも、数えて余るほどいる、というのがアイルランドです。

彼らの一人でも日本に引っ越してきたら、パブの演奏もレッスンも引く手あまたでしょう。もちろん日本語が堪能であることが条件ですが...。

3時間くらいの演奏で、ほとんど会話なしのぶっつづけで演奏しましたから、200曲くらいはやったんじゃないかと思います。そのうち98%くらいの曲に参加できました。ホストにも受け入れられている感じがして、聴きなじみの曲はかりでとても居心地が良かった一方で、ふと、醒めてしまう自分がいます。

この人たちは、なぜダンス曲をひたすら弾き続けているんだろう?
さっき演奏したジグも、いまやってるジグも、結局は似たようなものじゃないか...。

伝統の外にいる僕だから感じてしまう、根源的な疑問。
彼らは、セッションで何かを表現したいわけではなく、一緒に曲を弾いて、その場を分かち合うことが楽しくて弾いているのだと思いますが、僕にはそれでは満足できないのだと考えながら弾いていました。

初めてリムリックに来たのは19歳、当時もDoran'sのセッションに参加しました。そのときは、セッションの場に混じって、1曲でも参加できれば大興奮でした。ひとまわり年を重ね、いろいろな音楽的経験をして、アイリッシュに古巣のような居心地のよさを感じつつも、自分のものではないなと思っています。

リムリック大学で伝統音楽で学位を取って、コンペティションで受賞して、こちらで生活しながらパブで演奏して10年、20年と暮らせば、それなりに有名にもなり、CDの何枚かは出せるかもしれません(実現可能かは別として、そういう人生の選択肢もあるということです)。

でも、僕にはそれが全く魅力だとは思えません...。

ノルウェー人の友人にも、伝統音楽のCDを作れば?と言われましたが、他の誰かにできることを自分がやることに、意義が感じられないと伝えました。

やはり、ケルト伝統音楽は僕にとってはライフワーク、学びの対象、趣味であり、自分が人生の一番のテーマにしたいものではないのだと改めて考えています。
ノルウェー人の彼並に伝統音楽にのめりこんでいる人には、水を差して申し訳ありません。

ケルトから学んだものをベースに、自分なりの表現、音楽を作りたい。
今までもそうでしたが、そういう距離の置き方でこれからも付き合っていきたいと思っています。

伝統音楽への熱い想い
2011年6月24日 23:17
リムリック大学で開催されている短期学校"blas"には、36人の生徒が在籍しています。多くはアイルランド国内からですが、海外はイギリス、アメリカ、カナダ、ノルウェー、メキシコ、日本からの参加者がいます。

意外とヨーロッパ大陸からの参加者はありません。多くは10~20代の若者で、今School Holidayなのだそうです。講師は、この大学の先生と、プロミュージシャン。数人の卒業生がボランティアでスタッフをしています。

ノルウェーとメキシコからのフルートの生徒と仲良くなりました。メキシコ人の19歳の男の子はいつも陽気で、笑わせてくれます。ノルウェー人の若 者は、アイリッシュおたくで、お気に入りのCDの話や、どの曲がどのCDに入っていたかなど、やたらと詳しいです。カナダ人のフィドルの子は、僕のCDの アイルランドでの第一号のお客様になってくれました。
世界のいろいろな国の話も聞けて興味深いです。海外旅行先がさらに広がった!

僕の学生寮は、アイルランド人の10代の男女と同じフロアに入ってますが、たばこ吸ってお酒飲んで、深夜まで騒ぐ不良グループ。それでも、伝統音楽への熱い情熱を持っていて、彼らなりのヒーロー的演奏者がいるようです。

毎晩学生同士のセッションがあり、昨日はキャンパス内のパブが休業だったので、うちのフロアにあるキッチンで開催され僕も参加しましたが、不良の リーダー格の男の子がパイプでスローエアー(ゆっくりな独奏曲)を弾く際、コンサートさながらに曲の説明をしている様子が面白かったです。まるでコンサー トごっこですが、こうして未来の伝統を担う演奏者が育っていくのですね。

もっとも、伝統音楽で音大を出たとしても就職は厳しく、コンペティションで受賞しない限り、この音楽やダンスで生活していくことは狭き門のようです。普通に演奏できる奏者はいくらでもいますから、その中でいかに目立ち、抜き出るか。激しい競争心が垣間見えます。
何しろ15%の失業率ですから、普通の職を得るだけでも大変で、多くの若者がイギリスやアメリカへ就職していきます。19世紀を思わせます。

昨日朝のレクチャーは、アイルランド中部カウンティ・ティペラリーの、20世紀中期に活躍したフィドル奏者Paddy Obrienの娘さんで、同じくフィドル奏者のEileen Obrienさんが、自分の家系の伝統と地域の音楽について語る講座でした。CDを聴いたり楽譜を見たり、リラックスしました。
こちらでは、伝統音楽のフォーマットで作曲する人のことをComposer作曲家と言います。Paddy Obrienは、たくさんの曲を書きました。アイルランドのメロディは同じフォーマットでいかようにも形を変えて作られて、巧みな想像力に溜め息が出る思いです。

昼はジェラルディン・コッターのピアノクラスを受講しました。D調のリール(ダンス曲)の伴奏を練習。伴奏での右手のヴォイシング(和音の転回方法)についての彼女の考えを聴けたのが収穫でした。続いてジグのメロディを練習。装飾音についても習いました。

伴奏者としての心がまえや、知らない曲が出てきたときの対処法など、現役奏者ならではの意見もありがたかったです。同じ曲を何度も弾きながら伴奏 の転回やベースの進行について実演してくれましたが、もうぶっとびすぎてて生徒一同、笑ってしまいました。なんとも楽しくなるリズムと、こそばゆくなるよ うなこ洒落れたベース進行は、僕も練習してみたい!来週もあるので、受講してきます。

土曜日、日曜日と休みで、日曜日は遠足でCliffs of Moher(断崖絶壁)に行くようですが、せっかくの環境なので、部屋にこもって教本の執筆に取り掛かりたいと思います。

アイリッシュ・ダンスに涙を流す
2011年6月23日 09:23
毎日、朝から晩までいろいろなことが起こりすぎて、標題をつけるのに困るのですが、時系列で。

まず、嬉しいニュースから!

CCE(アイルランド伝統音楽家協会)が発行している、教職課程のディプロマ(学位)取得コースのオーディションに合格しました。7/3~10に、ダブリンで寄宿舎に泊まりながら、朝は伝統音楽の指導法を習い、昼に実際に指導をする様子を先生に見てもらうというのを1週間します。最終日に試験に受かれば、学位が授与されます。音楽用語や指導につかう語彙をみっちり勉強しておこう。晴れて合格すれば、アイルランドでも認められた公認の音楽教師になります。これまでに、450人が認定されているそうです。

朝のレクチャーは、ダンス収集家のお話。数十年前に、政府の任命を受けてカウンティ・ケリー北部の廃れゆくダンスを採集したダンサーの体験談でした。当時はビデオカメラがなく、村を訪ねてはそこの伝承者から、ステップを習って体で覚えていったのだとか。その後、独自のダンスの記譜方法を開発し、音楽が何小節目のときにダンスはどんな振りをしているか、を正確に書きとめることができるようになったそうです。先生には、ダンスにまつわる様々な疑問をぶつけることができました。

blasで残念なのは、せっかくダンスと音楽のコースがあるのに、一緒に何かをする授業がないことです。ダンスはダンスだけでCDに合わせて練習しています。ダンスを伴奏したり踊る機会があれば、音楽家にとってもとても良いのではと思い、リクエストを伝えました。

そのあと、フィドルのマーティン・ヘイズのレッスンに参加してきました。フルートは僕だけでしたが、事前に何も聞かなかったにもかかわらず、自然に受け入れてくれたマーティン。曲は1曲だけならい、3時間、ずっと彼の音楽観について語る講座でした。これが、本当に素晴らしい糧となりました。

ボウイング、リズム、ステップの踏み方、装飾、即興演奏などあらゆることを語ってくれたのですが、端的にまとめます。

アイルランドの音楽に本来存在した楽器は、ハープ、パイプ、歌でした。フルートもアコーディオンもフィドルも、パイプのように演奏します。つまり常にマックスのボリュームで、装飾音とリズムを出しながら演奏します。しかし、マーティンのアプローチは歌を目指しています。経験豊富な演奏者は自然と「手癖」を身につけているので、どの曲も同じように弾くことは簡単に出来てしまいますが、メロディに内在する美しさ、リズム、コール&レスポンスを理解し表現することの大事さを説いていました。
何千曲もある曲から、何を選び、その曲をどのように自分が感じているかを表現するのだ。装飾音もテクニックも、すべては良い音楽を作るためにあるのだと。

マーティンのフィドルは、強弱、音色の変化、ニュアンスの変化が実に味わい深く、ユニークです。
それに比べて、一般的なフルートの演奏は、パイプと同じでonかoff、100%か0%かで、ステディなリズムを出しながら演奏します。
先日の授業で、フルート奏者コナル・オグラダの演奏スタイルをそのまま自分がすることに違和感があったのはそこで、僕は、マーティンのように陰影と奥行きのある演奏をしたいのだと認識しました。僕が好きなフルート奏者がカナダのクリス・ノーマン、ブルターニュのジャン・ミシェルヴェイヨン、アイリッシュのマット・モロイであるのは、彼らにその表現方法が備わっているからです。

コナルさんは、伝統的なアイリッシュ・フルートではタンギングを一切使わないのだと言っていました。しかし、今日のレッスンでマーティンがしていたことをそのままフルートで置き換えるならば、ボウ(弓)のスピードは息の速度であり、ボウの圧力は息の圧力であり、ボウを返すことはタンギングにあたります。マーティンのフィドルには、音がすうーっと消えていく瞬間がありますが、フルートではディミヌエンドで表現できます。僕は、パイプ的なフルートの伝統を守ることよりも、歌うように、マーティンのフィドルのようにフルートを吹きたいです。

昼と晩は、ダンスのコンサート。本格的なシャン・ノース・ダンシング(即興的なタップダンス)やモダン・スタイル・ステップダンス、コンテンポラリー・アイリッシュ・ダンスなどを始めて、じかに見ました。

ステップダンス(ハードシューズ)は、音楽とダンスが見事に一致しており、ダンサーが素晴らしいパーカッション奏者のようでした。あまりの華麗さ、見事さに涙を流して見ていました。ダンスで感動して泣いたのは初めてでした。

ストラヴィンスキーの音楽で踊るコンテンポラリー・ダンスも、息をのむものでした。あまりの芸術性の高さに、めまいがする思いでした。

アイリッシュを演奏するうえで、ダンスは切り離しては考えられないと思いました。
自分の中で、またひとつ生まれ変わる思いでした。

明日は、ジェラルディン・コッターさんのピアノクラスを初めて受講してきます。
アイリッシュの唯一のピアノ教本の執筆者でもあり、ケーリーバンドの伴奏者でもあります。
彼女は優れたホイッスル奏者でもあり、非常に影響を受けています。
とても楽しみです!

音大生の生活が始まりました
2011年6月22日 08:57
リムリック大学のブラス・サマースクールのレッスンが始まりました。

毎朝レクチャーがあるのですが、初日はシャン・ノース(アイルランド語の古いスタイルの歌曲)のルーツと、現代に受け継がれたレパートリーについて。18世紀中期のアイルランドは主にアイルランド語を話していたのですが、飢饉、移民などの社会的な変革で移民先として多かったアメリカやイギリスで通じる英語への言語シフトが起きました。
移民先で、アイルランド人たちが自分たちのルーツとして持ち帰った文化を大切に守っていたため、本土の方が変革し、新大陸の方が保守的になったそうで、興味深いです。

マスタークラス(レッスン)は、フルート受講生の人数が多いためオーディションで振り分けられ、僕はConal O'Grada(コナル・オグラダ)というコーク出身の奏者に習いました。5人の生徒で、3時間のレッスン。ブラスでは、2週間で4人の先生に習うことができます。それぞれ違ったスタイルの先生なので、どんな違った話が聞けるか楽しみです。

コナルさんの録音は10年来聴いていてお気に入りなのですが、会うのは初めて。リズミックでパワフルな演奏で、彼にはリズムについて習おうと思いました。疑問に思っていたことを質問をすることができて、非常に有益でした。が、彼のような演奏スタイルは自分の目指すものではないなとも思いました。

晩は、Paul Brady(ポウル・ブレディ)という、とても有名なシンガーのソロ・レクチャー・コンサート。僕は歌は殆ど聴かないのですが、どのように歌を見つけ、アレンジするかというのがテーマで、実演を交えて歌ってくれたので、興味深く楽しめました。また、彼自身の40年にわたる音楽歴も知ることができました。

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2日目の今日は、朝にアメリカに渡ったアイルランド音楽についての講義を受けました。Liz Carroll (リズ・キャロル)という素晴らしいシカゴのフィドル奏者がケース・スタディでした。
リズは、アイルランド移民の両親を持つ2世ですが、アイルランドに里帰りしてフィドルを弾くと、アイルランド人ではないという理由で嫌な目にあったことが、1度や2度ではなかったそうです。
いまや世界に名だたる一流のフィドラーなので、とても意外でした。

そこで、コンペティションでオール・アイルランド・チャンピオンを受賞してアイルランドで認められたのち、アメリカ人としてのアイデンティディを強調し、大都会シカゴの地下鉄(Loop)をテーマにした自作曲を冠したアルバム"Lost in the Loop"を発表し、ケイジャン、ブルーグラス、ジャズなどのアメリカ音楽の要素を盛り込みました。アイデンティティの問題は、日本人の僕だけの問題ではないのだとわかり、自分のこと(アルバム「縁 えにし」の経緯)のように感じられました。

レッスンは、フルートを休んでピアノを受けました。日本のレッスンで生徒さんの伴奏をしているうちに、興味がわいてきたのです。今日は、リールとジグとゆっくりな曲の伴奏法を習いました。リズムとコード進行、バスラインが楽しく、何回し弾いても飽きません。もっと伴奏を練習したいです!

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夜は、Martin Hayes (フィドル)& Dennis Cahil(ギター)のコンサートでした。マーティンは先月日本でツアーをしたばかりですが、僕は聴けなかったのでうれしかったです。CDは昔から聴いていたのですが、生で見るのは初めて。静かで、美しく、ドラマチックな音楽。他の伝統音楽奏者とはまるで別物ですが、そこにはしっかりとリズムがあり、メロディの美しさがあります。アイリッシュを通じて、別次元のものを表現しようとしているような音楽でした。

デニスのギターは、本当にユニークです。スペーシー(余白が多いこと)で、時には心臓の鼓動のように、パイプのドローンのように拍を打ちます。ステディで、あるべき場所にあるべき音を出し、無駄が一切ないかのようです。

何より、2人がお互いにリスペクトし、音楽に愛情をこめ、観客とその場を分かち合うことを心から楽しんでいる様子に感銘を受けました。彼らの音楽と比べると、多くのフルート奏者の音楽はとても単調に思えます(それはそれで良いのですが)。フィドル界で起きていることを考えれば、フルート界のできごとは可愛く思えます。マーティンのような演奏をフルートでしたいと思いました。明日、マーティンのマスタークラスがあるので、フルートで受講してきます。楽器は違えど、音楽は習えるはずだから。

晩にこちらでできた友達に誘われ、パブ・セッションに参加してきましたが、若いプレーヤー数名が、聞いた事もないようなトリッキーな曲を、信じられないくらい速い速度で弾いていて、そのまわりを他の奏者が弾かずに取り囲んでいるような状況に、すぐに嫌になってしまいました。

そこで、友達と連れ立って屋外のベンチで弾き始めたら、こちらのほうに人がどんどん集まり、寒さに震えながらも、ナイスなセッションを夜中まですることができました。

全員でその場を分かち合い、みんなが楽しみ、全員が同じリズムを共有している音楽をやるのが、僕にとってのセッションです。どんなに速くて装飾音がたっぷりでかっこいい曲を演奏していても、そこに参加者への愛情やリスペクトが無ければ、僕にとっては参加する意味はありません。

こちらにきて、何を大切にすべきなのかが、ますますはっきりしてきました。


アイルランドに到着、blasが始まります
2011年6月21日 05:17
イギリスのブリストル空港から、アイルランドの格安航空会社ライアンエアーに乗って、ダブリン空港へ。そのまま、バスでリムリックへ移動。20日から始まるリムリック大学のblasというサマースクールに参加するためです。

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飛行時間は1時間ほど。機内は本当に質素で、飲食はすべて有料、添乗員も、まるで高校生のアルバイトみたいなレベルでした。搭乗券に席番号が書いていなかったので「どこに座ったらいいんですか?」って聞いたら、両手を広げて「どこでも?」って。ゴミを回収に来る時も"Cheers" (乾杯、の意味。こちらではあいさつ代わりに使うくだけた言葉です)だし。

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ダブリン空港です。ゲール語と英語が併記されています。ウェールズ語とは字面が明らかに違い、外国に来た感じがします。

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懐かしいダブリン。東端のダブリンから西端のリムリックまではバスで3時間ほどでした。

気のせいか街や人々がとてもみすぼらしく見えました。空き店舗、廃墟や建設中で止まったままの道路が目立ち、人々の服装もスウェットにサンダルばきといった感じで、イギリスの豊かな農村に長くいたからか、余計にさびれて見えました。不況のせいなのか、僕が7年間で思い出を美化しすぎたのか...。


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この日はリムリック市内でバックパッカーホステルを探そうとしたのですが、どうしても見つけられませんでした。10年前に来た時は確かにあったのですが、潰れてしまったのでしょうか。ネットカフェで黒人の店員に郊外の安いB&Bを紹介してもらいました。

翌日。これまたリムリック郊外にあるリムリック大学へ。
ここには伝統音楽に特化したコースがあり、blasは夏期講習として2週間、寄宿舎に泊まりつつ音楽やアイルランド文化を学びます。

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参加者は36名。世界的に有名な講師陣の割には少ないなと思いました。

国内はもちろん、ノルウェー、メキシコ、カナダ、アメリカなど世界各国から参加者が集まっています。日本人は、僕のほかに東京からこちらに留学しているという「はじめ」さんという人がいましたよ。

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アイスブレーク(緊張を解くための)・ケーリー(ダンス会)が1時間。よい汗をかきました。踊りながら自己紹介しあいました。

朝と晩御飯は大学で用意されます。ウェールズを出てからまともな食事をしていなかったので、ありがたかった!

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9時からセッション。あまりに人が多いので、参加せずに帰り、部屋で練習していました。こうして練習や原稿の執筆に時間を充てられるのは、本当に幸せです。

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若い奏者によくある傾向なのですが、競争心旺盛で、人よりもたくさんの曲を、より速く、より正確に弾くことを競うようなセッションは、僕はとても居心地が悪く感じます。僕自身もかつではそうだったのですが...

競争には終わりが無く、まして悲しいことに、同じ程度に演奏できる奏者はごまんといるのに、みんな同じようなスタイルで演奏しているように僕には見えるのです。それなのに、ゆっくりなテンポで、ステディに、思わず体が動いてしまうようなリズムで演奏している奏者はほとんどいません。

1000曲を不確かなリズムでいい加減に演奏できるようになるより、10曲の一生大切に弾いていきたい曲を、しっかりとしたリズム感で演奏したい、と強く思います。

そんなわけで、ここではセッションには参加しないと思います。

楽器職人ジョナサン・スウェインさん
2011年6月20日 08:06
ジョナサン・ショーランドさんに会ったその日の夕方に、同じくイングランドのグラフストンベリーに住んでいる楽器職人のJonathan Swayne(ジョナサン・スウェイン)さんに会ってきました。
同じ日に二人のジョナサンさんに会うのは、なんという偶然でしょう。

スウェインさんは、木製のホイッスル、アイリッシュ・フルート、各種バグパイプを製作しています。スペインの世界的な管楽器奏者カルロス・ヌネスのティン・ホイッスルを作っていることでも知られています。

スウェインさんはもともとクラシックのフルートを学び、77年にホイッスルの製作を始めました。当時は彼はフォークミュージックは演奏しておらず、友人の勧めてティン・ホイッスルを作り始めたのでした。当時はほかに木製のティン・ホイッスルを作っている職人はおらず、試行錯誤しながら設計をし4、5年かけてようやく納得いくものができました。そのころから注文を取るようになり、現在では工房で週3日働くパートタイムの職人とともに、年間50本ほどのティン・ホイッスルを製造しています。

カルロス・ヌネスのおかげでずいぶん忙しくなったのでは?と聞くと、実際はバグパイプの注文の方が多いそうです。

スウェインさんのティン・ホイッスルは不思議な構造で、頭部管に円錐形の絞りがあり、管体はストレート、先端にベル状の逆円錐の広がりがあります。材質はイギリス柘植でできています。
ちょっとティン・ホイッスルとは思えないような、引きしまった、温かい音色です。

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黒檀のモデルもあるのですが、音色が硬質すぎてご本人は柘植が気に入っているそうです。僕もそう思います。
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アイリッシュ・フルートは、キーなしもキーありも作っており、プラタンという、指孔の大きい19世紀のモデルをもとに作っています。

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演奏活動もしており、自身で製作したイングリッシュ・ボーダーパイプ6本と打楽器によるアンサンブルのリーダーを務めて、自作曲で2枚のCDを発表しました。対旋律やハーモニーなどのアレンジ、積み重なるドローンが、まるでオルガンのような、いや、どこでも聞いたことがないような音楽で、大変素晴らしいです。

イギリスの音楽家、楽器職人って、片田舎の大きな家に暮らして、のびのびと生きている方ばかりで感銘を受けました。都会で忙しく働くよりも、僕には合っていそうです。

ティン・ホイッスル(D、チューナブル)を余分に購入しましたので、購入ご希望の方には28,000円でお分けします。もしご興味のある方はメールください。




ジョーナサン・ショーランドさん
2011年6月19日 17:01
ウェールズで、フルート奏者のCeri Matthewsさんに紹介してもらった、Jonathan Shorland(ジョナサン・ショーランド)さんという管楽器職人に会いに行きました。

連絡を取ると、金曜日の晩にデボン郡のKings Bridgeという街の教会で古楽のコンサートをしているので、見に来ないかと誘われました。コーンウォールからデボンは近いので好都合でした。

Kingsbridgeは、イギリスの片田舎にある小さな街。早く着いたので、近くのスーパーで食糧調達。コールスローサラダとマンゴーとシリアルで夕食です。イギリスは外食が高く、日本だと800円くらいでそこそこ食事できますが、こちらだとマクドナルドか、レストランだとスープとパンくらいしか食べられません。

コンサート会場です。
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中世祭りとのことで、仮装した人も多かったです。ステージまわりには花が飾られて綺麗でした。

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演奏者は5人。リコーダー奏者がリーダーで、バグパイプも演奏します。ジョナサンさんと、ダルシマー&ダラブッカ奏者、ハーディガーディ奏者と歌手です。

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スペイン、イタリアの13~15世紀の曲が中心で、何度も書きますが、ハーディガーディ奏者が素晴らしかったです。自由自在!という感じでした。

仮面をかぶった舞踏家もでてきて、後半では全員が面をかぶって演奏しました。見えるでしょうか?とても盛り上がりました。

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こうして本格的な古楽(中世~ルネサンス音楽)が聴けるのは、ヨーロッパならではですね。アイルランドでは期待できないでしょう。

翌日の朝に、ジョナサンさんのご自宅へ伺いました。

ジョナサンさんは昨日のコンサートではオーボエだけ演奏していましたが、実はフルート、バグパイプも演奏し、もともとの楽器はフルートだったそうです。

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ウェールズ出身で、20年ほどまでのウェールズ音楽シーンにかかわっていました。当時、ウェールズは一度伝統音楽がすたれてしまい、人々はアイリッシュにならってウェールズ音楽を復興しようと試みていました。しかし、質の悪いアイリッシュのような音楽ばかりでした。

ジョナサンさんは、アイリッシュよりもブルターニュの音楽に共通性が多いことに着目し、ブルターニュへ何度も旅をして、そのアイデアを持ち込みました。初期は、先日紹介したケリ・マシューズさん、ジュリア・マーフィーさんと一緒にバンドをしていたそうです。

そのころからバグパイプ製作を始め、各種のリード楽器を作るようになりました。
写真は、パストラル・オーボエ。中世に使われていた、キーのないシンプルなオーボエです。

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ピブゴーンは、ウェールズ文化の展示会にも出品されました。

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ピブゴーンは一度完全に途絶えてしまい、文書と、生き残った楽器をもとにジョナサンさんが復元したそうです。D管が基本です。

ピブゴーンがほしくなったという方、いましたら僕までご連絡ください。4万円くらいかと思います。

アイルランドへ
2011年6月18日 18:49
しばらくネット環境を離れて旅をしていましたが、無事にやっていますよ。今、ブリストル空港で、これからアイルランドのダブリンに向けて出発です。

一昨日はKingsbridgeで中世祭の古楽コンサートを見てきました。
ハーディガーディ奏者の演奏がすさまじかった!中世のバグパイプも見れました。

昨日は濃い一日。午前にJonathan Shorlandさんという、オーボエやバグパイプやピブゴーンを作っているメーカーに会いに行き、午後にJonathan Swayneさんという、木管楽器職人を尋ねました。カルロス・ヌネスが吹いているティン・ホイッスルを作っていることでも有名です。
二人のジョナサンさんなのは、偶然ですね。ゆっくりレポートしたいのですが、もう出発の時間ですので、改めて(最近、お預けばかりでごめんなさい)。

レンタカーとナビのおかげで、本当に効率よく、快適に回れました。ナビに従っていれば必ず、その時間に目的地につけるので、約束にも遅れずにすみましたし、ガソリンスタンドや銀行を探し回る必要もありませんでした。ですが、途中どこを走っているのか全く分かりませんし、途中にある観光地などを知らずに通り過ぎているのも寂しいものです。

昨日は、車中泊を試してみました。もうこりごり、というところですが、facebookに書いた体験談!?を乗せておきます。アイルランドでの幸運を祈ってください!

I am at the airport and about to leave UK soon.
Next destination is Ireland, finally.

I tried "Shachu-haku" at the first time.

Long scenic driving made me feel nice,and I decided to try staying in my car.
Then I pulled into a bush ,and had nice time until the sun sets.
But after getting darker, it got colder, and I was shaking up in the car.
It made even worse when I thought about the movie "The Blair witch project".
After having few nightmares, I could survive. Never again!!

ここで突然のドイツ音楽特集
2011年6月17日 08:47

ペンザンスのバックパッカーで同室になり知り合った、ドイツ人のヴィンセント君(19)。

ジャズギターでオランダの音大受験を目指していて、ヒッチハイクでイギリスの西の果てLand's endまで行く、という旅を、今終えたばかりだそうです。



明日からまたヒッチハイクでロンドンまで帰るそうで、僕も東に行くつもりだったので載せていくことにしました。同じ音楽好きということで、何かとなついて、ドイツの音楽シーンのことを教えてくれました。



ドイツといえば、僕の中ではテクノ。彼が紹介してくれたのは80年代初頭のクラフトワークというグループです。





ドイツ人は、他のヨーロッパの国の人にとっては、機械のように働き、正確さと几帳面さが特徴というステレオタイプのようです。そこを逆手にとって
のパフォーマンスだそうです。フランケンシュタインみたいですね。日本を代表する同時代のテクノ、YMOを紹介したら、とても気に入ってfacebook
に載せていました。



お次は、新しいヒット曲。「ナイン・マン(僕は行かない)」という曲です。ドイツ人ならだれもが知ってる、一時期は皆が口ずさんでいた、とのことです。




ストーリーは、クラブハウスで踊っていたら、いろんな人が「帰ろう」と言ってくるのに、「僕は踊っているんだ、行かない」と答え続けるのです。その誘われ方が面白くて。

知りたい方は英語版がありますので、見てみてください。




ドイツで人気のこの曲には、日本語版もありました。





アニメーションが素敵ですね!




普段、英語圏の音楽ばかり聴いているので新鮮でした。ヨーロッパは多文化で面白いです。

コーンウォールの音楽
2011年6月16日 07:36
ウェールズから電車でスウェンジー、カーディフ、ブリストル空港へと乗り継ぎ、ブリストルからレンタカーを借りました。次の目的地は、未踏の土地コーンウォール。日本ではほとんど知られていませんが、ケルトの文化が残る土地です。

コーンウォールはイングランドの南西部に位置する半島で、8世紀に大陸から渡ってきたケルト人がここに定住し、一部はブルターニュへと渡って行きました。そのため、ブルターニュとの文化的なつながりが深いです。コーンウォールはイングランドに最初に併合された地域(14世紀)だそうです。
コーンウォール語は一度完全に途絶えてしまいましたが、言語的に近いブルトン語やウェールズ語をもとに復興され、現在では500人ほどの流暢に話せる話者がおり、数千人の学習者がいるそうです。

コーンウォールの音楽については、これまで日本でネットを使ってすこし調べたことがあるのですが、ほtんど手がかりがつかめず、行って演奏者に会いに行き、直接お話しを聞くのが早くて確実だと思いたちました。そこで、ネットで見つけたフィドル奏者が今日会いに行ったMick O'Connor ミック・オコナーさんでした。

http://www.lyngham.co.uk/mike_oconnor.html


これが僕の車。アメリカのフォードのオートマチック。イギリスではAT車を探すのは困難です。料金も割高ですし、MT免許を持っていた方が絶対いいです。
この車、かなりハイテクで雨を感知して自動でワイパーが作動したり、手元のハンドルでいろいろな操作が可能です。ナビをつけたので、運転もらくらく。

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初日は、半島の先端にある街ペンザンスに宿泊。宿の予約をせずに飛び込みで行ったホステルに運良く泊まれました。この日は移動で終了。

翌日、午後に、Wadebridge(ウェイドブリッヂ)にあるミックさんに会いに行きました。

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彼に会いにいく直前に、僕のラップトップに入っているコーンウォール音楽のCD「無印良品BGM10」を聞いていたら、なんと1曲目のクレジットの彼の名前が。これには本当に驚きました。



そこで、彼に「もしかして、日本の会社と仕事したことありませんか?」と聞くと、さらに驚くべきことに、このCDのプロデュースを担当したのだそうです。
無印から、コーンウォール音楽とブルターニュ音楽について人を紹介してほしいと問い合わせがあり、メールをやりとりしているうちに、コーンウォール音楽のプロデュースを任されることになったのだとか。

偶然にも、僕は良い人にめぐり会えたようです。

3時間ほどの間、途切れることなく話をしてくれました。ミックさんは1999年にフォークルーツ誌でコーンウォール音楽についての記事を読み、この音楽に興味を持ち始めました。その記事とは「コーンウォール音楽などというものは存在するのか?」という読者からの投稿でした。一度途絶えてしまったコーンウォールの伝統音楽は、当時イギリスですらほとんど知られない存在になっていたのでした。

彼は、コーンウォールの歴史があるのだから、文化がないはずがないと思い、当時スコティッシュのフィドルを演奏していましたが、コーンウォールに移住し、音楽の発掘に取り掛かります。

古い農家やマナーハウス(昔の貴族の邸宅)の施設図書室の文献にあたり、コーンウォール語を読み解き、手がかりを得てきました。こうして、当時の音楽を書きうつし、編集したものが、こちらの楽譜です。

http://www.lyngham.co.uk/catalogue.html

奥様は郷土史のガイドをしているということで、途中、近所にあるマナーハウスに連れて行ってもらいました。

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ものすごい大豪邸!庭も綺麗に手入れされて、現在も子孫の家として使われているそうです。内装も豪華でした。こちらが施設の図書館。昔は本は大変貴重で、お金持ちしか持つことができなかったのでしょうね。イギリスでは、現在も階級があり、貴族がいます。

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この図書室で発見された本です。PedstowのFrancis Prideaux 女史が1788-1805の間に編纂した曲集です。

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コーンウォールは地理的にイングランドととても近く、アイルランドやスコットランドのように完全に特徴的な音楽ではないそうですが、この土地独特のレパートリーが楽器があります。

ミックさんは歴史に詳しく、本当にコーンウォールの音楽を良く知っています。彼によると、コーンウォールには、彼のほかにもう一人、詳しい人がいるそうです。年号も正確に暗記していて、去年来日したディックさんを思い出しました。

コーンウォール音楽についてのつっこんだ話は、また改めて。

Pibgorn「ピブゴーン」について
2011年6月15日 17:06
ウェールズの知られざる伝統楽器ピブゴーンについて、少しご紹介します。
まずは動画を見てみてください。



ウェールズの若手バンド Calan(カラン)の演奏です。彼らは、ベテラン世代の伝統音楽家のプロデュースで結成されたバンドで、10代のメンバーもいるのだとか。今風のバンドスタイルで、国際的にも活躍しています。

http://www.myspace.com/calanfolk

ピブゴーンは、ウェールズで最も古い伝統楽器で、葦(あし)のシングルリードがセットされた、円錐形の楽器です。Welsh Hornpipeとも呼ばれ、先端部には牛の角でできたベルがセットされています。吹き口にも同じ角をセットして演奏しますが、これが無い状態で、リードを口の中に含んで演奏することもできます。

指孔は表に6つ、裏に1つ開いていて、下から開けていくことでメジャースケールを演奏できます。音域はD ~ dのちょうど1オクターブです。


こちらのウェブサイトによると
http://www.mochpryderi.com/letter2.html

10世紀のウェールズでは、領主はピブゴーン、クルース(擦弦楽器)、ハープからなるお抱え楽師を持っていたそうです。

ピブゴーンを演奏するケリ・マシューズさん。奥さんのジュリさんはアイフォンで写真を撮ろうとしています(笑)。

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ケリさんが見せてくれたのですが、驚くべきことに、吹き口をバッグにセットすることで、そのままウェリシュ・バグパイプになります。つまり、バグパイプの先端部分を口で吹くのがピブゴーンのようです。

ピブゴーンは循環呼吸で演奏することもあり、口で吹く場合はタンギングも使います。ケリさんは、ブルターニュのボンバルドとの関連を指摘していました。

今は演奏する人が少なく、地元でもあまり見かけないそうなのですが、プラスチックで量産をはじめた職人もいるのだとか。

もっと書きたいのですが、もう出発の時間です。ケリさんに、ピブゴーン職人を紹介してもらいましたので、その方に会ったあとで詳しく書きたいと思います。行ってきます!

Ceriさん、Juliさんとの再会
2011年6月12日 07:52
フェスティバルからの帰りは、一日中雨でした。途中、ジョーさんが昔暮らしていた小さな町の近所の老夫婦に会いに行きました。お孫さんの話などを聞きながら、どんどん出てくるケーキやパンやビスケットでおなかいっぱい。突然の訪問にも関わらず、たくさんの料理で歓待してくれるところは、日本のおばあちゃんと同じだな~と思いました。(うちの祖母も、訪ねると冷蔵庫にあるものをどんどん出してくれたものです。)

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一昨年ウェールズを訪ねたときに、連絡を取り会ってもらったフルート奏者のCeri Matthews(ケリ・マシューズ)さんと、奥さんで歌手のJulia Murphy(ジュリア・マーフィー)さん。

今回の旅行では、夏場は海外を含むあちこちへのツアーで忙しいと聞いていたので連絡を取っていなかったのですが、彼らのバンド"Fernhill"に、ジョーさんのお姉さんのChristine Cooper(クリスティン・クーパー)さんが参加しているので、これも突然ですが、会いにいくことになりました。



運の良いことに、ちょうど今、家に戻ってきているのだそうです。2年ぶりの再会です。

僕が一昨年尋ねたときにチーズを食べ過ぎて車酔いしてしまったエピソードなど、まだ覚えていて笑われました。変わらず歓迎してくれて、嬉しかった!

ケリさんからは、たくさんの曲を習ったので、セッションもさせていただけました。

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なんだか、噂で僕がフルートを辞めてしまったことになっていたらしく、(?)でしたが、辞めていない証拠に、CD「縁」を手渡してきました。「ちゅうちゅう奥さんのポルカ」を前回の旅行の際にフルートソロで聞いていただいたのですが、ちゃんと覚えてくれていました。

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ウェールズの民族楽器「Pibgorn(ピブゴーン)」に興味があり、聞いてみたところ、ケリさんの楽器を見せていただき、職人さんを紹介してもらいました。

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とても興味深い楽器なので、ピブゴーンについては改めて取り上げます。

スノードンのフィドルフェスティバル
2011年6月11日 20:09
昨晩のセッションで演奏されていたウェールズの曲を、録音して、テントの中でノートパソコンを立ち上げ、早速楽譜化しました。

http://www.irishflute.info/tunes/Welshtunes_1.pdf

曲名はジョーさんに聞きました。you tubeにも動画がみつかりました。アイリッシュとは違った感性で、面白いですね。

Hela'r Sgwarnog (Hunting the Hare)



Hela'r Sgwarnog (Hunting the Hare)



他にもたくさん採譜したのですが、まとまりきらないので、また改めて...。

ぐっすり眠り、朝起きてみたら雨。ジョーさんが炊事の支度をしています。

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オートミールを調理中、突然の雹(ひょう)。大粒の雹で体に当たると痛いほどなので、車に避難して朝食を食べました。

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10時からクラスが始まります。朝イチのクラスは、アイリッシュ・フィドルを1時間。先生はダブリンのImmogen さんという若い女性フィドラーです。

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「何を習いたい?」という質問から始まります。この曲とこの曲だったらどっちがやりたい?と、弾きながらアンケートを取り、決まったのはStrike the gay harp(楽しくハープを弾く)というジグ。
これまで受けたことのあるアイリッシュのクラスと同様に、先生が1小節ずつ弾いて、生徒がまねるというレッスン。この曲はCパートまであるので、1時間でこの1曲をするのがやっとでした。
メロディを通して覚えたあとで、最後にちょっと装飾音の練習。ボウイングについてまでは、あまり深くつっこんでいませんでした。フィドルの装飾をまねるのは新鮮で楽しかったです。

ふたコマ目はスコティッシュ・フィドル。これには出ようと思っていたのですが、同時開催のホイッスル・クラスを覗きに行ったら、つかまってしまい、フルートの吹き方を教えることになり、ほとんど見れませんでした。最後にちょっとだけ見ましたが、かなり正統派のハイランド・スタイルなので非常に参考になりました。ストラススペイ(Strathspey)というリズムを習いました。ボウイングの重要さを強調していましたが、笛で再現するなら、ダブル・タンギングを使うことが大切だと思いました。

昼は、パブでオープンマイク。人前で何か演奏したり歌いたい人が、自由にエントリーできます。子供が弾いていてかわいかったです。写真は、主催者の一人で、ウェリシュ・フィドルのキャスさんが弾く、クルース(Crwth)の演奏。

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キャスさんは大学でウェールズ音楽をテーマにPhDを取得し、ウェリシュの発掘、普及につとめています。古文書から曲を採集し、曲集を出版しています。

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http://www.amazon.co.jp/Alawon-John-Thomas-Fiddlers-Eighteenth/dp/1862250421

僕も、コップ芸と循環呼吸法のティン・ホイッスル演奏をしました。オオウケで、後で「子供に教えてくれ」とか、いっぱい声をかけられました。アイルランドから来ているイリアン・パイプスのヨーアンさんが、僕のyou tubeを見たことがある、循環呼吸はどうやっているんだ、と興味津々の様子でした。

昼食後、ジョーさんと山に行きました。登山靴がないので、2時間ほどの軽いハイキングです。

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山からの眺め。真っ黒な石でできた山がいくつもあるので、あれは何かと聞くと、スレートを掘った後のガレキの山なんそうです。スレートは、屋根や塀を作るために使うのだそうです。人が作ったとは思えないほどの山(100メートルはありそう)だったので驚きました。

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石塀です。土地の区切りをつけるために、また、家畜の囲いになるのですが、このような石塀が山の中腹まで続いています。いったい、このような山の広大な土地で農家の人はどうやって動物を管理するのだろうと聞いてみたら(質問ばかりしていました)、牧羊犬を使うのだそうです。

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帰ってきて、セッションに参加。ここでもナイスな曲がたくさん飛び出しました。ゆうべセッションで採譜して練習しておいた曲もたくさん出たので、早速参加できました。

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晩は教会でコンサート。お客さんの数が100人くらいでマイクも使わないアットホームなものでした。

最初は地元のフィドル・クラブの演奏。おじいさんや子供も参加して、楽しげでしたよ。二番目にアイリッシュ・バンド。フィドルがリーダーで、ハープ、パイプ、アコーディオンの若い4人。演奏技術がうまく、アレンジも洗練されていまどきですが、アイリッシュはほとんどやらず、ブレトンやスコティッシュやいろんな外国の音楽をアイリッシュテイストに演奏していました。

せっかくアイルランドから来たのだから生粋のアイリッシュをやってほしかったですし、スコティッシュの本物のフィドラーが次に演奏するのですから、比べられてしまうのが勿体なかったです。ジョーさんによると、アイリッシュをなんのアレンジもせずに本当に素晴らしい演奏をするミュージシャンがアイルランドにはたくさんいるので、その中で少しでもユニークな存在になるための彼らなりの工夫なのでは、ということでした。

次にキャスさんが参加するウェールズ音楽のMeginというバンド。歌のバンドなのですが、歌手が最近がんで亡くなったため、追悼公演となってしまいました。「私たちが演奏しているとき、彼女の魂は、いつでも近くで私たちを見守っています」という言葉から始まり、4人メンバーが涙を流しながら演奏する姿は、観客の涙を誘いました。ジョーさんは、きっと最後の公演になるだろう、と言っていました。

最後はスコティッシュ・フィドルのポール・アンダーソンさん。James Scot SkinnerやNeil Gowなど19世紀の曲を、ユーモラスな解説を交えながらの演奏で、非常に素晴らしかったです。

フィドル・ソロなのに、会場の全員が魅了されていました。正直なところ、アイリッシュの4人組との格の違いを感じましたし、本当に素晴らしい音楽は一人の演奏でも、無伴奏でも成立するのだなと改めて思いました。

彼も、曲集を出版しています。
なんと、300曲以上が収録されていて、すべて彼のオリジナル曲なのだそうです。すごい音楽家がいるものですね!

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演奏後は、もちろんセッション。アイリッシュ、ウェリシュを中心に、とても楽しかったです。アイリッシュ・チームとはアイルランドでの再会を願いつつ別れました。

スノードンのフィドルフェスティバル
2011年6月10日 16:51

コーンウォールで、曲の採集、演奏、レッスンをしているフィドル奏者 Mick O'Connorさんという方を見つけました。試聴できる音源やビデオがとても良い感じだったので、せっかくコーンウォールに行くのだから現地の音楽家と知り合いたいと思い、連絡を取りました。来週16日にご自宅に伺ってレッスンをする予約を取り付けました。


http://www.lyngham.co.uk/mike_oconnor.html

日本どころか、世界的にも本当に知られていないコーンウォールの伝統音楽。
どんなものなのでしょう。

金曜日から、ウェールズの音楽祭"Snowdon Fiddle Festival"に参加してきました。フェスティバルは土曜日の一日だけの開催ですが、テントを持っていって2泊するということで、キャンプ用品などを準備してお昼過ぎに出発。Snowdonは、北部ウェールズにある、ウェールズで一番高い山です。
一帯が国立公園に指定されています。

以下は金曜日の日記です。

天気がよく、気持ち良い日差しの中、田舎道を飛ばしていきます。
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ミネラルウェーターも、ケルティック。
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途中に立ち寄った町です。

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ウェールズでは、ウェールズ語と英語が併記されています。

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途中、お城や教会や中世の町のような雰囲気あるいくつもの町を通過。通り過ぎた、Beddgalet(ベドギャレット)という街について、ジョーさんがエピソードを語ってくれました。

ここに昔、ある夫婦が暮らしていた。彼らは、忠実な飼いギャレットという名前の犬に赤子の守りを任せて、狩りに出かけた。主人が留守の間に、なんと家に狼がやってきて、赤子を連れ去ろうとした。犬は身を呈して守り抜き、狼をかみ殺したが、深手を負ってしまった。

やがて、主人たちが帰ってきたときに、主人は血にまみれたその状況をみて、犬が赤子を殺してしまったものだと思い、すぐさまに剣を抜き、犬を殺してしまった。

しかし、主人はすぐに部屋の片隅に狼の死体を見つけ、自分が勘違いをしてしまったことを知った。彼は犬の墓(Bedd)を立てて、供養した。これが、街の名前の由来となった。

 金曜日の夕方7時ころ、SnowdonのふもとにあるNant Perisに到着。山のふもとの街道沿いにある、本当に小さな集落。日が明るいうちにテントを設置する。映っているのは僕のテント。

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テントの設置が終わり、晩御飯を食べに近所に一軒だけあるパブへ。
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羊の塊肉を食べた。フォークで簡単にほぐれる肉。美味しかった!
イギリスのパブは、卓上ソースの種類が豊富。ケチャップやタルタル、マヨネーズのほか、わさび味やミント味、マスタードなど日本では食べられない味もあります。

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ここのパブへ、前乗りしてきたミュージシャンが集まってくる。8時になり、フィドルを中心にどんどん人が集まり、輪は大きくなるばかり。ウェールズの曲がどんどん演奏される。どれも、アイリッシュでもイングリッシュでもない、独特の雰囲気の曲。

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途中で、イリアンパイプス、フルート、フィドル、アコーディオンの4人が参加。彼らは、あすのコンサートで演奏するためにアイルランドから呼ばれたのだそう。

また、ハイランド・スタイルのフィドラーがいるなあ...と思っていたら、彼はアバディーンからやってきた先生だそうだ。明日レッスンをするという。彼のレッスンを受けることにする。参加者の中には、京大に通っていて、今は日本語の英訳を仕事にしているという女性もいて、びっくり。日本語で会話していると、ここがどこだか分からなくなってくる。

こうして、ウェリッシュ、アイリッシュ、スコティッシュがまじりあったセッションになり、とても楽しかったです。僕にとってのハイライトは、ウェールズのフィドル「クルース」が見れたこと。板のようなフィドルでした。

明日は朝11時からレッスンが始まります。楽しみ!

ウェールズより
2011年6月 9日 16:08
ロンドンを発ち、ウェールズへ出発。

日本から持ってきた一年分のラジオ英会話テキスト。日本では忙しくてなかなか継続して勉強できないので、思い切って持ってきたのです。街を歩きながら録音したラジオをどんどん聴いていって、新しいボキャブラリーはその場でiphoneの単語帳アプリに登録。こうして、何冊か終わったので捨てて行きました。

旅先では、思いっきりその国の言葉に漬かり切った方が語学が上達します。電子辞書も持ってきたので、街で見かけたわからない言葉や、会話の中で出てきた新しい表現もすぐに単語帳に書き込みます。

知らない単語も、サウンドからスペルを推測できるので、どんどん調べて覚えます。普通の会話すら、英語テキストのようで楽しいです。

今日の会話から。言えそうで言えないですよね。

覆面パトカー under cover car
現在調査中 investigation is undergoing
卵の殻 egg shell
そろそろ行こうか let's make a move.

Tubeには、犬を連れた乗客がいました。盲導犬というわけではなさそうです。昨日は自転車をカバーもかけずにそのまま(しかも一人で2台も)載せている人がいました。

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ロンドン郊外のWalton-on-Themes(ウォルトン・オン・テムズ)駅で、フィドルのジョーさんと待ち合わせしています。ロンドンのWeaterloo(ウォータールー)駅から電車に乗ります。

日本だと街のほぼ中心に玄関となる中央駅がありますよね。京都駅、大阪駅、東京駅、名古屋駅。すべてそうです。一方、ロンドンの鉄道網は面白くて、中心部には駅がなく、ロンドンへ通じる鉄道は、郊外の5つの駅を発着します。市内はTubeを使います。乗り換えが不便そうですが、実際のところはどうなのでしょうね。

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切符を購入。

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今日もCornish Pastyで昼ごはん。中身のチョイスが多くて楽しいです。今日はチーズ&オニオンです。車内で頂きます。日本でいうと、551蓬莱の肉まんを阪急で食べる感覚かな!? 久々のホットコーヒー、おいしかった!

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Waltonに着きました。

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右が昨日アメリカからかえったばかりのジョーさん。去年まで英語教師として島根に住んでいました。左は、これまたジョーさん。イタリア人で、10歳でウェールズに移住、ウェーリシュの奥さんと結婚して今はWaltonに暮らしています。今回は、奥様とウェールズに里帰り。それに僕らも乗っかるというわけです。

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出国前にピアノのnamiさんから託されていたお土産の日本茶。12缶あるうちの最初の1つめを、ジョーさんの奥様のロレインさんに渡しました。千代紙風の缶がかわいいです。あと11個は誰に渡るのでしょうか。出会いが楽しみです。

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車内にて。約4時間の道のり。途中、"Cymru Am Byth"と書かれた車を見つけました。どういう意味か聞くと、"Wales forever"、なのだそうです。

Walesには、愛国的な愛国者が多いのだそうです。日本には愛国者はいるか、と聞かれて、ちょっと前に考えていたことや、国歌をめぐる複雑な事情を話しました。
「ウェールズの国歌ってあるの?」と聞くと、車の3人は、ウェールズ語の国歌を熱唱。歌ったあと、イエーイ!と大盛り上がり。ジョー(旦那)さんは、イタリアの国歌を歌ってくれました。マーチ風でした。あなたの番よ、と言われて僕は「君が代」を歌いました。改めて、ヨーロッパとは違う価値観を持った民族による美しい曲だと感じ、遠い祖国を思いました。こうして歌って盛り上がれるような、そんな国歌であってほしいです。

日本では、愛国=軍国主義、右翼 と思われてしまいます。左翼か、そうでなければ右翼で、中立はありえません。スポーツでもない時に君が代を歌えば、絶対右翼だと思われてしまうでしょう。僕は中立的な愛国平和主義者です。

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ウェールズの片田舎、ジョー(嬢)さんの実家に着きました。200年くらいの古い農家を改装したそうです。お父様は自宅で運動障害のリハビリを仕事にしていて、兼業で画家をしています。奥様はアイルランド人で、お医者さんでしたが、今は週1日だけ病院にいくそうです。今は一緒に暮らしていませんが、ジョーさんのお姉さんはプロのフィドル奏者です。絵にかいたような、豊かで幸せな家庭の、田舎暮らし。

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みんなでお茶をいただいています。

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カントリー調のかわいらしいキッチン。

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しばらくして、オーブンから出てきたのは、ウェリシュ・ビーフの大きなかたまりのロースト。お父さんが切り分けます。

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つけあわせにふかしたジャガイモと人参。伝統的なイングリッシュ・スタイルの食事。
今は巣立ったお姉さんのクリスティンさんの部屋をあてがってくれました。こんなに歓迎してくれて、本当に嬉しいです。

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夕食後、お父さんと何曲かアイリッシュやウェールズ音楽のセッション。お父さんは、コンサーティーナを演奏します。

洗濯物がたまっていたのでお願いしたのですが、なんと洗濯物をオーブンの上で干すのだそうです。

熱が残っているので、よく乾くそう。こちらのオーブンは、暖房にもなり、乾燥機にもなります。オーブンは何層にもなっていて、これはアメリカ人の友人、ディックさんが去年説明してくれたことなんですが、伝導熱、放射熱、対流熟を利用したいろいろな用途があるらしいです。一度暖めると、しばらくは余熱で使い続けられるのだとか。

キッチンにパンツ干すのは始めてです。(写真には写さないでおきました)
変な写真で終わってごめんなさいー!

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ロンドンのセッション
2011年6月 8日 16:44
ロンドンで初セッションに参加してきました。
session.orgで調べた、水曜日に唯一やっていそうなセッションです。

ネットで検索すると地域のセッション情報が手に入りますが、情報が古いとすでに終了していたり、冬季は中止していたり、お店がなくなっていたりすることもあるので、ちょっとした賭けです。
今日のは、情報が新しかったので安心して行きました。

http://www.thesession.org/sessions/display/2114


Tubeのウォンステッド(Wasntead)駅そば。Tubeは都心を走る電車のことなのですが、地下鉄と普通の鉄道のアイの子のような存在。市街地では地下を走りますが、郊外では地上に出ます。それに、1時間以上の範囲もカバーしていて、地下鉄というには広いのです。鉄道駅構内がトンネル状の丸い天井で、電車も丸いのが名前の由来のようです。

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今日のセッションはだいぶ郊外で、1時間くらいかかりました。尼崎のうちから京都のセッションに阪急で出掛けて行く感覚です。Wanstead駅からの道に、ひっそりとした石造りの教会がありました。ヨーロッパでは、都会にも郊外にも素敵な建物があり、つい足を止めてしまいます。

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ここがNightingaleパブです。丘の上に教会の尖塔が見えて、中世の物語のような風景です。この明るさで、もう9時なんですよ。サマータイムなので、日本の10時ですね。

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中高年のお客さんが中心。地元の人に愛されているのがひしひしと伝わる、静かなお店です。コーラを頼みました。おじさんのおしりの曲線がナイスな写真。

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時間になり、ミュージシャンが集まってきました。バンジョー、フィドル、フルート...見慣れた光景ですが、どんなセッションになるのか、わくわくします。

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フルートのゴレッティさんは、同じフルーティストとして、いろいろつっこんだ話をしました。お互いの楽器がどこのメーカーなのか、に始まって、吹き比べさせてもらったり、好きなプレーヤーの話をしたり。

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終電の11時まで、たっぷり楽しみました。ほとんどすべての曲を知っていたので、参加できましたが、ここ数日ほとんど吹いていなかったので、感覚がなかなか戻らなくて困りました。旅行中の練習法を考えなくてはいけませんね。

こちらのセッションに参加して思うのは、みなとてもフレンドリーで、ホスピタリティが篤いことです。初めてなのに、とっても居心地が良いのです。民族性の違いだと思いますが、日本ではお互いに気を使ってしまい、特に初めてだと、なかなかうちとけたリラックスした雰囲気になりません。また、日本のセッションを見たアイルランド人の友人のコメントですが、競争的な雰囲気を感じるのだそうです。

僕はセッションホストはしていないのですが、ホストにとっては大事なことかなと思いました。

ロンドン3日目 楽器店と両替
2011年6月 7日 01:10
今日も快晴。

イギリス西部のウェールズに行くのは12日の予定だったので、それまでイギリス南西のケルトの地、コーンウォールに行って、日本では情報が入りにくい彼の地の音楽を調べようと思っていました。バスや宿を調べ始めたところ、日本で知り合った友人ウェールズ人のフィドル奏者ジョーさんからメールが。

ジョーさんはアメリカのオールドタイム音楽も弾くので、ちょうどアメリカ旅行からロンドンに帰ってきたところらしい。明日、車でロンドンからウェールズまで帰るので、同乗しないかと誘われた。それはありがたい!では、もう一日、今日はロンドンにいることにしよう。

今晩、ロンドンのアイリッシュ・セッションに顔を出してみよう。調べも付き、昼間は伝統音楽の楽器店「Hobgoblin Music」に行くことにした。移動には"Tube"を使って。一昨年来た時は知らなかったけど、こちらではオイスターカードという、ICカードが普及しているらしい。日本との違いは、このカードを使うと料金が半額以下に安くなること。もともとロンドンの地下鉄は高すぎで、ひと区間500円くらいからスタートするのだけど、これを使うと200円ちょっとになり、日本と変わらない感覚になる。

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早速、手に入れた。空港で買うべきだったなあ。

トッテンハムコート駅の通路で、日本語でギター弾き語りしている女性がいたので、話しかけてみた。こちらで6年、音楽活動をしているそう。ロンドンでは地下鉄で演奏するのに許可がいるのだけど、平日の昼はこうしてバスキング(路上演奏)しているらしい。

ロンドンの日本人のコミュニティは狭く、ロンドンに暮らしていた沢尻エリカさんや、いま住んでいる葉加瀬太郎さんも知り合いだって。タフな方だ!いろんな立ち話ができて楽しかったです。


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ロンドンを歩いていると、中世そのもののような建物が目に飛び込んできて、思わず足を止めて写真を撮ってしまう。

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トッテンハムコート近くのHobgoblinに到着。ここは一昨年も来たけど、世界中のいろいろな楽器を教本が売っている。

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今日の戦利品。イングリッシュの曲集は分厚くて重いので迷ったけど、前からチェックしていて欲しかった本なので、思い切って購入。ぱらぱらめくっただけだけど、お気に入りの曲が何曲も入っていた。新たな曲との出会いにわくわくする。160年前のウェールズの曲集も買いました。

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お昼はコーニッシュ・パイ。コーンウォールを先送りしたので、気分だけでも。£3.2=400円くらい。一つでおなかいっぱい。イギリスは、パイが美味しいよね!

Tottenham Court Roadから歩いて帰ることにした。2時間はかかるでしょう。

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街角のパブ。屋外で平日の昼間からビールをあおるオジサンたち。日本じゃ肩身が狭くてできない光景ですね。

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Green Parkそばで、日本領事館を見つけた。なんだかほっとするね。

Green Parkで30分ほど、フルートを吹いていたら雨が降ってきた。イギリスの天気は変わりやすく、霧雨のような雨がよくふるのだけど、今日のは本格的。みるみるうちに濡れてしまった。維持を張らずに地下鉄で帰った。

日本から持ってきた現金が無くなったので、トラベラーズチェック(T/C)を現金化しなくてはならない。現金がなければ、ご飯も食べられないのだ。両替商で試しに聞いてみたら4%と言われた。高すぎる!街を歩いていても公式な銀行が全然見つからず、どこで換金したら良いのか、宿に帰ってネットで調べたところ、イギリスではT/Cは絶滅しかかっていて、手数料無料で換金できるところは殆どないみたい。

唯一、市内ではMark & Spencerの両替所で無料で交換できるとの情報を見つけ、Marble Archまで探しに行き、無事交換できた。

短期滞在ならクレジットカードでキャッシングすれば事足りるようです。T/Cを使うのは、日本にいるときによほど円高で、そのような状況は二度と望めないと思ったときに、保険として替えておくくらいでしょうか。

さて、ロンドン郊外のセッションに行ってきます。















ロンドンに到着
2011年6月 6日 04:04
ロンドンのEarls Courtのホステルから書いています。ここは月曜夜の8時。日本では翌朝4時のはずです。こんな時間なのに、緯度が高いため外は真昼のように明るいです。今日は曇りで気温は16度と肌寒いけれど、まだ暮れる気配はありません。ふと、白夜を見に夏至に極地まで行ってみたいなと思ったり...

僕のねぐらは狭い部屋に並んだ3段ベッドのドミトリーの最上段。20代前半くらいの若者が、音楽をかけたりラップトップで動画を見せ合ったり、アイフォンをいじったりしています。今はみんな、パソコンと旅をしているんだね。僕も例外ではありません。Wi Fiが入ったので、到着の報告をします。

中国国際航空で、北京乗り換え。フライト時間は大阪から北京で4時間、北京からロンドンで11時間ほど。北京から出発した飛行機は、景色が綺麗でした。

ここは内モンゴル上空らしい。1時間以上も、ずっと緑がない赤茶け大地を飛んでいました。砂漠だったのでしょうか。人は暮らしているのでしょうか。



シベリア上空の雲海。

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中央アジアの山岳地帯のようです。雪が残っていました。

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窓の下の景色を見ながら、いったいそこにはどんな景色があって、どんな人々が暮らしているのだろう、どうやったらそこにいけるのだろう、と空想を膨らませていました。

ユーラシアは大きな陸地なのに、言葉も顔つきも違う人々の住むいくつもの国を通過していることに、改めて興奮しました。この人生で、世界中の驚くべき景色、街、人を訪ね、地球に生きていることの素晴らしさを満足するまで味わいたいと想います。

とりあえず、12日にウェールズのフィドルフェスティバルを見に来ますが、それまでの予定は白紙です。ロンドンでぶらぶらするもよし、コーンウォールを見てくるもよし・・・
出国前が分刻みのスケジュールだったので、白紙の予定表を楽しむことにします。




立山にて
2011年5月25日 21:36

明日、富山県高岡市で開催されるフィドルの大森ヒデノリさんのコンサートに先駆けて、富山在住の友人をたよって前乗りで富山に来ています。三年連続、春の富山です。

今回の目的は、去年かなわなかった立山の「室堂 むろどう」の雪の壁を見ること。室堂は、標高2300メートルくらいの平原で、交通規制のため、観光バスでしか登れないのです。

去年は、連休中だったため早朝にも関わらず、室堂行きのゴンドラとバスは3時間待ちとかで、諦めたのでした。

今年は、連休明けの平日で、無事バスにも乗れて、室堂へ。15メートルの雪の壁を見てきました。バスが小さく見える。こんなに積もるなんて、北海道でも見たことがないです!

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ちょっと登ると、340度パノラマ!剣岳もきれいに見えました。5月とは思えないほどの雪景色ですが、太陽に近いからかポカポカで、風もなく、ジャケットも手袋も要らないほどでした。

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今年で3度連続の称名滝にも会えました!今年は水量が多く、いつにも増してダイナミックな姿。この時期にしか現れない、落差500メートルで日本最高落差のハンノキ滝も出現、ほかにも幾筋も滝が出ており、神秘的でした。

明日の大森さんの公演もしっかり頑張ります!

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快可立 台湾ドリンクスタンドが京都に開店
2011年2月27日 20:49
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日本にも来てほしいと思っていた、台湾のドリンクスタンド。
いろんな種類の飲み物やお茶を、ホットでもアイスでもお好みに作ってくれる小さなお店です。台湾では自販機が無い代わりに、ドリンクスタンドで飲み物を買います。

それが、京都の新京極商店街の三条付近に進出していました!びっくり。

しかもメニューも台湾そのままで、タピオカミルクティーをはじめ、多種多様なドリンクが300円程で売っています。中国語メニューもあり。

懐かしくなって買ったら、味も台湾そのものでした。

店員さんによると、台湾から機材や食材を全部直送しているのだとか。これから、夏にかけて利用頻度が増えそうです。







初の海外でのレッスン☆成功
2011年1月18日 10:53
夜市で有名な台北市の士林にて、士林楽器の協力を得て、レッスンを開催しました。
僕にとっては初めての海外でのレッスンです。

日曜日のコンサートにご来場下さったお客様も多く、18人もの生徒さんが参加しました。
台湾ではオカリナが盛んですので、多くの方がオカリナも演奏しているということもあり、スピードの速いレッスンにもどんどんついてきてくれました。

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レッスンは90分間で、初めてのティン・ホイッスルということで、運指や楽器の支え、タンギングなどを、英語で行いました。
英語⇒中国語への通訳が必要かなと思っていましたが、きちんと理解していただけて、ほとんど必要はなかったようです。一部、僕が説明しにくい微妙なことは、日中バイリンガルの方に通訳して頂きました。

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レッスン後にはどんどん質問が飛び出し、とっても活気のあるレッスンになりました。皆さん、言葉が違うというだけで、雰囲気は驚くほど日本と同じでしたよ。

日本人の先生が、アイルランドの音楽を、英語で台湾人にレッスンするというのは、とても不思議な状況ですが、音楽は全人類的な言語ですので、これからも海外で笛を広めていきたいです。

士林楽器では、僕のデモCDも販売頂けることになりました。

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次に台湾に来る時に、皆さんが笛を楽しんで続けてくれていますように。



台湾の結婚披露宴に参列
2011年1月16日 08:05
唐さんの生徒さんの結婚披露宴に参列させて頂きました。

当日、長く伸びた髪をカットしてもらいました。去年にも行った、唐さんの事務所のすぐそばの美容室で、カットとシャンプーでなんと200元(600円)でした。マッサージを30元で追加できるそうです。人件費がとっても安い台湾。ちなみに、スーパーのアルバイトの募集広告を見ると、時給は100元(300円)でした。

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披露宴は、お昼にする日本とは違って、土曜日の夜に行われました。台湾では、新郎新婦の関係者はもちろん、それぞれの両親の友達なども集まって盛大な会になるそうです。この日は、200人以上が集まっていました。

日本と同じなのは、新婦はウェディングドレスを着て、お色直しが何度もあること。二人の写真ロケをするようで、森の中や街で撮った映画のワンシーンのような素敵な写真がスライドショーで流れていました。

披露宴といっても、特に式次第も無く、豪華な中華料理のフルコースがこれでもか、というほど出てくるのです。それをひたすら食べて楽しむという会でした。ご祝儀は、新婦の関係者のみお渡しし、引き出物も新婦の関係者だけが受け取るようです。

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僕たちは、式の最初に数曲演奏しました。まだお酒が入る前で、皆さんよく聴いて下さいました。

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台湾的友人介紹
2011年1月14日 12:36
ヴァイオリン弾きの子涵:ツーハンさんが練習に来ました。
台湾人は英語名を持つことは普通なので、彼女の英語名でリジーと呼んでいます。

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彼女は去年まで大学生だったのですが、台北の品多という所にあるカフェで演奏したとき、たくさんの女友達を誘って来てくれて、演奏後はもみくちゃにされて撮影会のようになってしまいました。峰彦さんが、「可愛~!」と大人気でした。

リジーはオーケストラで演奏もしているので、明日のコンサートではリジーも誘って一緒に演奏することになりました。

ノートパソコンを新調して持ってきているのですが、楽譜ソフトが入っているおかげでこちらでも編曲ができて、大活躍しています。

今日は、これから唐さんの友人の結婚式に誘われて、演奏してきます。200人も集まる盛大な式のようで、楽しみです。


50年間も、台湾は日本だった。
2011年1月11日 23:20
鼻笛演奏家のディロンさんの、すぐ近くに住んでいる祖母が日本語を話すというので、会わせて
頂けることになった。

日本に対して悪い感情を持っていないか気になって聞いたみると、そんなことはない、むしろ感謝しているという。

おばあさんはきれいな日本語で話してくれた。
日本名は、竹原ちえ子さん云い、80歳近くになるそうだ。
日本人は礼儀正しい、とほめてくれた。

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竹原さんは、生まれてから15歳で終戦を迎えるまで、日本人として生きてきた。

もともと台湾には中央政府がなく、日清戦争で日本が台湾を割譲するまで、台湾の少数民族はそれぞれが別々の言葉を話し対立しあっていたと読んだことがある。

日本統治時代に、日本は台湾のインフラを整備し、教育を与えた。
少数民族は、日本語を使って意志の疎通が図れるようになった。

ルカイ族は、もともと台東の山々に暮らす民族だったのだが、日本政府が管理しやすいように山から移住をさせて、教育を与えそうだ。おばあさんは小 学校で日本式の教育を受けた。その時の日本人の先生や、子守をした日本人の子のことを名前までしっかりと覚えていた。終戦後、日本人が台湾を引き上げて以 来会っていないそうだ。

戦後、国民党が中国から敗走してきてから、日本文化は破壊され、日本語を話すことも禁止された。
それでもおばあさんは、終戦後も日本の文化を大切にし、お正月には日本の方向を向かって拝み、着物を着てお祝いをしてきたという。浴衣を仕立てることもできて、友達にも作ってあげたんだそうだ。

おばあさんが小さいころに覚えた歌、「蛍の光」や「故郷」といった日本の曲を歌ってくれた。
僕たちも楽器を演奏し、一緒に歌った。おばあさんは懐かしいと言って泣いて、僕たちも、日本語がわからないディロンさんやその彼女も泣いた。

おばあさんによると、昔の日本人は優しくて、立派だったという。
日本人がしてくれたことを、いつまでも忘れません、と何度も言っていた。
僕たちは、日本は戦争でアジアの人たちに悪いことをした、と学校で習ってきたけれど、日本人に対して感謝してくれる人が、こうして台湾にはいる。
自分の祖父母を誇りに思っても良いんだ、と承認をしてもらった気持ちがして、感激した。

戦後、日本人が忘れてしまった台湾。
50年も、ともに歩んできた時代があったのだ。
生まれたときに日本領になった台湾人は、50歳で終戦を迎えて、日本語を禁止されてしまったことになる。その時の衝撃は想像を超えている。

日本人として生きてきた人が、いまも日本を大切に想いながら生きている。
僕にとって、日本人であることを強烈に意識した出来事だった。

台湾ルカイ族の鼻笛奏者との出会い
2011年1月10日 08:42
台東から台北に帰る日。
昨晩、鼻笛演奏者のディロンさんから家に寄るように誘われていたので、電車を昼の便にして、ゲストハウスの若女将、小官(シャオクァン)さんに車を出してもらう。

ディロンさんの家は、ゲストハウスから割と近く。
家のそばの朝ごはん屋さん(としか表現できないのだけど、サンドイッチや軽食を作ってくれるお店)でご飯を買って、ディロンさんの家へ。

コーヒーを頂きながら、いろいろな鼻笛を見せてもらう。

玄関にたくさんの竹が積まれていたので、自分で笛を作るのか聞いてみた。竹を切って、1年寝かせて笛を作るのだそうだ。竹を切るのは真冬が良く、穴を焼きごてで開ける。失敗したら、捨ててしまうとのこと。

鼻笛は常にペアで吹くのだけど、それは、男女の象徴で、男の笛のほうには指穴があいている。たくさんのペアを試して、一番マッチする笛をカップルにするのだとか。

吹いてくれた音楽は、静かで、自分の中と交信するような音楽。人を楽しませる音楽とは正反対のもの。

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ディロンさんの彼女が英語を話すので、詳しい話を聞いた。
ディロンさんは、台湾の少数民族「東ルカイ族」で、ルカイ語と中国語を話すそうだ。彼の外見も、多くの台湾人とは違い、肌が茶色く、ハワイなど太平洋の島々の先住民のような顔つきだ。

どうして、鼻を使って笛を吹くようになったのだろうか。
太平洋の島々には口が不浄だから鼻を使って笛を吹く文化がある、と聞いたことがあるので、そういう理由かと質問すると、そうではなく、鷲が滑空する様子を表現するために、鼻のほうが良いのだとか。

昔ルカイ族には敵の首を狩る習慣があり、首を狩ったときの曲を吹いてくれた。シャーマン的な、宗教的な曲だった。

彼は、工房にも招き入れてくれて、竹の選び方や穴の位置の決め方、笛に施す彫刻のことなども話してくれた。

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鹿児島、宮崎の面白いもの見つけた
2010年12月25日 15:24
鹿児島の生徒さんの家の近所のお墓。
お墓の一基ごとに屋根が付いています。
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珍しい光景に驚いて聞くと、これは火山灰対策のようです。
鹿児島は桜島の火山灰が降る街。
火山灰専用のゴミステーションがあって、これにも驚きました。

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宮崎市の郊外で撮影した、池の写真。
宮崎では、日照り対策のために、農家が共同で池を管理してきたそうです。
そこに鯉を放って、秋になると水を抜いて鯉を捕って食べるのだとか。

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ポストに描かれた船の模様。
宮崎県美々津の歴史的な町並みの玄関で撮影。
神話の神武天皇が船出したと言われる美々津は、それを誇りとして
ポストに船を描いているのだそうです。
町並みも素敵でしたよ。




桜島
2010年12月22日 10:03
鹿児島に初めてやってきました。
福岡からバスで中央駅前に降り立ちましたが、聞いていたほど田舎という印象はありませんでした。
中央駅の観覧車が素敵でした。

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土日のライブや移動がこたえたのか着いた初日は疲れていて、出歩かずに宿のそばの銭湯(天然温泉)に行ってのんびりしました。
1500円で泊まれるゲストハウス「リトルアジア」は前からチェックしていた宿。
ビルの中にあり、思っていたよりも施設が整っていました。
無線LANも入り、メールや、ネットでの買い物も旅先でできるのは快適です。
翌日は、念願の桜島へ。鹿児島市からフェリーが出ているのですが、なんと24時間運航なのです。
桜島でゆっくりしても、終船(?)を気にしないですみますね。

桜島とは、島ではなく鹿児島の対岸にある半島なのですが、ここの火山のことを地元では桜島と言います。
噴煙は確認できませんでしたが、雄々しい姿に息をのみました。

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溶岩の固まった荒々しい景色の中を散歩しました。
船着き場そばのマグマ温泉にも入りました。黄色の硫黄泉で、しょっぱかったです。

今回は駆け足でしたが、ゆっくり屋久島や奄美にも行ってみたいものです。
ライブレポートはまた後日!

大旅行を計画
2010年11月28日 09:36
来年の夏に渡米するお話しは、以前にブログ書いていました。もしかしたら、数カ国を回る大旅行に発展するかもしれません。

というのも、今回アメリカのパイプ奏者Dick Hensoldさんに僕の楽器を見て頂いたところ、リードの調整が必要だから、一度メーカーのRichard Evansさんに会いに行った方が良いと助言を頂いたのです。エヴァンスさんはイングランド在住。

アメリカに行くことばかり考えていたのですが、思えば、UKからアメリカはLCC(安い航空会社)があるのです。

ちょうど、先日ウェールズの友人でフルート奏者のジョン・マシューさんが来日しており、ウェールズに来たらコンサートを企画してあげる、うちにも泊まりなさい、と嬉しい声をかけて頂いていました。もしウェールズに行けば、夏まで島根県に住んでいたフィドル奏者のジョー・クーパーさんにも会えます。それなら、久しぶりにヨーロッパを数カ国回ってみても良いかも...と思い始めました。

まず、ドイツに行き、ホイッスル製作家のコリン・ゴールディさんに会う。フランスのブルターニュに行き、2年前にうちに滞在していたアコーディオン奏者のフィリップ・オリヴィエさん、フルート製作家のジル・レアールさんに会う。もし行けたら、未踏のケルトの土地ガリシアに行き、伝統音楽を生体験する。ウェールズに行き、ジョンさんとジョーさんに会う。北イングランドでエヴァンスさんに会う。スコットランドでスコティッシュ・パイプの奏法を習う。

旅をしながら、来春発売のソロ・アルバムを配って回り、PRをする。誰かの目に留まりバンドごとあちらのフェスに呼ばれないとも限りません。気になるメーカーの工房を訪ねて、輸入販売の道を拓く。教本シリーズ2弾目のネタを収集する。思えば、ヨーロッパでできることは山とあるのです。何より、6年ぶりにアイルランドの地を踏めるかもしれません。

片道航空券を調べたら、エジプトのカイロ回りの切符が出ていました。エジプトにも行けるのか...なんだか、夢がどんどん広がってきました。ワクワクが止まりません。

熊野で誕生日を迎える
2010年11月22日 07:29
21日、早朝にレンタカーを借りてりんくうアウトレットへ行き、衣装探し。翌22日はCDジャケットに使う写真の撮影が予定されている。

広いアウトレットパークで色々なお店を回ったけど、会社員向けの通勤ファッションかカジュアル服ばかりで、拍子抜けしてしまう。唯一、衣装になりそうかな、と思ったのはトルネード・マート。やはり、ここか...。出戻ってきた僕を見て、店員さんはにっこり。こちらの希望をお伝えして、全身コーディネートしてもらいました。

した道を使って、熊野市へ。いつもなら阪和道で紀伊半島を西からぐるっとまわり、中辺路(なかへじ)を通って新宮に出るのですが、熊野へ行くならした道でも変わらないようです。ナビで天川村を通るルートを設定すると、深い山奥に連れて行かれ、山肌にしがみつくようなくねくね道を進む。紅葉が綺麗な場所なので、日曜日でもあり行き違いが大変。前の車は障害物や対向車にこすってました。途中、はっとするほど綺麗な紅葉があり、車を止める。

そんなこんなで、夜に熊野の前さんの実家(みかん農家)に到着。前さんは尾鷲の高校教師で、去年コンサートを企画してくださった人。剣道の達人です。

今年も熊野で誕生日を迎えることが出来ました。手作りのご飯のあとは、サプライズのケーキ。ケーキはそんなに食べられなくなったけれど、お祝いしてもらう暖かい心はいくつになっても嬉しいです。

便利な世の中、プレゼントをネットで買って発送すれば5分もあれば済むことですが、こうして貴重な時間を割いて集まって頂き、お祝いして頂けることが、どれほどありがたいことかと感じています。ものを頂くよりも、時間(時は命です)と心を頂けることが、本当に嬉しいです。

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ありがとうございました。

(つづく)

6000円で台湾に行こう
2010年10月12日 23:39
来年1月5日~20日に、再び台湾に行くことにしました。

去年はシタールの田中峰彦さん、ピアノの梅田望実さんとともに「音楽旅人」というユニットでツアーをしましたが、今年は2週間、台北のホテルにこもって、教本シリーズ第二弾「アイリッシュ・フルート編」の執筆に励むことにします。

峰彦さんの参加はわかりませんが、たぶん、また音楽旅人の3人で1月15日か16日の週末に台北でライブをすることになると思います。追っかけ大歓迎です(笑)

7月に就航したLow Cost Carrier (LCC) のひとつ、Star Jet Asiaの格安フライトを利用すると、最安値で片道6000円~行けます。東京ー大阪間の夜行バス並ですね。これに税金や空港使用料、燃油サーチャージを 加えても往復で2万円ちょっとです。台湾がさらに近くに感じられますね。

これから、台湾で仕事をする機会が増えそうな予感がしています。あちらで毎月教室、なんていうことになったら、楽しいだろうなあ。

台湾で会いましょうあっかんべー

http://www.jetstar.com/jp/ja/home.aspx

旅人の宿
2010年10月 8日 21:39
今回の旅行では、できるだけ民宿ではなく、相部屋(ドミトリー)の宿を選んで使った。

海外では一般的な、バックパッカーホステルに近いものだが、北海道ではこれも民宿と呼ぶらしい。
「とほ宿」という、北海道を中心に展開する宿のネットワークがある。男女別相部屋で、宿泊料金が安く、宿泊者どうしの交流が生まれやすいことが定義らしい。

もっとも、今はツーリングもウィンタースポーツもオフシーズンで、貸し切り状態のところもあった。最初の宿は2食付き3000円と破格。独身の中年男性で、ひとりで切り盛りしている宿だ。

さらに、毎晩9時半~を無料の宴会を催していた。しかし僕はお酒が飲めず、他の宿泊客も疲れていて早々と休んでしまい、宿主だけが一人寂しく飲んでいた。
宿主はかなりお腹が出ていたのだが、毎晩が宴会では健康にもよくないだろう...。僻地の宿なので、これが楽しみなようだった。

次の宿は、家族4人で宿泊者と同じテーブルで食事をする、まさに家族的な宿。リビングで中学生のお嬢さんがを勉強していた。

最初の宿は間取りも設備も普通の家で、こういうところでも宿にできるのかと知った。二軒目も話し好きな宿主で、20代前半の時に本州から出戻りして借金をして建てたそうだ。どちらも設備、サービスがとても良いとは言えず、しかも僻地で、宿泊料が安いのだが、ちゃんと暮らしていけるらしい。
ハイシーズンは予約で埋まるという。こういう家族的な宿の居心地よさを感じるファンがクチコミで支えているのだろう。

毎日新鮮な出会いの連続である宿主の話を聞くのが楽しい。均一的で快適なサービスではないけど、個性的で、家族的な宿。今後も、仕事でちょっとした旅行などでもあえてドミトリーの宿を選びたい。

ところで、先日書いたの「一人旅は寂しい人?」の話題について考えていたら、あまりにまっとうな結論に行き着いた。

旅にも色々なスタイルと目的があるから、それに応じて一人旅、グループ旅行を選べばよいのではないか。どちらにも、それぞれの良さがあり、不便さや窮屈さもある。
本人が楽しめれば、どちらかにこだわる必要もないでしょう。まあ、これでは正論すぎて面白くないかもしれないけど。

乗り物と一緒かな?
目的に応じて、飛行機、電車、自動車、自転車と使い分けるでしょう。一人旅じゃなきゃっていうのは、極端な話、移動は自転車じゃなきゃっていうのと同じかも。必要あれば自転車だって電車や船にも積めるし!

ところで僕は一人旅が好きだけど、ヒマになるんだよなあ...。

世界遺産 知床を歩く 2
2010年10月 6日 06:55
今回の帰省で父から、僕の祖父が斜里に住み商工会の仕事に就いていた頃、ナショナルトラスト運動に参加し、僕と兄の名前で寄付をしたと聞いた。30年近く前のことだ。

そのことを思い出し佐々木さんに話すと、知床情報センターに行けば寄付をした人の名札が並んでいるので、ひょっとしたらあるかもしれないから見に行こうと、山を降りて連れて行ってくれた。

建物の中に、4万9千人の寄付者の札が並んでいる。
都道府県別、五十音順にならんだ名札から、すぐに北海道の畑山姓が見つかり、祖父、僕、兄の名前が見つかった!
祖父は、僕たち孫に未来を託してくれたのだ。僕が高校生の頃に他界した、優しかった祖父に会えた気がして嬉しさがこみあげた。

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続いて、佐々木さんはフレペの滝へ案内してくれた。
地下水が滝になり断崖絶壁から突如飛び出してオホーツク海に流れ落ちる不思議な滝だ。
去年一月、津軽の笛の佐藤ぶん太さんがここを訪れ、厳冬の中で笛を吹き、「斜里の曲」を作ったと、佐々木さんは語った。

斜里と弘前が友好都市になったのは昭和50年代。 二つの土地のつながりは古く、江戸時代に津軽潘士が北方警備のために斜里に駐在し、厳しい自然のために亡くなる人が多かったという。
ぶん太さんはそのエピソードを「斜里の曲」に織り込んだ。

そんな時代的経緯からか友好都市になった初年に、記念として弘前のねぷた祭を斜里に導入し、いままで三十年近く守って来たという。 佐々木さんも斜里ねぷたの笛奏者だ。

実は、父によると僕はその第一回目の斜里ねぷたに居合わせている。 祖父を訪ねて父が僕を連れてきてくれたそうだ。

斜里、祖父、ねぷた、笛、弘前、津軽、佐藤ぶん太さん、佐々木さん。 すべての糸が30年を経て繋がった。斜里は僕にとってまことにゆかりのある土地だったのだ。

知床五湖の湖面に美しく反射する知床連山に向かい笛を吹きながら、祖父の代から長い時を経て、再びこの地に帰って来たことの不思議さを想った。

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宿に戻り佐々木さんと別れると、バケツをひっくりかえしたような大雨が突如降り出した。 つい先程までの晴れが信じられないほどだ。すぐ夕食にしたのだが、テレビのニュースに羅臼岳で出会った山岳ガイドの滝沢さんが出てきて、またびっくり。 なんとも不思議な一日だった。


世界遺産 知床を歩く1
2010年10月 5日 00:09
知床に到着した日は晩まで強い雨に降られたが、夜が明けると快晴になり、気温がグングン上がり、24度にもなった。

2週間前の笛博の初日、講師として神戸にいらっしゃっていた津軽の笛奏者の佐藤ぶん太さんに僕が知床に行くことを話すと、斜里にお弟子の佐々木さんがいらっしゃるので、案内してもらうよう、即座に電話して下さいました。 佐々木さんが朝9時に迎えにいらっしゃり、まずは羅臼岳へ。

標高1600余メーターの頂上まで登ると往復9時間かかるというので、今日は途中の見晴らしのよいところまで、片道90分程の登山。
 
植物の種類や森の様子が、関西とはまったく違う。人の手が加わっていない原始林。僕が学校の遠足などで馴染んだ森だ。

途中、熊の話しをたくさんしてくれた。知床は熊の棲息密度が高く遭遇、目撃が後を絶たないが、これまで死亡事故は起きていないという。

途中、地元で唯一の山岳ガイドの滝沢さんに会う。 佐々木さんと同じ斜里町役場に勤めていたが退職したのだという。ちょうど、熊対策のフードロッカーの部品を運ぶ最中だった。

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見晴らしのよい場所に着き、佐々木さんが、自然環境について話してくれた。

知床半島の北側は流氷が接岸し、陸地を侵食し、断崖絶壁が続く地形を作った。
流氷はオホーツク海から大量のプランクトンを運び込み、それを餌とする魚が豊富な海となった。特に鮭は日本一の漁獲高を誇り、川を遡上する鮭が陸で産卵、息絶え、その死骸が土に還り森の養分になり、森を豊かにしてきた。

知床連山は低山ながら本州の3000メートル級の山と同じ気象条件にあり、海から山頂までの短い距離に、多様な生物が見られることが知床の特徴だという。
もっとも、知床が世界遺産になったのはこのような特異な環境のためだけではなく、今から30年程前に当時のカリスマ斜里町長の存在があった。

日本中が開発に浮かれた高度経済成長期、知床も開拓がされようとしていたが、余りに厳しい自然のために途中で放棄されてしまっていた。

町長は、イギリスのナショナルトラスト運動に倣い、民間の寄付金で土地を買い上げ、環境を保全する日本でも先進的な取り組みを始めたという。

これが実を結び、知床の90%以上を買い取ることに成功、現在は植林により元の姿に帰す取り組みが進められている。もっとも、200年かかる計画らしい。

そのカリスマ町長の2代後の町長が知床を世界遺産に登録することを提唱した。
当時は反発も多く、特に羅臼側の漁民にとっては、規制が漁業の妨げになることを危惧して、反対運動が起きた。 そのため、新たな漁業規制を設けない条件ですすめられた。

実際に登録されると、世界遺産になったことで、これまで地元民にとっては当たり前のようにあった自然の価値が認められ、経済的効果というより、人々に誇りや郷土愛が育ったことの効果が大きかったと佐々木さんは語った。

白神、熊野、石見、知床と日本の世界遺産を訪ね歩いたが、それぞれに素晴らしい場所だ。
土地の人の世界遺産への感じ方もまたそれぞれで、興味が尽きない。

姫路~福岡~名古屋
2010年9月23日 05:32
万笛博覧会が終わったかと思えば、行きつき暇もなく、動き回っています。

火曜日は、10月のディックさんのコンサートのための学習会として、姫路労音さんの幹部に講演に参りました。2時間の中で、ライブもティン・ホイッスルの体験レッスンもし、想いのたけをつたえることができました。

木曜(今日)は、5時置きで、始発の飛行機で福岡へ。3か月ぶりのレッスンに参ります。

明日は、名古屋で教室のあと、西宮のカプリシカでライブ。

土曜日は名古屋でコンサート・・・

と、相変わらず日本を走り回っていますが、元気に乗り切ります。そんなわけで、万笛博覧会のレポートはもうちょっとかかりそうです。

行ってきます!

Itchy feet ・・・そゞろ神の物につきて
2010年9月 2日 19:33
マイミクで北海道在住のさらふぁいさんから、ポストカードが届いた。10月2日、札幌での小松崎健さんとのコンサートの案内をお送りしたお返事だ。

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分厚くて上等な絵ハガキ・・・と思ったら、現像した写真に切手を貼って、裏にメッセージを書いて下さったのだった。そんな送り方もあるのか、粋なことをなさるなあ。

写真は、室蘭の地球岬で撮影したそうだ。調べてみると、室蘭市街地から近く、ここからは太平洋が見える。風の香や潮の音を感じられる写真。

近頃はレッスンで生徒さんに会うごとに、この夏の旅の話を聞くのが定番の会話だ。特に、礼文島に行った生徒さんの話は興味深かった。

終わりの決まっている旅は、旅に出たとたんに、終わった後のことを考えてしまう。終わりを決めない旅をしたのは、いつの頃?

島根のジョーさんは、これからウガンダに行くのだという。
目的も目的地も終わりも決めていない旅だ。

海を見ながら、旅人は、旅の感動を忘れかけた頃に、それを忘れまいとして、また旅に出るのではないか、という考えが浮かんできた。

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写真は、島根の印象的な景色。

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島根の海
2010年8月29日 22:45
鳥取では大山に登り、島根では海に泳ぎました。

島根に住むウェールズ人の友人・ジョアンさん(女性)の車に乗って移動中、余りの暑さに耐えかねた僕が「明日、時間があったら泳ぎたい」と言ったので、海にクラゲがいるかもしれないから下見をしようと、琴が浜という浜辺に連れて行ってくれました。近くに車を停め、砂浜を歩きました。「鳴き砂」で有名で、歩くとキュッキュと音がします。

と、突然、ジョアンさんが海に走っていき、着衣のまま泳いでしまいました。僕は唖然・・・。一瞬、僕も行ったろうか!?と思ったけど、ポケットの中のケータイや財布が気になり、立ち尽くすままでした。しばらく泳いだジョアンさんは、ずぶ濡れのまま、車を運転していました。日本人にはなかなかできないワイルドさですね。ウェールズでは海のすぐそばで育ったのだとか。

翌日大阪に帰る前に時間があったので、琴が浜とは別の場所ですが、海に連れて行ってくれました。白い砂浜がずーっと続く、ひと気のない海。他には3人しかいませんでした。

日本海といえば「荒波ざっぱ-ん」というイメージがありますが、行くところに行けば、美しい穏やかな砂浜があるのですね。遠浅で、沖縄をイメージさせる、楽園のような海でした。

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先日、妻と若狭湾の小浜に行って泳いできましたが、去年、熊野の海で泳いで以来、海や泳ぐことが大好きになりました。一日でも多く、海に遊びたいなと思うまでになりました。

そして、大阪に帰ると、生徒さんに「ますます焼けましたね」と言われるのでした。

大山登頂
2010年8月22日 07:40
昨晩は、鳥取県米子市のクラブ「ハイハイピカドス」で、島根のフィドル奏者ジョーさんと、米子のギター/シンガーのティムさんと演奏。

直前に決まった、半ばシークレットライブだけど、ティムさんのお陰で沢山のお客様が来て下さいました。

出雲で、小泉八雲さんの曾孫さんの凡さんの奥様でショウコさん(漢字は不明)がティンホイッスルの練習会をしているのだそうですが、そのメンバーの方もはるばる来て下さいました。

今日は鳥取県の大山に登山。中国地方の最高峰で、1700余メーターあります。
朝10時に一合目から登りました。急斜面に木などで階段を作っており、一段が50㌢はあろうかという、急で細い登山道を延々と昇り続けて2時間で頂きを踏みました。
朝食がおにぎり二個だったこと、暑さもあり、かなり体に堪えました。
途中、体力が持つか心配になりましたが、ご老人や小学生ばかりか犬まで登っていたのには驚きました。
山頂はガスがかかり、残念ながら景色は楽しめませんでした。
本当の頂きはすぐそばですが、斜面が崩落しており、昇ることができません。
昨晩のハイハイピカドスのオーナーが、テレビの、日本の山ランキングで大山は3位だったと喜んでいらっしゃいましたが、今日は諸条件で楽しめなかったのかもしれません。
山も色々ですね。好きなタイプの山を見つけたいです。思い出深いのは高校で登った十勝岳かな。

登山口そばにモンベル(登山道具の店)があり立ち寄りましたが、夏用の熱を逃がす化繊シャツや、テント、ガスクッカー、レインコートを見て、思わず欲しくなりました。

来年は立山縦走をしたいので、必要があれば少しずつ備えたいです。


余りに汗をかいたので、雲南市木次(きすき)の湯村温泉に寄りました。
数件の鄙びた温泉郷で、ジョーさんの生徒さんのご両親が経営している築100余年の古風な旅館で食事を頂きました。

今から石見銀山に向かいます。

広島県ツアー③ 広島編
2010年8月 2日 02:04
広島市に来るのは5年ぶりくらい。その頃はspudsというアイリッシュ・パブがあり、ライブをさせて頂いたり観光に行ったりと、毎年通っていました。閉店してしまってからは、機会がなかったので、懐かしいです。

宝石展示会の仕事の後は、mixiを通じて知り合ったジャズ・フルート奏者の太田さんと再会しました。太田さんともかれこれ5年ほどお会いしていないかと思います。自然薯(ヤマイモ)のレストランに連れて行って頂きました。まさに自然薯のフルコース。カリカリフライや、アボカドの天ぷらなど、美味しかったです!音楽の話など、久しぶりに関わらず、楽しくお話できました。

たっぷり食べた後は、繁華街「えびす通り」にある太田さんの行きつけの「ピアノ・バー下本」に。今日は運よくセッション・デーなのです。ところが、開店時間に行っても、お店が開いていない...下で待っていると、下本さんがマウンテン・バイクにまたがって登場。なかなか自由人でいらっしゃる様子です。

お店は、カウンターとテーブル席合わせて10席ほどの小さなスペース。そこにピアノやオーディオセットがあり、さながらジャズ部の部室のような雰囲気です。しばらくして、今日のホスト・ミュージシャンが登場。アメリカでドラムショップをしていたというドラマーの方と、タクシー運転手をしているというベースの方ですが、お二人とも初老で、いかにもしぶかったです。

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昨日の尾道には、30年、ひとりでブルーグラスのバンジョーを弾いているというおじ様が来ていましたが、好きという一心で続けていけるのは、素晴らしいことだと思います。写真、手前の方です。

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僕は、プロになっていなかったら音楽を続けられていたか分かりません。きっと、代わりに情熱を注ぎこめそうなものを見つけ出し、仕事にしていたことでしょう。そういう性分なのです。

この日は新幹線の終電で大阪に帰らねばならなかったので、1曲だけセッションをお願いしました。僕のオリジナル曲「Karma」です。この曲は、人間の業(特に自分・・・)をテーマに書いた曲で、シタールのサウンドを前提に作りましたが、ジャズの雰囲気にはぴったりだとかねてから思っていました。

ドラム・ベース・ピアノ・2本のフルートで演奏。太田さんの、吹きすぎない、かつパッション溢れる演奏は素晴らしかったです。下本さんからは、不思議な曲だね~とコメントを頂きました。お陰で、ソロ・アルバムのイメージがより鮮明になってきました。

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大いに刺激になりました。太田さん、ありがとうございました!

広島には今度は観光でゆっくり来たいです。

広島県ツアー② 尾道編
2010年8月 1日 07:16
福山2日目の仕事を終えて、すぐ前田さんの車で尾道へ移動。30分ほど。

会場のOye Como Vaは、アメリカン・フォークやロックの好きなご主人が営む、ライブハウス。もともとレストランの料理長だったらしく、料理も美味しいです。

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開演前から、大勢のプレーヤーやお客さんが集まって下さった。前田さんも驚くくらい、多かったらしい。

今日は、広島の各地からプレーヤーが集まって、それぞれちょっとずつ演奏し、最後にセッションをするという趣旨。まず、前田さんのバンド「Merry Brothers」。you tubeで動画を見たことがある。フルート&ティン・ホイッスルがフロントで、バウロン奏者は今日はお休み。flookのコピーや、オリジナルなどで、よく息が合っていて良かったです!

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続いて、広島市からHarmo(アルモ)。本来7人編成のところ、今日は2人で出演。ガイタの藤岡さんは、ベネズエラと日本のハーフで、日本語、スペイン語、フランス語、英語ができる才人。しかも、バンジョーもめちゃくちゃ上手い。バンジョーをこんなに弾ける人は、会ったことがない。ガイタも独学だそう。ガイタは、キーが無くても半音階が演奏でき、2オクターブの音域があるのが、不思議。他のバグパイプにはない特徴。

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広島県立大学の学生さんのアイリッシュサークルからも来てくれました。Butter Dogsのコピーもしてくれているそうで、恥ずかしいやら嬉しいやら。

僕はソロで出演。ミュージシャンばっかりの席に緊張して、最初は思い通りいきませんでしたが、演奏しているうちにほぐれて、カラオケも使いつつ20分ほどしました。オリジナル曲が好評で良かった。

ほか、アイリッシュを演奏してみたいという方が倉敷や府中からも来て下さいました。広島県で演奏したのは数年ぶりですが、プレーヤーが増えて、成長もしていて、嬉しく思います。

再会を誓いつつ、このまま広島市に移動。皆さん、ありがとうございました!



広島県ツアー① 福山編
2010年7月31日 01:00

福山~尾道~広島のツアーから、たった今、新幹線で帰宅しました。

福山では、演奏の仕事の後で地元の友人でブルーグラスのマンドリン奏者の前田宏樹さんに会ってもらい、車で夜のデートに出掛けました。

前田さんのホームページ

http://www.geocities.jp/maedolin_sect/

どこに行きたい?と言われて、福山って、「福山通運」くらいしか印象になかったのですが、海が見たいというと、「鞆の浦」に連れて行ってくれました。弁天島、仙酔島の対岸です。

鞆の浦の由来を聞きました。鎌倉時代に、お公家さんがここにやってきた折り、船で瀬戸内を渡っていると、大切な刀を誤って海に落としてしまったのだそうです。公家は浜に助けを求めに行き、漁民に刀を拾ってくれと頼みました。ところが、この海には鮫がうようよいて、誰も潜りたがりません。公家が「天下の安芸の漁師はこんなものか」と挑発すると、勇敢な漁師が、俺が行く、と潜り見事、刀を取ったのだそうです。小舟にいる公家に刀を渡したその漁師を見やると、下半身が鮫に食べられて無くなっていたのだそうな。その漁師を供養して建てたのが、弁天島の鳥居なのだそうです。

鞆の浦から南東の小さな漁港に行きました。夜中12時頃で、観光地でもないこの場所ですが、雰囲気がとても良く、こんな所に住めたらいいなあ~と連発していました。前田さんの出身地なのだそうです。防波堤には、釣り客が大勢、夜釣りを楽しんでいました。

防波堤づたいに歩いて渡れる無人島がある、というので、それは是非、と渡ることにしました。前々から島に興味があったので、俄然テンションが上がります。

こんなところでした。

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島といっても、巨大な岩のようで、とても上陸はできず、岩に登って満足しました。瀬戸内海は島だらけなので、わくわくします。泳いで渡るのは遠慮しておきますが(笑)

今度は昼間に来たいものです。福山、観光地化しておらず、良いところだなと思いました。

尾道編に続きます。

生涯旅人になる
2010年7月21日 20:52
愛媛旅行記の続き。ゲストハウス「ふじ屋」。夜になってから、飛び込みのお客さんが何人か来ました。夜は、10時頃までみんなで話していたかな?寝室はエアコンが効いていて快適でした。

ふじ屋さん、こんなところです。先月は歌手のハナレグミが泊まりに来たんですって。

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京都からバイクでツーリングをしているというお兄さん。ちょっとバイクにも興味があったので、翌朝の荷造りを拝見。見るからに重そうなバッグですが、シートの後ろにあるキャリーに載せて走るのだそうです。荷崩れが怖いですね。バイクは1日500㌔くらいは軽く走るけど、お尻が痛いと言っていました(笑)。休みのたびに、あてもなくツーリングにでかけるそうです。

長野県から来たカップルもいました。いかにもバックパッカーで長期旅行していますといった風なのですが、実はそうでもないそうです。二人で、瀬戸内海の島々で開催されている芸術祭を見に来たそうですが、長野に戻るつもりはなく、島に仕事があればそのまま居つこうかなと言っていました。彼女のほうは、年に10カ月働き、2カ月を海外で暮らす、という生き方をしているそうです。彼氏の方は、織物を勉強していて、京都や大阪の職人さんに弟子入りを考えているようでした。

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ロシア系オーストラリア人のアレックスは、上海の大学で経営学を教えているそうですが、その仕事を辞めて、写真家としてドイツで職を求めに行く途中だとのことでした。写真は上海で4年かけて勉強したのだとか。10年くらい昔に日本に住んでいたこともあったんですって。今回は、瀬戸内を旅して、名古屋で相撲を見てドイツに行くのだとか。コスモポリタンですね。

こういう宿に来るといろんな人に出会えて刺激的です。そして、ゆるい生き方の人に出会うと、人生ってなんとかなっちゃうんだな~と思います。毎日忙しく仕事して、プレッシャーにつぶされそうになりながら必死に歯を食いしばっている自分が滑稽ですらあります。そうやって自分を客観視できるから、自由な旅人と会うのが好きです。

着の身着のままふらっと旅をして、気に行った土地で仕事を探して、友達作って。何年もそうやって暮らす。割と自由だと思っている自分ですら憧れるそんな自由人の本を読んだことがありますが、今回たった1日ふらっと旅をしただけで、「自分にはそういう生き方は無理」だと思いました。

だって、旅をしても、誰の役にも立っていない。誰にも必要とされない。むしろ、自分が誰かを求めるばかり。自分を認めてあげられなくなりそうです。最初は旅は刺激的でしょうが、やがて、お金のことや人生の事を考えて、心から楽しむ余裕はなくなりそうです。外食ばかりの食事だって飽きてきます。

それに、一生そういう生活が出来るわけじゃない。たいていは、そんな旅が出来るのは若い頃だけ。もし一生続けるなら、キャリアは?家族は?気がついたら、50歳もすぎて手に職もなく、貯金もなく、家族もなく、旅を楽しむ体力すらなくなったら。考えるだけでぞっとします。実に危険な生き方だと思います。

そうじゃなくて、僕は一生旅を楽しみたい。しかも、いつも新鮮な気持ちで、心にもお金にもゆとりを持って。だから、仕事も手を抜かない。旅とキャリアのバランスを取り続ける道を選ぶ。思いっきり仕事を頑張って、好きな時に、存分に旅に出られる自由が欲しい。そういう生き方をどうやって実現するのか。これは、知恵を絞らないといけない、かつ、実に挑戦し甲斐のある課題です。

道後温泉にて
2010年7月20日 19:44
予定通り4時に起きて、夜明けとともに松山城に登ってきました。

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登山道を探して登っていきましたが、途中で「がけ崩れ」があって、通行止め。柵を乗り越えて無理やり登っていきました。後で知ったのですが、先日の大雨でがけ崩れがあり、漱石の下宿が壊された、まさにその現場でした。

登る事30分ほど、お城に着きました。昭和時代に再建されたそうです。頂上には、ランニングや体操のご年配がたくさんいて、みんな、あいさつしてくれました。落ち着くお城で、あちこち見てきたお城の中でもベストでした!

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山頂からの眺めです。

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仕事が終わり、レンタサイクルで道後温泉にやってきました。市街地から15分くらいでした。普通の街の中に温泉がある感じは、なんとなく、台湾の北投(ベイトウ)温泉郷を連想させる街。温泉情緒はあまり感じませんでした。

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この建物は、見たことがあります!早速入ってきました。ところが、建物は古くて風情があるのに、お湯は無色透明の水道水?で、浴槽も新しい石造りのもの。有名な温泉だけに、非常にがっかりでした・・・。思い出に残る温泉は、青森の酸ヶ湯温泉、続いて別府市内の 竹瓦温泉、阿蘇の赤川温泉。まだまだあります。熊野、岐阜、北海道・・・。期待が高かっただけに、なんだか悔しいなあ。

温泉の後、そばのゲストハウス「ふじ屋」に。こちらは期待通り、ふつ~の木造住宅に2段ベットを並べたドミトリー、2000円。なんか、落ち着く・・・。晩御飯500円をご馳走になりました。写真は、宿泊者たち。今日はわりと暇のようです。

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オーナーのあつしさんは、松山出身で、沖縄でゲストハウスを経営したのち、実家に戻ってきたそうです。沖縄に数年住んでも、なんか、しっくり来なかったそう。僕は、永住したい故郷を求めて日本を転々と旅していますが、沖縄にはそういう移住者が沢山いるそうです。

あつしさんが言うには、3年するとたいていの移住者は沖縄を離れ地元に帰るそうです。そういう人は、「種の人」、故郷がある人。沖縄にいつく人は「風の人」。

ゲストハウスの経営のこと、興味あるなあ。田舎に暮らす方法の一つかもしれない。言うほど簡単だとは思えないけれど。

阿蘇 こぼれ話 (1)
2010年6月22日 07:53
久住でお世話になっていたお家は、畜産農家。隣の宮崎県で発生した口蹄疫は、人ごとではありません。ここでは30頭の牛を飼っていますが、もし感染してしまったら...と心配していらっしゃいました。

道の駅などでも、入り口に消毒用のマットが設置してあったり、車道にタイヤを消毒するための検問があったり。また、牛を避難させたために閉鎖になった農場もありました。

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養護学校で演奏した時のことです。

聴いてくれた児童の中に、言葉でのコミュニケーションが上手にできないのですが、キーボード(楽器)が大好きな男の子がいました。大柄の子で、「森のくまさん」が十八番なのだそうです。初めてのキーボードでも、演奏しながら色々な機能を試し、すぐに全部理解してしまうのだとか。

コンサートでキーボードを使っていたので、彼を刺激しないかと心配だったのですが、コンサートの間、じっと聴いていてひと安心。しかも、アンコールは「森のくまさん」を演奏。ところがコンサートが終わって、「(演奏者に)何か聞きたいことがある人~?」と聞くや、飛び出し、キーボードに一直線。噂の「森のくまさん」を弾き始めました。僕たちもすぐ参加し(キーはなぜかAでした)、お客さんも大爆笑で終わることができました。

後から聞いたのですが、彼は複数の音を処理できず、合奏ができないのだそうです。ところが、僕のほうを意識しながら、上手に合奏ができたと。彼の新たな才能が芽生えたのかもしれないと聞きました。音楽の力を感じた出来ごとでした。

僕の音楽や僕との出会いを通じて、誰かがプラスのエネルギーを受け取って、何かが変わるきっかけになれれば、僕が生きている意味があるのだと感じます。精進します!

「プレーヤー」から「アーティスト」へ
2010年6月21日 21:39
20日、大分から移動して、福岡へ。ソニックという特急電車で、快適でした。シートが面白かったので、パチリ。

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福岡ケルツでの今年第二回目の講座は、椅子が足りなくなるくらいの受講者でにぎわいました。ありがとうございました!個人レッスンも予約ぎっしりで、ライブ直前まで講座という慌ただしさでしたが、盛況でなによりです。

続くコンサートは、完全独奏で、1時間の予定が90分も演奏してしまいました。独奏コンサートは2年前にfieldで自分への挑戦として、したことがありますが、福岡では共演者がいないためやむなくそうなっています。お陰さまで、お客様の反応を見ながら、即興で好きな曲を、お話しを交えて吹くというスタイルができつつあります。

今回は半分がアイルランドやスコットランド、ウェールズ、カナダはケベック州の伝統曲などを。もう半分は、ソロ・アルバムに収録予定の曲を中心に9つのオリジナル曲を演奏しました。先日、奈未さんに録音してもらったピアノ伴奏トラックを流しながらの演奏は初めてでしたが、思った以上にやりやすく、お客様にとっても、イメージが伝わり易くて良かったのではないでしょうか。

オリジナル曲は、エピソードも含めてお話しできるし、僕の想いのつまった曲なので感情を投入でき、外国の伝統曲をするよりも説得力があります。お客様からも、好評でした。

北九州、大分、佐賀、遠くはなんと鹿児島からもお越しくださいました。ありがとうございました!

お客様との記念撮影。

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翌21日は、天神エフエムの、DJ大田小僧さんの番組「メロヒール」に生出演してきました。4年前の12月にButter Dogsで出演させて頂いて以来でしたが、再びこうしてつながることができ感激です。30分の出演時間は、楽しいお話であっという間。生演奏もしました!その後、リスナーからの反響もあったようで、嬉しいです。

僕は数年前は、「プレーヤー」でした。楽器演奏が得意だけど、伝統曲ばかりでオリジナリティに悩み、表現したいことが定まらないでいました。今は、音楽を通じて届けたい想い、表現したいものが定まり、オリジナル曲もどんどん出来てきています。「アーティスト」としての自覚が出来てきました。

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その後、天神をぶらぶらして、飛行機で大阪へ。プロペラ機でした。機内では、登山家 植村直己さんの『青春を山にかけて』を熱中して読みました。5大陸の最高峰踏破、アマゾンを源流から川下り、という大冒険の話です。植村さんの熱い思い、人生について知ることができ、僕も熱くなってきました!

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旅の魅力は、なんといっても、人や自然との出会い、それらを通じて自分を見つめることです。生涯、旅をしていたいと心から思っています。

日本全国のまだまだ知らない土地を旅して、素敵な人や場所に出会うことが当面のライフワークですが、やがて各地の僕を応援して下さる方と出会い、仕事にもつながれば、ライフワークとワーク(仕事)が一致するようになるかもしれません。旅が仕事となれば、僕にとってこれ以上の幸福はありません。

東京からメディアの力で全国区のアーティストになることも一つの方法でしょうが、僕は、僕を応援してくださる人にじかに会いにいき、お話しして、つながりたいと考えています。

日本全国のみなさん、お会いできることをとても楽しみにしています!!

阿蘇から福岡へ
2010年6月20日 07:31

出発の朝です。これから、福岡へ向かいます。福岡ではレッスンとコンサート、一泊して大阪へ戻ります。

今年は日本国内を各地へ旅しています。本来の動機は仕事ではなく、旅がしたいことだったのですが、ありがたいことに色々な方からお仕事も頂いています。こういう旅を何年もくりかえすうちに、第二の故郷と呼べる場所が日本にたくさんでき、旅が仕事のスタイルになっていくのだろうなと感じています。

おとといは、竹田養護学校で初めてのコンサート。障害の種類や度合いはそれぞれでしたが、みんなそれぞれの聞き方をして楽しんでくれたようです。

続いて、シュタイナー教育の幼稚園でのコンサート。「教育はかくあるべき」と、とらわれない教育、なのだそうです。コンサート中は、動き回る子、じっと聞く子、色々でした。

高原のカフェでのコンサートでは、数は多くないけれど集まったお客様とご飯を食べ、お話をし、それから演奏を聴いて頂きました。いつもは、演奏を聞いていただくだけのコンサートばかりなので、お客様のことを知って、雰囲気を見ながらお話と選曲をするスタイルは、新しい発見でした。

何のために旅をするのだろう・・・

それは、旅によって人と出会い、さまざまな事が起こり、自分を見つめるきっかけになるからなのでしょう。うまくまとまらないけれど、もう出なくてはいけませんので、また続けます。

旅人について
2010年6月19日 08:10

登山ガイドをしてくれた、中山さんいわく。
「旅はゆっくりなほど、贅沢だ」。


徒歩が一番ぜ贅沢で、自転車がその次だという。では、車、電車、飛行機の順番にお粗末になっていくということなのかな?まったく、そのとおりだ。

人は、何のために旅に出るのだろう?経済的な効率を考えると、旅はもっとも非経済的な活動だ。仕事ができない、家にいないのに家賃はかかる、旅費や生活費だって大変だ。

それでも、僕は旅に取り付かれてしまう。登山だって、そうだ。たとえ何の役に立たなくても、ある人にとっては旅や登山をせずにはいられない、「そういうタイプ」があるのだろう。

登山がすきな人は、哲学的なタイプが多いような気がする。あまり沢山の登山家に会ってはないけれど、ちょっと確信めいたものを感じる。中山さんは、自然は飽きる事のないエンターテイメントだと言っていた。僕もそんな風に自然を楽しめるようになれたらいいな。

阿蘇に来ています
2010年6月18日 08:07

おはようございます!

日記がちょっと空いてしまいましたね。

おとといから、大分県久住に来ています。今回僕を呼んでくださった方は、阿蘇山麓の高原にある畜産農家。毎朝、牛の声、鳥のさえずりに囲まれて目覚めています。

昨日は地元の登山ガイドをなさっているギタリストの中山さんに、久住山系の岩井川山を案内していただき、高山植物の美しい台地で、お昼寝してきました。肌がすっかり日焼けしました。その後、阿蘇の噴火口の周り「大観峰」へ。富士山の頂上が陥没しているような風景を想像していましたが、予想以上のスケールにあぜん。世界一のカルデラというだけあります。周囲から想像するに、阿蘇山は、噴火する前はエベレスト並の8000m級の火山だったそうです。

周辺の景色は、草に覆われた丘陵。ここで写真を撮って、アイルランドだと言われても、誰も疑わないでしょう。

晩は、赤川温泉へ。露天風呂から、見事な天然の滝が見られる天然硫黄泉です。山、温泉、滝。もう、僕の大好きなものが3つも組み合わさり、最高でした。終の棲家の選ぶのなら、この3つは必須条件ですね。

今日からお仕事です。養護学校、シュタイナー教育を取り入れている幼稚園を回ってから、晩には地元の方との交流パーティに参加します。とっても楽しみです。

高知旅行 1日目 Trip to Kouchi : the first day
2010年6月12日 22:26
人生初の高知県!日本全都道府県で演奏をする!というのがちょっとした目標なので、1歩近付いた!?ちなみに、まだどの県が未踏かは、数えていません。

新幹線で新大阪⇒岡山へ。岡山からは、アンパンマン列車(?)の特急南風に乗って2時間半。途中
、渓谷に入ったな~と思ったら、有名な「大歩危」。面白い名前です。

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高知の駅は、モダンな木造で綺麗でした。駅前は、徳島よりも都会に感じました。椰子の木が並んで、南国の雰囲気です。会場のホテルに着いて、すぐに演奏開始。

5時に仕事が終わった後、地元のフィドル奏者、光冨さんに高知市街を案内してもらいました。高知城へ。高知にお城があるなんて、知りませんでした。大手門での写真。なぜか直立。

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天守閣。

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高知城は、山内一豊の築城した城だそうな。ドラマも見ていないし、山内さんが誰なのかもよく知らないのですが。

お城のそばにある、「ひろめ市場」へ。カフェテリア風で、たくさんのお店から好きな物を選んで、好きな場所で食べられます。多くの人でにぎわっていました。こんな場所は、大阪にもありません。沖縄の「牧志公設市場」を思い出します。

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ここで、フルートの北村さんと合流。色々なおかずを、みんなで分け合って頂きました。カツオは旬を過ぎていますが、タタキが美味しかった!

続く。

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The first trip to Kouchi prefecture in my life.My small goal  is to perform in every  (or," all of "? I am not sure which is right) prefecture in Japan, so I could step forward a bit ! I haven't count how many prefectures are not traveled yet...

Taking Shinkansen (high speed train) from Shin-Osaka to Okayama, then we took Anpanman (Japanese famous animation) train for 2 and half hours to the final destination, Kouchi. On the way, the scenery became gully.This aria is called "Oboke", a funny name which it's pronunciation is same as the word refers to a fool who making jokes in Japanese manzai, a comic dialogue.

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Kouchi station is a modern and beautiful wooden architecture.The main street looks more bigger than Tokushima city.A lot of palm trees on the streets and along the river made me feel exotic.We started the concert right after arriving the venue.

After work, a local fiddle player Mr.Mitsutomi took me a tour around the downtown.We went to the Kouchi castle. I didn't know there is a castle in Kouchi.

A picture at the main entrance.Why am I standing stiff ?

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The castle tour.

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This castle was built by Katsutoyo Yamauchi ,a famous general in Sengoku period (16th c).
However, I haven't seen the TV drama series about him last year, nor know about who he was.

We dined at Hirome food market near from the castle.It's a huge cafeteria, one can choose any favorite foods from many shops and can eat at anywhere in the place.It was so nice and I haven't seen such place even in Osaka.It reminds me of "Makishi public food market" in Okinawa.


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Another local flute player, Mr.Kitamura joined us here.We shared variety of dishes.Famous local bonito is out of season unfortunately, but it's Tataki (served in lightly roasted) was still very tasty.

To be continued...

讃岐うどんに溺れる
2010年5月15日 21:16
徳島で一泊した翌日のお昼に、駅前の「いわた」のラーメンを頂いてきました。徳島ラーメンの特徴とはなんだろう?という昨晩の疑問に、ちゃんと答えが用意してありました。読めますか~?

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高校生がたくさん来るラーメン屋だそうで、価格も安く、美味しかった。こってり、とろみのあるスープです。また来たいと思いました。

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高速バスに乗り香川県へ。高松に入った時に見えた山の形が面白かったのでパチリ。山頂付近が綺麗に平らな、台形の山です。屋島というようです。もともとは島だったようです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%8B%E5%B3%B6

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高松駅前は、数年前に来た時よりずっと綺麗になっていました。お洒落な街です。

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ホテルに到着後、すぐにうどんを食べに。宿のすぐ近くにあったセルフのうどん店。注文の仕方がよくわからず、また、「ゆだね」「ざる」「生醤油」などの違いが分からず、お得だという丼とのセットを頼んだら、とんでもない量でした。なのに安かった!

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それから、4食連続でうどんを食べました。うどんは癖がなく、塩気がなく、トッピングも自由なので飽きませんね。ただ、セルフのお店だからなのか、コシがイマイチで、期待した味ではありませんでした。かけ1玉120円~という値段設定は、東南アジア並の安さです。香川県民にとってのうどんって、どういうものなんだろう。面白いです。

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レンタサイクルを借りて、朝の高松市を散策。スーパーでうどんを大量に買いました。

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なんだかグルメの話ばかりになってしまいました。四国は麺の島です!

人生初☆徳島県
2010年5月14日 03:16

演奏の仕事で徳島県に来ています。

今年は3回四国に仕事で来る予定ですが、日頃あまりに忙しすぎて今日の予定が確認できておらず、てっきり松山に来るんだと思っていました。

 

四国って近くも以外に来る機会がないんです。これまで、高松しか行ったことがありません。日本全都道府県で演奏をすることを最近目標に掲げたので、今日は1つ、クリア!これから、新しい県に来たらここで報告しますね。

 

朝8時の新幹線で岡山へ。そこから高松→徳島へ。到着は11時半。

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演奏まで時間があったので、昼食へ。相方の江口さんと、徳島って何が有名なのかな?と話していましたが、お互いに「すだち」くらいしか思い浮かびません・・・。駅前は、小さな地方都市という感じで、そごうデパートはありますが、結構さびれた商店街「ポッポ街商店街」があります。うどん屋さんが多いので、名物かなと思って入りましたが、普通のうどんでしたー。「たらいうどん」が有名なようです。

 

駅前を散歩。

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ポストの上のもの、見えますか~?

 

そう。徳島は阿波の国。阿波踊りの発祥の地です。北海道出身の僕ですら、小学校時代に体育の授業(?)で踊りました。

 

すこし歩くと、眉山という山があります。映画『眉山』は、徳島出身の主人公が、地元の病気の母に、阿波踊りを見せてあげるという物語です。この映画のロケ地があちこちにあるようです。

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眉山ふもとにある「阿波踊り会館」は、徳島県の特産品もたくさんおいています。眉山へのロープウェイ発着場にもなっており、眉山からは夜景もきれいだとか。往復1100円です。会館の向かいには、阿波踊りの女性の笠をかたどったベンチが。観光名物ですね。

 

仕事が終わってから、街をぶらぶら。商店街もシャッターがしまっている店が多く、日本全国規模のチェーン店があまりないのに気づきました。こうして日本各地の地方都市に行くと、本当に日本って広いし、知らない人たち、街や暮らしがいっぱいあるなと感じます。

 

どの街もそれなりに活気があり、仕事があり、経済が回っているというのは不思議な感じです。いろんな街に旅をしてみたいものです。

 

ホテルに帰って、あまりに疲れていて8時に寝たら、夜中3時におきてしまい、名物?徳島ラーメンのお店を見つけて食べてきました。う~ん、おいしかったけど、何が特徴なんだろう?すだちが入っているわけでもないし・・・トリガラ系のしょうゆ味でした。

春の富山を行く(2)
2010年5月 6日 09:02
富山日記グルメ編。案内してくださった「いっつぁん」はかなり食通で、毎回富山の美味しいお店に連れて行ってくださるのだ。

富山はラーメン王国だって、知っていました?いろんなタイプのラーメンが食べられるのですが、今回は「富山ブラック」と呼ばれるラーメンだそう。どんなんだろう。

注文して出てきたのが、これ!

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どう、真っ黒でしょう!見た目はとてもしょっぱそうだけど、食べてみるとそれほどではありません。では、この黒さは一体なに?お店には、創業以来、足しながら秘伝のスープを守っています、と。富山県のお醤油は甘口で、美味しかった!

立山の称名の滝に行く途中にある、ネパールカレーのお店「クムジュン」。おそらく、店主はかなりの登山好きとみた。店内は山岳、登山に関する本や資料が展示されている。クムジュンとは、ヒマラヤのガイドを生業とするネパールのシェルパ族の住む集落なのだそう。

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ここには去年も来て、感動の山菜料理を味わいました。全然期待していなかったので、衝撃的でした。そこで、今年はカレーにしました。

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ヒヨコ豆のカレーです。これも、美味しかった!レベル高いです。

お次は富山県名物「ますのすし」の工場見学。ますのすしとは、酢飯の上に酢でしめたマスを乗せた押し寿司。

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売店にはカマボコが売っていました。富山県はカマボコ天国。板かまぼこというのは存在しないそうです。動物などをかたどったカラフルなカマボコもあり、結婚式では巨大なカマボコをみんなで食べるのだとか。


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宿泊した家が漁港のそばだったので、早朝に漁港まで散歩。漁師さん御用達の食堂で、お刺身定食を食べました。ここも去年に来ましたが、この日が新装オープンということで、早朝にも関わらず、行列が出来ていました。

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漁港のセリの様子。カニが並んでいます。

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富山県は魚介類が素晴らしいです。外食のレベルも高いので、毎回食べることが楽しみです。

春の富山を行く1
2010年5月 5日 22:38
僕が旅をした、日本でとっても素晴らしいと思う場所──実はたくさんあるのだが、その中の一つは富山県の立山。去年初めて富山県を旅行して、その雄大さ、豊かな自然にとりこになってしまい、その旅が終わらないうちに、今年の約束をとりつけてしまったのだ。

これは富山県の「いっつぁん」のお陰。いっつぁんが2年前に兵庫県まで車を飛ばして習いに来てくださったことが、僕と富山の最初のきっかけだ。

さて、今回はギターの「えぐちひろし」さんに共演をお願いして、えぐちさんの車でのツアーをすることになった。

到着したのは夕方。とても綺麗な菜の花畑があるから、と、いっつぁんが言うので、連れてもらう。

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うっとりするような景色。夕日に照らされて、いっそう赤く、幻想的だ。奥には雪の立山連峰が見える。

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真っ青な空に、沈みゆく夕陽。あと3分もしたら、隠れてしまう。黄金の時間だ。

晩は、いっつぁんの予約してくれた、射水市の漁港そばにある料理屋さんにて。「きときとのぷりぷり」のお魚づくし。昆布には、鯛のお刺身が巻かれている。すべて絶品の美味しさ。ホタルイカは今が旬なので、新鮮なお作りも楽しめた。これも今が旬の白エビのかき揚げやカニも山のように饗された。僕がお酒を飲んでいたら、倒れるほど飲んでしまいそうな美味しさだ。

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宿泊は、「交流促進住宅」。普通の家を、移住体験のために格安で貸し出している。去年も泊まったのだけど、最近まで人が住んでいたお家を家財道具一式借りるので、まるで住んでいるような居心地の良さ。しばらく滞在したい人には、とてもお勧めです。

2日目につづく。

熊野の桜と滝
2010年4月16日 19:12
春の熊野古道です。

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本宮大社。

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もともと本宮があった瓦。明治時代に洪水で流され、移築されました。

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路傍の桜。

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満開の桜に出迎えられました。

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布引の滝↑と桑の木滝↓。幻想的な写真になりました。

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熊野の自然に感謝します。

大丹倉にて己の弱さと闘う
2010年4月 9日 19:32
2度目に訪れた大丹倉(おおにくら)の断崖絶壁。

眼下には、数百メートルの谷底。
視線を上げると、熊野の山々と沈みゆく太陽。

立とうとすると、横風が吹いて来て足元がぐらつく。
落ちたら、確実に命はない。

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恐怖を乗り越え立ちあがってみると、太陽の偉大さ、山々の神々しさ、緑の美しさにただ感謝し、そこにいられる幸せが湧きあがってきた。鷹は、こんな景色を見ているのか・・・。

恐怖は、自分が作り出す、幻にすぎない。
マイナスな感情に身を任せることなく、気持ちをコントロールして生きたいと改めて思った。

※妙な度胸試しをしているとご心配しメッセージを下さった方もいましたが、ご心配なく!正気を失っているわけではありませんし、同行の人も何人も立っていましたので・・・。

春の熊野へゆく
2010年4月 8日 06:43
熊野に旅行に行ってきました。僕の大好きな場所です。

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新しい命が一斉に芽吹いていました。

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熊野の印象的な苔も生き生きと春を謳歌しているようでした。

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3日間とも天候に恵まれ、光の美しさ、太陽が差した時の暖かさを感じました。

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巨大な1枚岩を滑るように流れる「布引の滝」。

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雄々しい「桑の木滝」。

自然への感謝、畏敬の念が自然と湧いてくる、熊野。

福岡でケルト文化を発信する
2010年3月23日 10:41
日曜日はケルツさんでのレッスンやコンサートに、大勢の方にお越し頂きました。遠くは佐賀県、大分県からもご参加くださいました。九州のアイリッシュ・ケルト音楽シーンは盛んとはいえない状況ですが、福岡からケルト文化の発信をするケルツさんのご支援もあり、今年は5回、お招き頂くことになっています。

これから、講座は6月、9月、12月と開講。好評であれば、来年も継続します。九州にお住まいの方は、九州で唯一の本格的なティン・ホイッスルのレッスンですので、ぜひ"いつからでも"ご参加ください。

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開催日:3月21日(日)、6月20日(日)
    9月23日(木・祝)、12月19日(日) 

14:00~14:45 初心者向け講習会
15:00~15:45 中級者向け講習会
16:00~18:00 個人レッスン(1コマ40分)
19:00~20:30 コンサート

☆料金
グループレッスンは1コマ2500円
個人レッスンは1コマ3,500円
ミニ・コンサートは1500円(要オーダー)
入会金は不要です。

☆場所
アイリッシュ・カフェ ケルツ
福岡県福岡市中央区警固1丁目1-23
http://www.celts.co.jp/

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ミニ・コンサートは、フルート独奏で1時間以上演奏しました。

今回は、アイルランド、ウェールズ、スコットランドなど様々なケルト地域をご紹介しながら、音楽をお楽しみ頂きました。2年前に京都のfieldで初めて完全独奏のコンサートをしてから、ずいぶんとレパートリーも増えましたし、自信もつきました。あとは先日の山形機長のように、話術で楽しませることができれば最高です。テクニックよりもハートが大事ですね!

最後の3曲ほど、福岡在住のフィドルの白井さんにご一緒頂きました。ありがとうございました!

晩は、中州のそばにあるバックパッカー「界音」に宿泊しました。「うなぎの寝床」と言われる古い町屋を改装した宿で、なかなか快適でした。

http://www.kaine-g.com/index.html

荷物を置いて、晩ご飯を中州の「めんちゃんこ」で。笑点でいじられまくっている「木久蔵ラーメン」が唯一だべられる店だそうですが、勇気がありませんでした。ちゃんこは、すばらしく美味しかった!

宿に戻りフリーのインターネットが共有スペースにあったので、使っていると、隣にいた男性が話しかけてくれました。東京で会計士をしていて出張で来ているそうです。道に迷って遅れて到着したスウェーデン人との3人で、夜中まで話し込みました。

Image758.jpg

僕が島を買いたいと思っていると言ったり、コップを吹いて見せたりしたので、ちょっと変な人だと思われたことでしょう・・・。

海外に行くと、よくバックパッカーに泊まっていました。人との出会いがある場所に惹かれます。僕が将来建設する計画の「出会いと成長の施設」が、より具体的な映像になりました。これからも、バックパッカーを泊まり歩こうと思いました。

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